2 聖女様に花を持たせましょうか
フェルディナントとの話を終え、アリツェは応接室から自室に戻った。椅子に座り、子爵領行きについて改めてゆっくりと考える。
(さて、クリスティーナも一緒となれば、また話は変わってくるな)
悠太は「どうしたもんかねぇ」とつぶやいている。
「クリスティーナ様に嫌がらせをしつつ、お養父様に復讐をもくろみ、なおかつ国王陛下の失望するような失敗をやらかす。併せて、子爵領の精霊教受け入れはきちんと果たす。なんだか盛りだくさんですわね」
思いがけずクリスティーナというお荷物が増え、アリツェは頭を抱えたくなる。
(そういわれると、なんだかわくわくしてくるな!)
「楽しまないでくださいませ! 大事なミッションなんですのよ!」
やけくそ気味に笑い飛ばす悠太に、アリツェは思わず声を荒げた。
(悪い悪い。さて、クリスティーナについては、道中やグリューン滞在中にいつもどおりの対応をしてやればいいだろう。あとは、クリスティーナ自身が使い魔を使って、精霊術でオレたちの邪魔をしないように注意をしていればいいかな。何やら今回の件で意気込んでいるようだから、グリューンで何らかの動きに出る可能性は高い)
クリスティーナ自身からわざわざ参加をねじ込んできた。当然、思惑があっての行動だろう。
「ドミニクにいいところを見せたいのでしょうか? ここで手柄を立てれば、婚約者の地位が近づくとして」
フェイシア王国内でクリスティーナの評判を上げるのには、もってこいの状況と言えなくもなかった。
(そうか、そういう考えができるのか。であれば、うまくクリスティーナに花を持たせる形で話をつけるように仕向ければ、よりドミニクとクリスティーナの婚約話へもっていきやすくなるな)
「国王陛下のクリスティーナ様への評価が向上すれば、確かにわたくしよりもクリスティーナ様を婚約者にした方が、という流れになりそうですわね」
悠太の意見に、アリツェはなるほどとうなずいた。
アリツェ自身は、今回のマルティン説得の件では、わざと失敗を犯すように行動する予定だ。であるならば、アリツェの失敗分をクリスティーナに挽回させるようにうまく動かせれば、クリスティーナの評判は上がり、一方で、アリツェの国王からの信頼は低下する。一挙両得のように思えてきた。
子爵領の精霊教禁教問題自体もきちんと解決しないと、フェイシア王国にとってはよくない。その点でも、アリツェ単独で行動して子爵領の問題がうやむやになるよりは、クリスティーナのフォローできちんと解決の方向に持っていけるのであるならば、よほど好都合だった。
(じゃあ、その形で進めよう。で、オレたちは今、表面上は世界再生教に鞍替えしているように見せかけている。この点を使って、マルティンの懐にうまいこと入り込もう。そして、アリツェがマルティンと国王との関係を取り持つと言ってマルティンを篭絡させ、うまいこと王都プラガまで連れて行く)
「うまくいきますでしょうか?」
あのマルティンが、そう簡単にアリツェの言葉を信じるとも思えない。
(今、マルティンは王国内に味方がいない状況だ。後ろ盾にしていたフェイシア王国の世界再生教の勢力も弱まるばかりだし、大分困っているんじゃないか? そこで、王家との関係回復の橋渡しをすると言ってアリツェが近づけば、まず間違いなく乗ってくるぞ)
「では、悠太様の案で試してみましょう」
悠太の意見に納得がいったので、アリツェは首肯した。
「その後は、どうすればよろしいでしょうか?」
(王都にマルティンを誘い、国王と面会させる。その場で、アリツェがマルティンを裏切り、過去のマルティンの所業を洗いざらいぶちまければいい。養子とはいえ、罪のない跡取りの娘殺しを画策したんだ。マルティンの立場は相当にまずくなるぞ)
「でもそれでは、クリスティーナ様の活躍の場がないのでは?」
アリツェ単独で行動をするのであれば、今の悠太の作戦でいいかもしれないが、今回はクリスティーナに手柄を与える必要もある。
(うーん、そういえばそうだな……。だったら、アリツェがマルティンと世界再生教の件で、意気投合したように見せかけてみるっていうのはどうだ? クリスティーナがその様子を見れば、まず間違いなくオレたちを危険だと感じるはずだ。きっと拘束して、王都に連行しようとするはずだぞ)
「そうすると、わたくしとお養父様が一緒に処分されそうですわね。さすがにイヤですわよ、あの人と一緒の扱いをされるのは」
想像しただけで気分が悪い。アリツェはぞわりと身震いした。
(なら、国王と面会になった際に、アリツェはこう言うといい。マルティンと顔を合わせた瞬間に昔のトラウマが蘇り、おもわず自己保身を図るために、マルティンの言うがまま世界再生教に加担すると口にしてしまったと。で、それからマルティンの過去の所業を暴露するって手順を踏めば、うまいことマルティンだけの処分に持っていけるんじゃないか?)
「なるほど、それでしたら、クリスティーナ様の評価をあげつつ、お養父様を痛い目に合わせ、なおかつわたくしの評判も適度に落とせそうですわね」
今考え得る最も適切な作戦かもしれないと、アリツェも同意した。
(子爵の恐怖におびえてかわいそうという同情意見も出るだろうけれど、将来王族の妻になる人間が、すごまれただけで容易に相手に屈するような心の弱さを持つのは適切ではないって評価も、きっと出てくるはずさ)
「少し脅せばわたくしが世界再生教に宗旨替えする可能性があると、国王陛下もお思いになるでしょうし、そうなれば、今までわたくしがクリスティーナ様に仕掛けていた嫌がらせに魔術が使われていた件も、陛下たちに知れ渡ることになりそうですわね。ますますわたくしの評判が落ちますわね。ちょっと悲しいですが……」
いまだ国王やその側近たちは、アリツェがわざわざ魔術を使ってクリスティーナに嫌がらせをしている件に気づいていなかった。この機会にそれらについても明るみになれば、アリツェの評価は下がる一方だろう。口ではマルティンに脅されたなんだと言ってはいるが、実は最初から魔術に傾倒し始めていたのではないのか、と。
(悪役を演じるんだ。我慢しようや)
なんとも悪役は大変だと、アリツェはため息をついた。
「お養父様はどうなりますでしょうか?」
(改易か、それに近い処分じゃないか? もしかしたら子爵領は、アリツェの管理になるかもしれないね。当主の交代ってやつだ)
立場上はアリツェが爵位の継承順位ではトップだった。マルティンに命を狙われたとはいえ、いまだ王国側に廃嫡の手続きはなされていないため、アリツェはマルティンの養女の立場を保持したままだ。
「あまり領地経営には興味がないのですが……。それに、もしわたくし自身が世界再生教に改宗する可能性があると陛下がお思いになられるのであれば、陛下ははたして、わたくしに領地をおまかせになるでしょうか?」
今回の子爵領の問題は、そもそもマルティンに精霊教への宗旨替えを迫るためのものだ。そこに、世界再生教に乗り換えそうだと思われているアリツェを、新たに当主に据えるのはどうなのだろうか。本末転倒ではないかとアリツェは思う。
(なぁに、アリツェの評判が落ちきる前に、早々にマルティンの処分は決まるだろう。先に領地をもらってしまえば、あとはいくら評判が落ちようと、婚約破棄までグリューンに引っ込んで、適当にのらりくらりとごまかせばいい)
「はぁ……」
悠太は心配するなと言うが、アリツェはそこまで楽観できず、気のない返事をする。
(もらえるものはもらっておけばいいんだ。悪役をまっとうした結果、王国内での立場が悪くなるのは確実だ。そうなったら、もらった領地に引っ込んでおとなしくしているっていうのもありじゃないか?)
「それもそうですわね。逃げ場所の選択肢は、多いに越したことはありませんわ。万が一お兄様が帝国侵攻に失敗した時は、お兄様をかくまって差し上げられますし」
確かに自分の管理する領地があれば、いざというときは逃げ込める。
(いやぁ、ラディムが失敗するときって、つまり、フェイシア王国の敗北だよな? そしたらグリューンも無事じゃないんじゃ……)
「そ、その時はその時ですわ!」
悠太の的確な指摘に、アリツェはごまかすように声を張り上げた。
(あとは成り行き次第でうまいこと行動しようか。まぁ、子爵領がもらえるかもってのは、オレの勝手な予想だ。もらえないならもらえないで、当初の予定どおりラディムに頑張ってもらって、帝国内に居場所を確保してもらうまでさ)
アリツェはうなずくと、子爵領へ向かうための準備を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。