6 グリューンを立て直さねばなりませんわ

 王都プラガでの養父マルティンへの復讐劇が済み、隠居扱いになったマルティンに代わってアリツェがプリンツ子爵の爵位を与えられた。ドミニクとの結婚までは、当面、子爵としてグリューンで領地経営にあたるようにとの国王からの指示も受ける。


 アリツェは伝書鳩を使い、叔父フェルディナントに事情を説明し、辺境伯邸には戻らない旨を伝えた。領内が安定するまでは子爵領にとどまらざるを得ず、対帝国の準備に協力ができない旨も謝罪した。世話になっていただけに、心苦しい。


 王都でのすべての手配を終えると、アリツェはドミニクを伴い、高速馬車でグリューンへ向かった。現状のグリューンを見れば、領内の経済復興は急務だ。しばらくは忙しくなりそうだった。


 いずれはドミニクに引き渡さなければならないとはいえ、物心つく前から育ってきた地だ。今の惨状を放置するわけにもいかなかった。領を富ませつつ、国王はじめ王国上層部の失望を集め、ドミニクからは愛想を付かされるようにする。こう並べてみると、なかなかにやらなければならない仕事が多い。しかし、悪役令嬢アリツェはすべてをこなさなければならなかった。……爵位をもらったので、令嬢という言葉は少し違うような気もする。悪役子爵だろうか?


 アリツェは高速馬車に揺られながら、目の前に座る純白のローブを身にまとった少女に目を向けた。


「あの、どうしてクリスティーナ様がグリューンにいらっしゃるのでしょうか」


 訳が分からなかった。もう子爵領の問題も解決したので、クリスティーナが同行する理由がない。いい加減、ヤゲル王国に帰国するべきではないだろうか。


「当り前じゃない! あなた、国王陛下の前ではさもかわいそうなご令嬢を演じていたけれど、実態はまったく違うでしょ! マルティン子爵との実際のやり取りとは異なる、まったくのでたらめをべらべらとしゃべって、私、心底驚いたわ。そんな性根の腐った女を、ドミニク様の傍に置いておけるわけがない!」


 クリスティーナは顔を真っ赤にしながら、鼻息荒くまくしたてた。


「はぁ……、まぁ、好きになさってくださいな。一応あなたも隣国の王女様、子爵邸内にお部屋は用意させていただきますわ」


 厄介者とはいえ賓客でもある。無下に扱うわけにもいかなかった。


「ふんっ! 当然ね!」


 クリスティーナは胸を張り、鼻を鳴らした。


「ドミニク様は絶対に、あなたから奪い取って見せるわ!」


 ビシッと人差し指でアリツェを指さす。


「せいぜい頑張ってくださいませ」


 アリツェはため息をついた。また厄介な事態になりそうだと思うと、うんざりする。


「キーッ! その余裕な表情、すぐにゆがませてみせるわ!」


 ますます顔を赤くし、クリスティーナは地団太を踏んでいる。


(別に、わたくしあなたに対抗しようだなんて思っていないのですが……。もう、さっさとドミニクを奪っていってくださいませ。あまり長引かされると、わたくしの吹っ切ったドミニクへの想いが、また再燃してしまいますわ……)


 アリツェは不本意ながらも自分を押し殺し、ドミニクに迫るための機会をクリスティーナへ十分に与えたと思う。それでも今の体たらくだった。さっさと慣れない悪役などやめて本来の自分に戻りたいのに、クリスティーナがいつまでたってもドミニクを口説き落とせないために、一向に悪役から足を洗えそうもない。困ったものだった。







 グリューンの子爵邸に戻ると、アリツェはさっそく動き出した。


 まずやらなければならないことは、子爵邸内の大掃除だ。マルティンに毒されすぎた使用人に暇を出し、新たにアリツェの子飼いになる者を手配した。人材面についてはフェルディナントが多少都合をつけてくれており、近日中に辺境伯領からやってくるはずだ。一方で領政府側に関しては、それほどマルティンの思想に染められている者はいなかったので、わずかな人材の入れ替えだけで支障はなさそうだった。


 次に、アリツェは発布されている領令のうち、問題のあるものを停止する作業に入った。具体的には精霊教禁教関連だ。禁教を解除すれば、ヤゲル王国からの商人の往来も復活し、グリューンの経済も持ち直すだろう。また、当面は離れた商人を引き戻すために、税の軽減措置等を行う必要があるかもしれない。


 一週間ほどはドミニクとともに領政の安定を図る作業に没頭した。クリスティーナもアリツェとドミニクが忙しく働く様を見て、さすがにおとなしくしていた。特に大過なく子爵領の政治の引継ぎは済み、アリツェはようやっと一息付けた。子爵邸にも辺境伯領から送り込まれた使用人たちが到着し、私生活も落ち着いた。


 自室でくつろぎながら、そろそろ次の行動に移る時だと思い、アリツェは悠太に話しかけた。


「さて、今日もクリスティーナ様をいじめて、ドミニクに悪女っぷりをアピールいたしますわ!」


 次の行動――悪役令嬢の再開だ。


(お、アリツェ、ノリノリじゃないか)


 悠太も声を弾ませる。


「なんだか最近、もうどうにでもなれといった心境になってきましたわ」


 終わる気配のない悪役演技にその都度落ち込むよりは、もう心を無にして動いてしまえと思う境地に達しつつあった。


(で、今日はどうするんだ?)


「以前お兄様が使っていらっしゃったマジックアイテム、爆薬でしたかしら? あれで驚かせて、今度こそ階段から落ちてもらいますわ」


 ラディムから話を聞いていた小石で作ったマジックアイテムを、アリツェは暇を見て自作していた。火の霊素を込め、殺傷能力はほとんどないが、音だけは大きく鳴り響くように調整している。


(以前突き落とそうとしたときは乗り気じゃなかったのに、どうしたんだ?)


 アリツェの変わりように、さすがに悠太も訝しんだ。


「クリスティーナ様と親密に接する機会が増えて、わたくし思いましたの。あの方は、煮ても焼いても食えない方だと」


 マルティンとの会談の前に一瞬だけ聖女らしさを見せたものの、普段のクリスティーナは相変わらず性悪そのものだった。自尊心が高く、周りを見下し、わがままを無理やり押し通そうとする。そのような人物に手加減は無用だと、アリツェは思うに至った。


(随分な言い草だな。ここまでアリツェに嫌われるとは、あの聖女様も大したもんだ)


 悠太は苦笑した。


「さ、行きますわよ、悠太様!」


 アリツェは椅子から立ち上がり、自室を出た。階段が見える廊下の隅で、ペスに風の精霊術を施して臭いと音を消し、ルゥに光の精霊術を施して周囲の背景に姿を溶け込ませた。


(お、こいつはちょうどいいかもしれないな。クリスティーナの奴とドミニクが一緒にいる。というか、クリスティーナがドミニクに付きまとっているっていったほうが正確っぽいけれど)


 悠太の言葉にアリツェは顔を上げると、廊下をドミニクとクリスティーナが歩いている。どうやら都合よく階段に向かっているようだ。


 ドミニクにしな垂れかかるクリスティーナに腹が立ったが、ここは我慢我慢。


「爆薬で驚かせて階段を落ちそうになったクリスティーナ様を、ドミニクが華麗に助ける。ドミニクが爆薬の犯人を捜して、私だと知って幻滅する。ついでに、その場で、わたくしが嫉妬に狂った愚かな女を演じれば、より完璧ですかしら。……こういう筋書きでまいりましょう」


 これでドミニクもアリツェに対する評価を落とすだろう。……落としてくれないと困る。


(ドミニクとクリスティーナの抱き合うシーンを見ることになりそうだ。アリツェにはつらいだろうけれど、頑張ろう)


「……ええ」


 悠太の言葉に、アリツェは気が滅入った。







 アリツェは精霊術で気配を消したまま、ゆっくりとクリスティーナの背後に忍び寄った。手には用意した爆薬の小石を握っている。


 タイミングを見計らい、クリスティーナが一歩階段に足を踏み出そうとした瞬間、小石をクリスティーナの背に投げつけた。


「きゃぁっ!」


 けたたましい音が鳴り響き、クリスティーナは悲鳴を上げて階段から足を踏み外した。


「クリスティーナ様!?」


 ドミニクが慌てて手を伸ばし、転げ落ちそうになるクリスティーナを抱きとめた。


「あ、ありがとうございます、ドミニク様」


 クリスティーナは首筋まで真っ赤に染め、ドミニクに礼を述べる。


「い、いや。当然だ……。それにしても、今のはいったい」


 クリスティーナを抱き留めながら、ドミニクはきょろきょろと周囲をうかがい始めた。


「自然現象ではないと思います。霊素の力を感じました。おそらくは……」


「アリツェがやったと? 何を、馬鹿げた話を」


 クリスティーナの言葉に、ドミニクは信じられないといった表情で頭を振った。


「しかし、ドミニク様はご存じないのかもしれませんが、私はたびたびアリツェから魔術を使った嫌がらせを受けてきたのです!」


 クリスティーナはかっと目を見開き、声を張り上げる。


「ほら、あそこにアリツェがいます!」


 アリツェが潜伏している場所を、クリスティーナは指で指示した。


「っ! アリツェ……」


 アリツェが精霊術を解き姿を現すと、ドミニクは驚愕のためか絶句した。


「オーッホッホッホ! ごきげんよう、ドミニク。そして、クリスティーナ様」


 アリツェは扇子を広げて口元を覆いつつ、高笑いを上げた。悪役らしく悪役らしく、とアリツェは念仏のように心で唱えながら、ドミニクとクリスティーナに近寄り、口角を上げいやみったらしく微笑んだ。


「今の爆発、あんたの仕業よね!」


 クリスティーナはアリツェを鋭い目つきでにらみつける。


「うふふ、泥棒猫さんに教える義理はございませんことよ」


 アリツェはまったく動じず、不敵に笑い飛ばした。


「なによ! 私がドミニクと親しくしているからって、妙な嫉妬から私を傷つけようとするのは、いい加減やめてくれないかしら!」


 アリツェの態度が癇に障ったらしく、クリスティーナは声を荒げる。


「わたくしの婚約者に色目を使うからですわ。ドミニクも困っていらっしゃるじゃないですか、ほら」


 アリツェは鼻で笑い、ドミニクを指で指し示した。


「そんなことありません! 嫉妬狂いのあんたに、何がわかるの!」


 クリスティーナは興奮し、足で床をどんどんと踏み叩いた。


「お、おいおい、二人とも喧嘩は……」


 ドミニクはオロオロしながら止めようとする、が――。


「ドミニクは少し黙っていてくださらないかしら」


「ドミニク様は関係ありません! これは女の戦いなのです!」


 アリツェとクリスティーナの声が同調した。


「あ、はい……」


 ドミニクはたじろぎ、小さくため息をついた。

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