9 私たちは双子だったのか

(優里菜、主人格を交代するか?)


 悠太と話したそうにしている優里菜に気を使って、ラディムは一歩引いた。優里菜は礼を言い、人格を浮上させる。


「……カレル、私だよ。ユリナ・カタクラだよ……」


 優里菜はわずかに声を震わせ、悠太のキャラクター名を呼んだ。


「ユリナ!? もう一人のテストプレイヤーは、ユリナだったのか! でも、なぜ少年の体に……」


 悠太は目をむいて仰天した。


「そういうカレルこそ、なんで私そっくりの女の子に入っているのかな?」


 優里菜は鋭く悠太を見据えた。


「いや、ははは……。まぁ、成り行きで」


 悠太は頭を掻きながら言葉を濁している。


「まあ今はその点は置いておいて、一つ聞きたいことがあるんだ。実はさ、この体の中に、なぜだかカレル――横見悠太君の記憶も入っているんだけれど、カレル、何か心当たりないかな?」


 優里菜の人格が悠太の人格を消し去ってしまったのではないか。そんな推論を優里菜とラディムはしていたが、どうやら悠太の人格は無事にアリツェという少女の中に取り込まれていた。優里菜は、少しほっとした。


 だが、そうなると、このラディムの体の中の悠太の記憶の正体がわからない。悠太の記憶の部分だけが二つに分裂して、ラディムとアリツェの体の中に別々に入った? いったいどうやって?


「なんだって? オレのこのアリツェの体には、オレとアリツェの人格しかないけれど、そっちはもしかして三重人格になっているのか? オレの人格が、もう一人いる!?」


 突然の話に悠太は声が裏返っていた。優里菜の説明が悪かったせいか、悠太の人格部分もラディムの中にあると勘違いされた。


「あ、違うの。なぜだかカレルの分は記憶だけで、人格がないんだよ。カレル……あー、えっと、悠太君って呼んだほうがいいかな? これ、いったいどういうことだと思う?」


 優里菜は慌てて訂正し、悠太の反応を待った。


 だが、悠太からの答えはなかった。頭を振るだけだ。どうやら悠太にも、わけがわからないらしい。


「実は、アリツェはカレル・プリンツ前辺境伯の実子なんだ。それで、生まれたころの状況を調べて、なぜアリツェが遠縁の子爵家へ養子に出されたのかを調べようと思っていたんだが……」


 悠太は話題を切り替え、この地に来た理由を話し出した。だが、この話も優里菜には衝撃だった。


 悠太の転生素体であるアリツェの父も、カレル・プリンツ前辺境伯だった。つまり、ラディムとは父を同じくした血の繋がった兄弟になる。母が同じかどうかまでは、まだわからないが。


 だが、優里菜にとってはあまり知りたくない事実だった。これで、優里菜は悠太の転生素体とは恋仲になれない。……だた、お互いに体の性別が逆転しているので、血がつながっていなくても恋人になれたかは少々怪しかったが。


「実は、このラディム君も前辺境伯の子なんだよね。子供は一人って聞いていたのに、ラディム君もアリツェちゃんも前辺境伯の子供?」


「おいおい、実の兄弟かよ……」


 優里菜の言葉に、悠太は落胆したかのようにつぶやいた。


「ちなみに、アリツェちゃんの母親は誰かな?」


 異母兄弟の可能性もあるので、ユリナは確認した。だが、聞いている範囲でのカレル前辺境伯を考えると、ユリナ・ギーゼブレヒト以外の女性とねんごろになっている可能性は、限りなく低いはずだ。


「母親は……、この世界の母の名は実は知らないんだ。アリツェは生まれた直後に、辺境伯家から遠縁の子爵家へ養子に出されていて、子爵家でも冷遇されていたから詳しい話は聞かされていない。システム上の母は……」


「ん? どうしたの?」


 言いよどむ悠太に、優里菜は首をかしげた。


「君だ、ユリナだよ、母に選んだのは……」


 悠太の顔は真っ赤に染まっていた。


「あ……、えと、悠太君も同じだったんだね。じゃあ、ラディム君とアリツェちゃんは、二人ともシステム上の両親が一緒だね。私たちの子供なんだ、どっちも……」


 悠太との間に何とも言えない空気が漂う。


「あとね、アリツェちゃんのこの世界でのお母さんも、間違いなくラディム君と同じはずだよ。私が聞いている範囲では、前辺境伯はラディム君のお母さん――帝国皇女のユリナ・ギーゼブレヒトを溺愛していたみたいだし」


「ってことは、二人は双子?」


 悠太の問いに、優里菜は首肯した。


「でも不思議だよね、どうして一人っ子だなんて嘘の情報が流れているんだろう?」


 出生の謎が一つ解けた。ラディムとアリツェは双子だった。


 だが、新たな謎ができた。双子の事実をなぜ周囲に隠しているのか。


「これは、本格的に辺境伯家を調べたほうがよさそうだな……」


 悠太は腕を組んで考え込んだ。


 双子という事実に、優里菜もいろいろと考えさせられる部分がある。


 人格がない悠太の記憶。転生処置の際に何らかのトラブルがあったとすれば、この双子という事実が原因の一つなのかもしれない。


「あっと、そうだそうだ。私だけが一方的に悠太君のリアルネームを知っているのも不公平だよね。私の本名は片倉優里菜。ゲームキャラと同じだから、今までどおりに呼んでオッケーだよ」


「了解だ。よろしく頼むよ、優里菜」


 優里菜は悠太と微笑みあった。


「じゃ、一緒に辺境伯家に潜入する? ラディム君もミアちゃんのおかげでかなり隠密行動は得意だよ」


 潜入に人数が増えるのは好ましくないが、悠太の転生体であれば話は別だ。高度な精霊術を使えるはずなので、かえって安全性が増すと優里菜は睨んだ。


「え? ミアだって!?」


 悠太は驚きの声を上げた。


「実は、こっちにはペスがいるんだ」


 悠太は後方を指さした。優里菜が目を凝らすと、ドミニクの脇で子犬が一匹おとなしくお座りをしている。優里菜の記憶の中にある、『精霊たちの憂鬱』でカレル・プリンツが従えていたかつての使い魔ペスに、間違いがなかった。


「なんだか、訳が分からないね」


 ラディムとアリツェの間で、悠太が二つに分裂してばらばらに入り込んだような印象を受ける。これも双子になった影響だろうか。


「このままここで悩んでいても仕方がない。辺境伯家の調査だ!」


 話はこれで終わりだと言わんばかりに、悠太は手をパンパンと叩いた。


「じゃあ、ラディム君のほうでうまいこと皇帝陛下の足止め工作をしておくよ。数日の猶予を作るから、その間に潜り込もう。明日、深夜にまたこの場所で」


 両軍が交戦状態にならないよう、ベルナルドをうまく誘導しなければいけない。


 せっかく悠太という強い味方もでき、潜入作戦の成功確率が大分上がっている。開戦で絶好の機会をふいにするわけにはいかなかった。


「あ、まった。足止めはお願いしたいんだが、辺境伯家へ潜入する必要はないぞ。オレたちは精霊教の大司教から、現辺境伯への紹介状をもらってきている。すんなり中に入れてもらえるはずだ」


 悠太は懐から何やら書状を取り出し、ひらひらと振った。どうやら今話した紹介状のようだ。


「それは僥倖だね。わかったよ、悠太君。じゃあ、足止めはしておくから、紹介状のほうはよろしくね」


 悠太に出会うまでは、街の警備の厳しさを嘆きつつ、どうしたものかと悩んでいた。だが、これでどうやら万事、うまく解決しそうだ。優里菜は自らの幸運に破顔した。


「まかせとけ!」


 悠太は薄い胸をそらしながらポンッと叩く。


「え、えっと……。君はアリツェ、だよね?」


 悠太の背後から戸惑いの声が漏れてきた。ドミニクだ。すっかり蚊帳の外に置かれ、困惑している。


「あ、ドミニク様。突然の事態に混乱されていらっしゃいますよね。ご心配なさらないでくださいませ。確かにわたくしはアリツェですわ。詳しい話は、またあとでいたします。ドミニク様にもご理解いただけるよう、きちんと説明いたしますわ」


 悠太は慌てて口調を戻し、ドミニクに弁明を始めた。


 優里菜はその様子を眺めながら、どうベルナルドを説得すべきか思案し始めた。







 中央大陸歴八一三年一月――。


 ついに運命の兄妹が再会を果たした。


 世界は、大きく動きはじめた――――。







 第二部 精霊を憎みし少年 ――完――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る