3 わたくしの新たな力ですわ!
身体に感じた衝撃とともに、魔獣の力が弱まった。
アリツェは掴まれていた魔獣の掌から、素早く抜け出す。
「大丈夫か、アリツェ!」
悠太が叫びながら近づいてきた。
アリツェはうなずいて無事を示すと、素早く魔獣から距離をとった。
「あとは任せて!」
声の方向に目を向けると、ガブリエラがショートソードを構えながら立っていた。
「あんたの相手は、この私よ!」
ガブリエラは声を張り上げた。地面を蹴って、魔獣に突進する。
ショートソードが白く輝いている。霊素をこめて、一時的にマジックアイテム化しているのだろう。
「そらっ、霊素の衣を切り裂きなさい!」
叫びながら、得物を縦に横にと次々に振り抜いていく。
剣の軌道に沿って、真っ白な靄が立ち上った。裂かれた霊素が霧散していく証だ。
魔獣は突然現れた増援に、戸惑いを隠せていない。ガブリエラのラッシュの前に、防戦一方になっていた。
「グガ、グガガ……」
纏う霊素の被膜が破られたのに気付いたのか、魔獣はうめき声を漏らし、怯えの色を見せ始めた。
「ラディム陛下、仕上げはお願いします!」
最後に心臓に向かってショートソードを一突きしたところで、ガブリエラは声を張り上げつつ、後退した。
パリンとガラスの割れたような音とともに、魔獣の霊素の膜は完全に剥がされた。
入れ違いに、剣を構えた悠太が魔獣の前に立つ。
「そら、さっきまでのお返しだ!」
悠太は力任せに、一気に剣を振り抜いた。
切っ先が魔獣の首筋にめり込み、激しい血しぶきが上がる。
その後は、悠太の一方的な展開になった。霊素のない魔獣など、もはや、身体能力に優れる悠太の相手ではない。
ものの数分で、魔獣はただの肉塊へと変貌した。
「間に合ってよかった。アリツェ、大丈夫?」
ガブリエラが心配そうな表情を浮かべながら、アリツェの元へと駆け寄ってきた。
「何とか平気ですわ。助かりました、ガブリエラ」
アリツェはガブリエラに礼を言い、ホッと一息つく。
素早く身体の状態を確認するが、痛みは残っていない。握りしめられていただけなので、ローブにも破損は見られなかった。
アリツェたちは魔獣の死体を処理し終えると、車座になり、体力回復のためにしばしの休憩を取った。
このタイミングで、お互いの情報を交換し合う。
なぜ合流が遅れたのかと、アリツェはガブリエラに確認した。
ガブリエラは、サーシャから連絡を受けるやすぐに地下上水道へと向かい、わずかな躊躇はあったものの、ほとんど間を置かずに渦の中へ飛び込んだと語る。
ガブリエラの言うとおりなら、少なくとも二時間は早く、アリツェたちと合流できてないとおかしい。やはり、あの渦自体に何らかの問題があったのだろう。
当初、荒唐無稽だと切って捨てた、時空属性の精霊術だったのではないかという可能性が、高まったかもしれない。渦の通過時に時空が歪められたとしか、考えられなかった。
ガブリエラからは、なぜラディムがこの場にいるのかとの疑問を呈された。
転生のことを事細かに話す時間もなかったので、目の前の少年はラディムではなく、アリツェが持つ二重人格のもう一方である悠太が、なぜだかわからないが現世に具現化したものだとの説明にとどめた。
アリツェの見た目が幼くなっている現状や、合流までにありえない程の大きな時間差が生じたことなど、諸々の不可思議な事実を鑑みた結果、この奇妙な空間での特殊な現象なのだろうと、ガブリエラはとりあえず納得してくれたようだった。
「とにかく、あなたが来てくださったおかげで、光明が見えてきましたわ」
精霊術の使えるガブリエラの加入で、並の魔獣程度ならどうにかなる算段が付いた。
さすがに、エウロペ山火口で戦った『精霊王』の化身のようなものが現れたら、話は別だが……。
「いいって、いいって。友達が困っていたら、助けるのが当り前よ!」
ガブリエラはにこやかに微笑みながら、アリツェの肩をポンっと叩いた。
「うふふ。そういっていただけると、とても嬉しいですわ」
アリツェもガブリエラの目を見つめながら、笑みを返す。
併せて、アリツェはガブリエラに、腕輪への霊素の注入も頼んだ。
ペスと念話が交わせないと不便だし、何より、切り札になる拘束玉が使えないのは困るからだ。
腕輪が二つあれば、悠太にも持たせたかった。だが、二個目の腕輪は、ミュニホフにいる兄ラディムが持っている。
悠太はラディムのコピー体と思われる肉体を操っているが、残念ながら腕輪までは複製されていなかった。
贅沢は言えない。
腕輪の具合を確かめ、ペスとも念話が通じることを確認したところで、アリツェは立ち上がった。
「行きましょう! エミルを助けなければ!」
「エミルがいなくなったら、レオナが泣くもの。絶対に助け出して見せるわ!」
アリツェの掛け声に、ガブリエラもうなずきながら大声で応えた。
半年違いで生まれたエミルとレオナは、サーシャの元で一緒に育てられたこともあり、とても仲が良い。
ガブリエラの言うように、エミルがいなくなれば、レオナは相当なショックを受けるだろう。
それに、本人たちの意向も確認する必要はあるだろうが、将来的には二人にくっついてもらいたかった。
同じ霊素持ちで、互いに信頼もおける。下手に政略結婚をさせるよりは、精霊使いをよくわかった者同士で結婚をしたほうがいいだろうと、アリツェもガブリエラも考えていた。
ヴェチェレク公爵家は、保有する権力や資産を考えても、無理に政略結婚を考える必要はないのだから。
その後、次々に襲い来る魔獣たちに対して、アリツェたちはうまいこと連携を取りながら挑んでいった。
初手で、身軽なアリツェが、薙刀を振り回して相手の注意を誘う。
隙をついて、ガブリエラが霊素をこめた武器なり、使い魔のフェレットに攻撃させるなりで、魔獣の霊素の衣を剥ぐ。
仕上げに、物理攻撃力の最も高い悠太が、長剣でとどめの一撃を見舞う。
このような形で、順調に魔獣を屠っていった。精霊使いが一人加わっただけで、戦闘の難易度は激減していた。
霊素に対抗できるのは霊素のみ。アリツェは改めて、その意味の重大さをかみしめていた。
★ ☆ ★ ☆ ★
もう、どれほどの数の魔獣を倒しただろうか。
どれほどの回数、通路の曲がり角を曲がっただろうか。
アリツェたち一行は、地下迷宮のかなり奥深くまで進んでいた。
いくら戦闘が楽になったとはいえ、さすがに疲労が気になり始めていた。
アリツェは再度の休憩を提案すべきか迷った。しかし、いまだにエミルの行方が知れない点が胸につかえており、休もうとは口に出せない。
――果てのない迷宮に、次々と襲い来る魔獣たち。このままでは、疲れで不覚を取りかねませんわ……。
頭では休むべきだとわかっていた。だが、どうしても、はやる気持ちは抑えきれない。
「ねえ、あれって、何かな?」
ガブリエラが前方を指さしながら、声を上げた。
うつむきながら考えを巡らせていたアリツェは、ハッとして顔を上げる。
指し示された先は、ただの行き止まりに見えた。
だが、よくよく目を凝らせば、右に細く折れ、通路が続いているようだ。その折れ曲がった先の通路から、何やらぼんやりと光りが漏れている。
地下通路自体は、何者かによって壁に掲げられた謎の松明の光によって、薄暗い程度の明るさはあった。
しかし、先から漏れる光は、炎による明かりとは異質の、より人工的な光源によるものにも感じられる。
「部屋でもあるのか? もしかして、エミルが捕まっている場所か!?」
「悠太様、ガブリエラ。急ぎましょう!」
アリツェが声を張り上げると、悠太とガブリエラはうなずいた。
用心のため、アリツェたちは得物を構えなおし、光の漏れる細い通路に向かって駆けだした。
★ ☆ ★ ☆ ★
「これは……。何でしょうか……」
通路の先には、不思議な光景が広がっていた。
大人が軽く数百人は入るのではないかという広い部屋の中に、床から天井まで伸びる数多の半透明のガラス柱が、様々に色づきながら、整然と並んでいる。
かび臭かった通路とは一転し、部屋の中は清涼な空気の流れを感じた。一瞬、地下空間から脱出し、地上に出たのではないかと思えたほどだ。
アリツェは今まで、このような場所を訪れた経験はない。
だが、なぜだか妙に既視感があった。
「こいつは、もしかして……」
隣に立つ悠太のつぶやきが聞こえた。
どうやら悠太も、この部屋の様子に、何やら思うところがあるようだ。
「ヴァーツラフと一緒にアリツェの素体を作った時の部屋が、こんな感じだった気がするぞ」
悠太は両手を広げながら、アリツェに視線を寄こした。
言われてはたと気が付いた。確かに、悠太の持っていた記憶部分を探っていくと、眼前のものと瓜二つの光景にたどり着く。
悠太がこの《新・精霊たちの憂鬱》の世界に転生をする直前に、ゲーム管理者ヴァーツラフ――今は幼女マリエの姿になっているが――の指示の元、このアリツェの身体を作った、あの部屋にそっくりだ。
「ねぇ、アリツェ。ちょっとわからないんだけれど……。そこの悠太さんが、さっきアリツェを作ったって言ったよね。どういう意味?」
「……ごめんなさい、ガブリエラ。細かい説明は、無事にことが済んでからでいいかしら?」
転生知識のないガブリエラに、この世界のからくりやゲームシステムの話をしたところで、理解をしてもらうのにかなりの苦労を伴うだろう。
本来であれば、しっかりと時間を取って説明し、悠太の存在についてきちんと信用をしてもらう必要がある。互いに命を預ける相手になるのだから、不信感を抱かれては危険だ。
しかし、今は時間がない。幼いエミルのことを思えば、腰を据えて悠長に説明をしている暇はなかった。
ガブリエラは不満げに口を尖らせた。
だが、今の状況も十分に理解をしているのだろう、深くは追及してこなかった。
最初の魔獣撃破後の休憩時にも、ガブリエラにははぐらかしたような説明をしている。
アリツェは申し訳なく思い、胸が痛んだ。
「こんなのを見ちゃったら、もうバグの線を疑うしかないなぁ」
悠太は呆れ気味に、ふうっとため息をついた。
この部屋は、本来この世界に存在してはいけないはずだ。
悠太の住む地球の現実世界と、このゲーム《新・精霊たちの憂鬱》の世界とを結ぶ、狭間の世界に存在していたものなのだから。
そんなあってはならない部屋が、今、目の前にある。悠太の言うとおり、ゲームのバグの可能性が、極めて高い。
「それにしても、きれいですわ……」
アリツェはとある一つのガラス柱に、吸い寄せられるように近づいていった。
不思議と、このガラス柱が気になった。
アリツェは静かに中を覗き込もうとした。青く瞬くそのガラス柱の表面には、すっかり幼くなったアリツェの顔が映りこむ。
しかし、遠くからは半透明に見えていたはずの件のガラス柱だが、実際のところは、その中身を一切透過させていない。
はてなと思いながら、アリツェは右手を差し出し、ガラス柱に触れる。
「おい、アリツェ! 不用意に触るな!」
「え? って、きゃっ!」
悠太の怒声が飛んだ瞬間、アリツェは強烈な青い光に包まれた。
急速に意識が奪われていく感覚……。
「アリツェ!?」
遠くで、悠太の声が聞こえた――。
★ ☆ ★ ☆ ★
アリツェはゆっくりと目を開いた。
先ほどまで身を包んでいた青い光は、すっかり消えている。
気が付けば、いつの間にか悠太が、アリツェの肩に手を置きながら立っていた。
「何だったんだ、今のは?」
「わかりません。わかりませんが、何やら身体の中が……」
アリツェは、自分の身体におこった変化に戸惑った。胸の奥が、妙に熱い。
「アリツェも感じるのか? オレの身体も、なんだか不思議な……。何というか、力が湧き出てくる感覚?」
悠太も胸に手を置きながら、しきりに首を傾げている。
「ちょっと、二人とも。大丈夫?」
ガブリエラが血相を変えながら駆けつけてきた。
アリツェは手で制しながら、問題ないと返す。
アリツェは念のため、自身の様子を『ステータス閲覧』の技能才能を使って確認した。
すると――。
「なんですって!?」
アリツェは思わず叫んだ。
悠太たちがぎょっとした顔でアリツェに顔を向ける。
ステータスには奇妙な変化が生じていた。今まで、クラスは『精霊使い』となっていたはずだ。しかし、今見ると『槍士』に変わっている。
「わたくしのクラス……。ユリナ様と同じ、『槍士』になっておりますわ!」
「なんだって!?」
今度は悠太が叫んだ。
『槍士』は、かつてVRMMO《精霊たちの憂鬱》の中で、悠太が『カレル・プリンツ』として一緒にパーティーを組んでいた『ユリナ・カタクラ』が就いていたクラスだ。
加えてユリナは、今のアリツェのゲームシステム上の母に当たる。
「バグついでに、精霊使いの素養を失ったアリツェに、代わりとして母ユリナ由来の『槍士』のクラスを与えたってか?」
悠太は腕組みをしながら、唸り声を上げた。
「本当に、不思議な現象が起こる場所ですわね……」
アリツェはほうっと息をついた。
考えれば考えるほど、頭の中がこんがらがる。
「ただ、わたくしにとっては僥倖ですわ。もはや精霊術を使えない以上、純粋な戦闘クラスに就けたのは、かえって好都合。これで、広範囲殲滅スキルを使えるようになりますわ!」
『槍士』は、正面に向かって扇状に衝撃波を放つ広範囲殲滅スキルを、クラス特有の技能として持っていた。遠距離攻撃としても優秀な、使い勝手のいいスキルだ。
アリツェは今後、その《槍技衝撃波》スキルが使えるようになる。魔獣討伐の際に、戦いの幅が増すだろう。
「って、オレも『剣士』になっているな。……こいつは、おそらくはこっちの世界での父、前辺境伯『カレル・プリンツ』のものを受け継いだってところか……」
悠太も自身のステータスを確認したのだろう。手に持つ長剣を目の前に掲げて、刀身をじいっと見つめている。
「この空間での不思議な現象については、もうあれこれ考えるのはやめにしませんか? 新たに得た力、ありがたく、存分に活用させていただきましょう!」
「……それもそうだな。これで、対魔獣が随分と楽になるはず。エミルを一刻も早く見つけ出したいし、深くは考えず、使えるものは使わせてもらおう!」
アリツェは悠太と向き合い、うなずきあった。
これで、今までのような、ステータスでごり押しするだけの戦いからは脱却できる。
アリツェと悠太はそれぞれ、両親由来のクラスを引き継いだ。
不思議と、遥か天から何者かに見守られているような感覚に襲われる。
胸の奥底に、優しく、温かな物を感じずにはいられなかった。
アリツェは思う。この力を使えば、きっと無事にエミルを助け出せると……。
――エミル、つらいかもしれませんが、もう少しの辛抱ですっ!
アリツェは拳を固め、決意を新たにした。
「あのぉ……、取り込み中にごめんね。その、エミルなんだけれど」
アリツェがグッと気合を入れているところに、横からガブリエラが口を挟んできた。
「なんだかこの場所、エミルの霊素の残り香を感じるよ?」
ガブリエラは両手を大きく広げ、天井を見上げながらつぶやいた。
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