第9話 90度違う。

 Uさんは所謂「見える人」だった。

 高校時代テニス部に入っていたUさんは、同じ部活のある先輩を羨ましく思っていた。

 というのは、その先輩には上品なおばさんの霊がいつも一緒にいて、穏やかな笑みを浮かべて先輩の後ろから見守ってくれているのだ。いやな感じはまったくしない、本当にたちの良さそうな霊だったという。

 試合に負けたり、練習や勉学に伸び悩んでいた時などに、その霊が先輩の背中を優しくさするような仕草をしていたのを何度も見た。

 そうすると先輩は「落ち込んでも仕方ないか!」と急に明るく顔を上げて、いきいきと前向きに努力し始めるのであった。おかげでかスポーツも勉強も好調で、充実した高校生活を送っていた。

 先輩は霊感もなく全く気付いていなかったのだが、守護霊とはああいうものなんだろうなとUさんは思っていた。


 Uさんが2年、先輩が3年の秋。

 先輩が、彼氏の友人数名とM県Y山に行ったという話を聞いた。

 大学生の彼氏が運転する車でドライブ、女子高生にとってある種の憧れである。

 ただY山は心霊スポットとして有名な場所で、先輩達もその探検というつもりで行ったらしいというのが気にかかった。

 でも、なんたって先輩には守護霊がいる。大丈夫だろうとUさんはたかをくくって、止めだてはしなかった。

 それでも心配になって夜にメールしてみたが「楽しかったよー!」という内容の、顔文字まみれの返信が来たのでUさんは胸を撫で下ろした。


 だがその翌々日、Uさんは先輩が交通事故にあったと学校で聞いた。

 自転車に乗っていた先輩が、左折する車に後輪で巻きこまれたというありがちな事故である。さいわい命に別条なかったが、先輩は入院することになった。

 見舞いに行った日、部屋の隅にあの守護霊のおばさんがいるのを見た。部屋の壁際にあるベンチに横になっていた。

 正確には、そのように見えた。

 が、その霊が先輩のベッドに近づいてきたとき、それは見間違いと分かった。

 その守護霊は寝ていたのではなかった。ベンチもなかった。

 守護霊の体は90度横倒しになっており、左足と左腕で歩いてきたのだ。右足と右腕をまるで両手のようにぶらつかせながら。

 そしてその顔はあちらこちらの方向をキョロキョロ見ては笑っていた。今にもゲラゲラゲラゲラと爆笑が聞こえてきそうな大口を開けて。


 病室を飛び出したUさんはその夜、別の先輩から涙声の電話を受けた。

 先輩が病室の窓から投身自殺したということであった。

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