5 大司教の野望ですの?

「もしや、火口に飛び込む気か!?」


 ラディムを追って駆けながら、ドミニクは口にした。


「どうでしょうか! ……手に何かを持っているのが、わたくしどうにも気になりますわ!」


 大司教は、右手に何か棒のようなものを握っていた。妙な胸騒ぎがする。


「とりあえず、止めるわよ!」


 クリスティーナは走りながら、愛用のショートソードを抜きはらった。







「チッ! またお前たちか、しつこい!」


 大司教は舌打ちとともに、醜くゆがませた顔をアリツェたちに向けた。


「何をするつもりですか!」


 アリツェは立ち止まると、声を張り上げ、大司教を睨みつけた。


 大司教は一転して口角を上げると、にやついた表情を浮かべた。何もしゃべらない。


「みな、精霊術で止めるぞ!」


 ラディムは叫ぶと、引き連れていたミアに水の精霊具現化を施している。


 アリツェもすぐさま、ルゥに風の精霊術の準備をさせた。


 精霊使い四人の準備が整ったところで、ラディムの指示の下、アリツェたちは精霊術を一斉に大司教へと放った。


 だが――。


「馬鹿め!」


 大司教が上げた掛け声とともに、キインッと甲高い音が周囲に鳴り響いた。


 大司教に襲い掛かったはずの精霊術は、なぜだか明後日の方向へと飛んでいき、いつの間にかすっかり掻き消えていた。


「はじかれた!?」


 クリスティーナの悲鳴が漏れた。


 アリツェは足の筋肉がこわばり、よろめく。


 ……精霊術が効かない? いったい、何が起こった?


 眼前の光景が信じられず、心臓が早鐘を打つ。


「アジトで使っていた、あの霊素を妨害するアイテムでしょうか!」


 アリツェは叫ぶと、大司教の周囲に兆候がないかと目を凝らす。


 考えつく原因は、リトア族領の隠しアジトで、大司教付きの精霊使いたちが放ったマジックアイテムだった。霊素に干渉をし、精霊術の発動を妨げてきた白い霧……。


 だが、霧のようなものは見えない。……火口からの熱で、発動後すぐに蒸発したのだろうか。


「陛下! こうなったら『四属性陣』を使おう!」


 マリエはラディムの横に駆け寄ると、『四属性陣』発動の提案をする。


「しかし、直接『四属性陣』をぶつけては、奴を殺してしまうかもしれないぞ!」


 ラディムは首を横に振った。


 大司教は、帝国を大混乱に陥れた張本人だ。帝国皇帝として、大司教を帝国の正式な裁判にかけ、帝国臣民の前できっちりと処断したいとラディムが常々語っていたのを、アリツェは思い出す。


「そんなことを言っている場合じゃないわ! 今止めないと、ちょっとヤバそうよ!」


 クリスティーナは怒声を上げ、ラディムに再考を促した。


 確かに、生け捕りにこだわって、再び逃げられても大変だ。


 それに、今、大司教は何かをしようとしていた。おそらくはマリエの言っていた儀式だと思われたが、その正体がわからない以上、このままみすみす儀式を成功させるわけにもいかないと、アリツェも思う。


 ラディムはぐっと唇を噛んだ。


「致し方なしか! マリエ、頼む!」


 ラディムの叫び声が響き渡るや、マリエは即座に懐から青色の毛糸球を取り出した。


「また、あの物騒な精霊術を使うつもりですね……」


 大司教は顔をしかめ、マリエの手元を睨みつけた。


「私の野望の、邪魔をさせるわけにはいきません! せっかく長い時を耐え忍び、ここまで準備をしたのですから!」


 大司教は声を張り上げ、両手を高々と掲げた。


 右手に持つ棒状のアイテムが、太陽に照らされて、黄金色に怪しく光り輝いている。


「私は……。私は、神になるのです! おとぎ話の神官の、再来ですよっ!」


 大司教はそのまま大きく胸を逸らし、高笑いを上げた。


 おとぎ話の神官――。


 子供の頃に散々聞かされてきた、世界再生教の信奉する神に成ったとある一人の神官の話を、アリツェは思い出す。天変地異に苦しんでいた世界を、自らが犠牲になって火山の火口に飛び込むことで、見事抑え込んだというおとぎ話を。


 大司教は、その神官と同じ行動を採ろうとしている?


「何よ、あの手に持っている棒は」


 クリスティーナは目を細め、光っている棒状のアイテムを睨みつける。


「何らかのマジックアイテム、でしょうか?」


 アリツェも額に手をかざしながら、大司教の手元を凝視した。先ほどからずっと気になっていた杖のような物体。どこか、神々しさすら感じる。


「あれは……。『精霊王の錫杖』!?」


 とその時、マリエが信じられないといった様子で、首を横に振った。


「マリエ、知っているのか?」


 ラディムは隣に立つマリエに顔を向け、首を傾げた。


「ゲーム管理者ヴァーツラフとしての知識さ! 《精霊たちの憂鬱》で使われていた、『ボス撃破初回ボーナス』用アイテムの一つだよ! それも、『精霊王』と並ぶ、ラスボス候補だった奴の!」


 アリツェは口をぽかんと開けた。


 まさかこんな場所で、《精霊たちの憂鬱》の話題が出るとは。


 アリツェはすぐさま、横見悠太の記憶を探った。だが、残念ながら目の前の錫杖の情報は、まったく無い。


「なんでそんなものを、あいつが持っているのよ!」


 隣からクリスティーナの怒声が聞こえる。


 アリツェも同感だった。この《新・精霊たちの憂鬱》の世界の住人である大司教が、現実世界のVRMMO《精霊たちの憂鬱》の中に出てくるアイテムを持っているのは、どう考えてもおかしい。


 だが――。


「この《新・精霊たちの憂鬱》と《精霊たちの憂鬱》はゲームシステムが同じだ。別に、この世界にあっても不思議じゃないよ!」


 あり得ない話ではないと、マリエはアリツェたちの考えを真っ向から否定した。


 よくよく考えてみれば、アリツェたちの持つ『精霊王の証』も、元はと言えば《精霊たちの憂鬱》における、『精霊王』の『ボス撃破初回ボーナス』アイテムであった。


 だが、今アリツェたちが実際に所持している『精霊王の証』は、直接、アリツェたちが《精霊たちの憂鬱》から持ち込んだものではない。元からこの《新・精霊たちの憂鬱》の世界に存在していたアイテムだ。


 であるならば、大司教の持つ『精霊王の錫杖』に関しても、最初からこの世界に存在していたとしても、おかしな話ではない。


 アリツェは納得した。


「とにかく、止めなくちゃいけないってわけね」


 クリスティーナも得心したのか、うなずいた。


「《精霊たちの憂鬱》とまったく同じアイテムだとするなら、あれはたしか、『龍』を召喚できたはずだよ!」


 マリエの言葉に、アリツェはドキリとした。


 なにかと縁のある『龍』……。胃がぎゅっと締め付けられる感覚を抱く。


 だが、今はよそ事を考えている時ではない。まずは大司教を止めねば。


「『四属性陣』の準備ができた! みんな、いくよ!」


 うまいこと大司教を囲むように陣を敷いたマリエは、アリツェたちに配置につくよう指示を送った。


 すぐさま指定の場所に移動したアリツェは、ルゥに全力の精霊具現化を施した。


「大司教、覚悟しろ!」


 ラディムは手に持った剣の先を、陣の中央に立つ大司教に向けた。


「『四属性陣』、発動!!」


 マリエの声が響き渡る。と同時に、マリエの手から放り投げられた黄色の毛糸束が、陣を発動させようとその効果を発揮する。


 しかし――。


「無駄だな」


 大司教のつぶやきが漏れたと同時に、黄色の毛糸束――陣起動のためのマジックアイテムは光を失い、地面にぼとりと落ちた。


「なんだって!? こいつも止められるのか!?」


 マリエは目を見開き、戸惑ったようにかぶりを振った。


「いけない、大司教が!」


 クリスティーナの悲鳴が漏れる。


 慌てて大司教に目を向けると、彼奴は陣の中央から火口に向かって駆けだしていた。


 いったい、何をするつもりなのか。とにかく奴を止めなければいけない。


 気ばかり急くが、アリツェは陣発動の影響で身体が硬直し、その場から動けない。


「させないよっ!」


 その時、ドミニクの掛け声とともに、陣の外から一本の剣が飛んできた。


 ドミニクが投げつけた剣は、一直線に大司教の背を貫く。


「ぐふっ! だが、もう、お、そ、い……」


 大司教はうめき声を出しながら、胸から突き出た剣の先を左手でつかんだ。肉が切れ、とめどない血が流れ落ちているが、大司教は気にもとめず、ふらつく足で火口に身を乗り出した。


「我が、悲願。成就、したり……」


 息も絶え絶えなつぶやきとともに、大司教は右手に持つ錫杖を震えながら掲げた。と、そのまま火口に身を投げた。







 アリツェは身体の硬直が解けるや否や、火口の淵まで駆けだした。


 しかし、突然、大きな地響きが巻き起こり、脚を取られた。


「きゃっ!」


 バランスを崩したまま地面に転がり、したたか身体を打ち付ける。


 すぐさま立ち上がろうとするが、大地の揺れはますます激しくなり、思うように身体を動かせない。


「何よっ、この轟音!」


 クリスティーナも片膝をついた状態から立ち上がれず、顔を紅潮させながら怒鳴っている。


「見ろ! マグマが!」


 ラディムの悲痛な声が響き渡った。


 アリツェは慌てて火口に目を向けると、信じがたい光景が目に飛び込んできた。

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