2 わたくしたちが生まれた時のお話を聞きますわ

 アリツェ(昼モード)はゆっくりと瞼を開いた。ベッドの天蓋が視界に入る。


 アリツェは静かに体を起こし、周囲を見回した。窓からこぼれる朝日がまぶしい。手をかざして外の景色に目を遣ると、見えてくるのは屋敷の前にあった庭園だ。今は冬で、常緑の庭木しかないために、緑一色だった。


 辺境伯邸に泊まることになり、アリツェは二階の庭に面したこの部屋を与えられた。かつての子爵邸の自室とそう変わらない広さだが、調度品はさすがに辺境伯家といえる。古くから使われている、年代物と思わしき落ち着いたものが多かった。どれもこれも、アリツェの好みに合致する。


 今日はまず、昨晩フェルディナントに指示された食堂へと足を運ばなければならない。朝食を取りながら、話の続きをするためだ。


 アリツェはベッドから出ると、手早く着替えを済まそうとした。


「そういえば、ドミニク様に買っていただいたドレスが、さっそく役に立ちそうですわ」


 アリツェは心を弾ませながら、薄青色のドレスを手に取った。王都の服装品店でこのドレスを試着した時のドミニクの顔を思い出すと、アリツェはカッと体が熱くなる。


「これを着ていけば、ドミニク様もお喜びになるかしら……」


 アリツェは破顔しながら、袖に手をとおした。


「……よく考えましたら、このドレス、一人で着るのは難しいですわね」


 試着した時は店員の手を借りていた。だが、今はこの部屋にはアリツェ一人だけ。


 どうしたものかとアリツェが思案していると、扉がノックされる音が聞こえた。


「どちら様でしょうか?」


「アリツェお嬢様のお世話をするよう、旦那様に命じられた侍女にございます。今よろしいでしょうか?」


 ちょうどいいタイミングに侍女がやってきた。


 アリツェは侍女を招き入れると、着付けを手伝ってもらい、食堂へ向かった。







「おはよう、アリツェ。よく眠れたかな」


 食堂の入口で、フェルディナントがにこやかに微笑んでいた。


「はい、叔父様。おかげさまで」


 アリツェはドレスのスカートの裾をつまみ、ちょこんと礼をした。


「それはよかった。さあ、ラディムもドミニクも、もう席についている。アリツェもおいで」


 こっちこっちとフェルディナントが手招きをしている。


 アリツェは指示に従い、あてがわれた席に着いた。


「さて、それでは食事をしつつ、昨日の話の続きでもしようかな」


 フェルディナントはぐるりと全員を見遣った。


「それでしたら、わたくし、叔父様に聞いておきたいことがあるんですの」


 いい機会なので、アリツェはさっそくフェルディナントに質問をぶつけた。


「ほう、何かな?」


 うれしそうにフェルディナントは微笑を浮かべている。


「私とラディム様、双子で間違いはありませんか?」


 半ば確信をしていたが、念のため、この場ではっきりさせておかなければならない。


「間違いない。二人は同時に、ユリナ義姉様から生まれた。この国では、生まれ順に兄弟の順番を決めるので、先に生まれたラディムが兄になるな」


 フェルディナントは首肯した。


「ラディム様が、わたくしのお兄様……」


 アリツェはラディムを見つめた。


 間違いなく、アリツェとラディムは双子だった。改めて事実を確認したことで、アリツェはラディムに対する気持ちが少し変化した気がする。


 肉親の情とでもいうのだろうか。それとも、双子という特殊な関係性からくるものだろうか。ラディムの姿に、いとおしさを感じる。


 ……ただ、ラディムの中の優里菜に、悠太が惹かれているという事実もある。このいとおしさは、もしかしたら、悠太の優里菜に対する気持ちに、引きずられているものなのだろうか。今の時点では、なんとも言えなかった。


「では、なぜ生まれた子供について、マルティン子爵には私だけを、そして、ギーゼブレヒト皇家にはラディム様だけを、お伝えになったのですか?」


 双子の事実を隠す必要性がわからなかった。なぜなのか、真実を知りたい。


 アリツェはフェルディナントの言葉をじっと待った。


「バカバカしい話なんだ、今にして思えば……」


 ため息交じりにフェルディナントは話し始めた。


「この中央大陸にはね、昔から双子は、その家の不幸の象徴とされていたんだ。それで、通常は双子とわかったら片方を殺してしまう」


「そんな……」


 アリツェの知らない習慣だった。……単に、今までアリツェが双子と関わり合いになる機会がなかったから、知らなかっただけなのかもしれない。だが、風習が事実であるならば、確かにアリツェとラディムの関係性は、隠すべきものだろう。


「だが、私たちにはどちらかを殺すだなんて、できなかった。君たちは、異能を持った兄カレルの子供だからね」


 フェルディナントは力なく頭を振った。


「一目見た時、君たちが何か特別な力を持っていると、すぐに分かった。ただ、どんな異能なのかは、その時点では判別できなかったんだ。当時はまだ、霊素が知られていなかったしね」


 それは仕方がないだろう。アリツェたちの誕生をもって、はじめてこの世界に霊素が実装されたのだから。


「異能を持つ子を殺すわけにはいかない。我が領は異能の保護に動いていたし、その貴重な異能持ちが一族に生まれたんだ、殺してしまっては、ねぇ……」


 フェルディナントは苦笑いを浮かべ、「具合が悪いだろう?」と口にした。


「そこで、跡取りになる男の子は我が家に、女の子はまだ子供のいなかった遠縁の子爵家に養子に出すことにした。形だけでも双子ではない状況を作り出しておけば、不幸の象徴だなんだと難癖をつけてくる輩も出てこないと思って。マルティン子爵はぐずっていたが、異能持ちがいれば、プリンツ一族全体の繁栄にもつながるだろうし、強引に押し切らせてもらったよ」


 つまり、アリツェは憎まれて子爵家へ厄介払いをされたわけではなく、生き延びてもらうためにやむにやまれず、養子に出されたというわけだ。


 アリツェはホッと安堵した。どうやら、辺境伯家に居場所を見つけられそうだ。


「ただ、子爵家にとってもアリツェにとっても、双方に良かれと思ってやったことが、結局は互いにとって不幸な結末になるとは私も想定していなかった。本当にすまなかった……」


 アリツェが子爵から冷遇され、最後には捨てられる結果となった点を、フェルディナントは相当に悔やんでいるようだった。


「まさか、この件で子爵家が我が辺境伯家と袂を分かって、世界再生教側についてしまうとは……」


 眉間に深くしわを寄せながら、フェルディナントはつぶやいた。


「事情は分かりましたわ。確かに、辛いこともありましたけれど、おかげでこうしてドミニク様にも出会えましたし、グリューンの街でもわたくしに良くしてくれる人がたくさんいました。わたくし、決して不幸なだけではありませんでしたわ」


 アリツェはにこりと微笑んだ。


 養子に出されたからこそ知り合えた、たくさんの大切な人がいる。今なら言える、アリツェは受けた不幸よりも、もっと多くの幸せを得られたと。それに加えて、これからはきっと、辺境伯家の人たちもアリツェの力になってくれるだろう。


「そう言ってもらえると、こちらも救われる」


 ほっと吐息を漏らして、フェルディナントは微笑を浮かべた。


「私からも少しいいか?」


 アリツェとの会話が一区切りついたところで、ラディムが横から割って入ってきた。


「母上が妊娠していたころの話だ。流産しかかって、父上が異能を使ったと聞いたが」


 父であるカレル・プリンツ前辺境伯の異能――。王国中で有名だったその能力は、だがしかし、一部の有力者しか実態を知らなかった。


 いったいどういった能力だったのだろうか。間近で見てきた人間の言葉を、ぜひとも聞きたかった。


「あぁ、あの時は大変だった……。あまり、思い出したくはないが、君たちには知る権利があるだろう……」


 フェルディナントの話はこうだ。


 母ユリナの妊娠発覚からまだそれほど経っていないころ、母体から茶色っぽい出血があり、屋敷じゅう大慌てになった。


 呼ばれた家付きの産婆から、赤子が絶望的だとカレルは告げられた。妻のユリナを深く愛していたカレルは動転し、すぐさまユリナの枕もとへと駆けつけた。


 ここで、カレルは異能を使い赤子の命を救おうとした。目を閉じ、ゆっくりと祈りをささげると、カレルの身体は白く輝きだし、その光はやがて横たわるユリナの体をも包み込んだ。


 すると、驚くことに出血していた茶色の血が母体に戻り、何ごともなかったかのようにユリナは穏やかに眠りについた。


 それ以後、ユリナの調子はすこぶる順調、お腹も大きくなり妊娠の継続が確認できた。


「では、父上の異能のおかげで、私たちと母上は救われたと?」


「間違いないだろう」


 ラディムの問いに、フェルディナントは首肯した。


「ただ、その異能のせいで、兄は死ぬことになった……」


 悔しそうにフェルディナントは顔をゆがませた。


「では、わたくしたちのせいでお父様は亡くなられたと?」


 聞きたくはなかった事実だった。アリツェは事の重大さに、眩暈を覚える。


「ある意味では、そうとも言える。だが、兄が亡くなった結果に対して君たちを責めるのは、筋が違うと思うし、そんな真似をすれば兄はきっと怒るだろうな」


 アリツェが頭を抱えていると、フェルディナントは「君たちが気に病むような話じゃないさ」と気遣った。そして、給仕のメイドを呼びつけると、アリツェの元に水を持っていくよう伝えた。


「結局、父上の異能とは何だったのだ?」


 この問題の一番の核心だった。ラディムが向けた問いに、ぽつりぽつりとフェルディナントは語り始めた。


 フェルディナントが言うには、カレルの異能は、祈りの力らしい。


 カレルが何かを実現させたいと強く祈った時、その願いはかなりの精度で実現された。その願いの中には、王国の命運を左右する大事件を解決に導いたようなものまであった。このため、当時のフェイシア国王のカレルに対する信頼は絶大だった。


 ただ、この能力を行使するたびに全身を耐え難い痛みが走るらしく、カレルは都度、数日寝込むような状況だった。しかも、その寝込む期間は、能力行使のたびに伸びていった。


 フェルディナントたち家中の者は、カレルの能力が自身の健康と引き換えに行使される大変危険なものだと認識し始めた。重くなる一方の副作用に、もしかしたら異能の行使には回数の制限があるのではないかと考え、カレルに安易な能力行使をやめるよう釘を刺そうとフェルディナントは考えた。だが、その矢先の、流産騒ぎでのカレルの死だった。


「では、その異能に回数制限があったと、そう考えているのか叔父上は」


 ラディムは唸っている。


 使用制限のある異能――。アリツェは悠太の『精霊たちの憂鬱』時代の記憶を覗いてみたが、確かにそういった能力がいくつかあった。


(悠太様、心当たりはありますか?)


(うーん、フェルディナントの説明を聞いた限りだと、おそらくは『祈願』の技能才能だな)


 『祈願』――。


 悠太の記憶では、能力保持者が実現してほしいと強く願ったものを、ゲームシステムに反しない範囲で実現させるスキルらしい。ただ、この強力な効果を実現させるにあたっては、大きな制限もついている。


 一つ目は、生涯でスキルを行使できる回数が十回に制限されていること。


 二つ目は、使用するたびに体に大きな負担がかかり、回数を重ねるごとにその負担が増していくこと。具体的には、デスペナルティーのようなステータス低下が、数日にわたって続くこと。


 最後に、十回の願いを行使し終えた段階で、能力保持者は死亡――ロストすること。文字通り、キャラクターが失われ、プレイヤーは二度とそのキャラクターでログインができなくなる。


「異能を使うたびに、兄の体がむしばまれていく様子を見てきた。おそらく、流産を止めた時に発動した異能が、兄の体にとどめを刺したのだろう」


 カレルが悠太の言う『祈願』の技能才能持ちであったのなら、流産を食い止めた願いが十回目のもので、技能の制限が発動して命を奪われたと推測できる。


「兄は自身の異能に苦しんでおられた。我々家族もその姿を見ていたので、兄の異能保護に賛同し、今もこうして異能を持つ者を保護する政策を続けている。霊素持ちの精霊使いを含めて、ね」


 フェルディナントは愛おし気な視線をアリツェとラディムに送った。『霊素持ちの精霊使いを含めて』の部分を強調していたのも、目の前に座るアリツェたちを気遣ってだとわかる。


「だから、生まれの状況でいろいろと互いに不幸なことはあったが、私たちプリンツ辺境伯家は、君たち兄妹を歓迎する。邪険にするつもりは一切ない」


 フェルディナントは立ち上がり、両腕を大きく広げた。


 フェルディナントの意図を理解したアリツェは、立ち上がって彼の大きな胸元に飛び込んだ。ラディムも最初はためらったようだが、アリツェに続く。フェルディナントは嬉しそうに頬を緩ませて、そのままギュッと、アリツェたちを抱きしめた。

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