第57話 髪遊びの日

※更新すっぽかしてる期間長すぎという叱咤をいただきそうですね。他の原稿が忙しかったってお話は言い訳にしかならないんですが、本当に申し訳ない。代わりにと言ってはなんですが、9/26のとあるオンライン頒布会でDL作品の頒布をする予定です。よろしくね。そして更新ペースはしばらく超スローなままだと思います。ごめんね。









 トキの寝相が悪い、というのはツチノコもよく知った事だった。思い返せば、出会った次の日にはベッドから落ちていたし、枕がその頭に乗っていたりしたものだ。

 恋仲になってからというものの、トキがツチノコの腕に絡みついて寝ることでそれらは改善された。二人が知り合ってから今日に至るまでの年月で、恋人である期間の方が長いので忘れがちではあったものの、確かにトキの寝相は悪かった。


 だが、こんなことは初めてだった。


 トキの髪が爆発している。

 もう、寝癖とかそういう領域ではない。爆発。アフロヘアとか、ビジュアル系バンドのドラムとか、そういう言葉で表せるものではない。芸術という言葉の方がしっくりくる。ピカソとかベクシンスキーの絵画と並べるタイプのなにか。


 そして、ツチノコが抱く感想は至ってシンプルであった。


「……かわいい」


「流石に嘘ですよね!?」


 トキが自分の髪を懸命にクシでとかしながら、ツチノコの方を振り向いた。寝癖を治す目的でシャワーを浴びたりもしたのだが、あまりに衝撃的な寝癖を意識しすぎたせいで全く形がもどらない。これがけものプラズムの魔力である。


「いや、なんかこう、かわいい」


「そういうのいいですから……」


 ナウがトキにくれたことがあったヘアアイロンを温めながら、トキは自分の髪を手で押し固めようと努力していた。手を離せばあっという間に元通り。


「パーカー持ってこようか?」


「お願いします……」


 ツチノコが二階のクローゼットから、自分のパーカーと揃いのモノを持ってくる。前に脱皮して増えたアレだ。

 なりふり構わず、と言ったところか。トキはツチノコの目の前で自分の服を脱ぎ捨て、素早くパーカーに着替えた。フードを被ることで、寝癖を覆い隠す。一瞬トキの下着姿を目にしたツチノコは、頬に紅葉を散らしながら目を逸らした。慣れとか関係ない。


「もー、どうしてこんなことに……」


「トキぐらい髪長いと大変そうだな」


「ホントです……というか、ツチノコもそこそこ髪長いですよね? フードの中どうなってるんですか?」


「さぁ、収まりよくて。よくトキの髪もフードに収まったな」


 トキとツチノコの目が、妙にバッチリ合う。このパーカーがなにかものすごい物に見えてきたが、二人とも気にしないことにした。


「でも、トキはどんな髪型しててもかわいいことがわかった」


「もう、ツチノコってば……」


「あの髪型で可愛くなれるの十億人に一人ぐらいだと思う」


「菜々さんに似たようなこと言われた気が……」


 そんなことを言いながら、温まったヘアアイロンで前髪を挟むトキ。すーっと下にスライドさせていき、毛先から抜けさせる。瞬間、前髪が元の形に戻った。トキが弱々しくため息をつく。


「もう今日は諦めてこれで過ごします……」


「いいんじゃない」


「ところで、この温めたヘアアイロンもったいないですね」


 トキの寝癖を直すことには微塵も役立たなかったヘアアイロン。トキの金色の瞳が、チラリとツチノコを追った。ツチノコはフードを深く被り直した。





「大丈夫ですよー、動くと危ないんで大人しくしててくださいね」


 なんやかんやありツチノコが折れる方向でまとまった。大人しく正座するツチノコは、普段脱ぎ慣れないフードを取られてソワソワと落ち着かない。

 そもそも、髪を弄られるというのはソワソワするものである。撫でられるにしろ、切られるにしろ、かれるにしろ。


「……なんか、女の子みたい」


「女の子ですよ?」


「ちがう、私が」


「そうですよ。ツチノコも女の子ですよ」


 そんなことを話す間にも、ツチノコの癖毛がどんどん真っ直ぐに伸ばされていく。ふわっと浮いていた髪も、伸びると思っていたより長くなる。


「ツチノコ、フード下ろすのも似合いますよ」


「だってなんか恥ずかしい」


 後ろ髪だけではなく、前髪も、脇の方もアイロンをかける。セミロングと呼んでもおかしくない長さになったツチノコの髪が、ツヤツヤとLEDの光を跳ね返していた。


「可愛いですよ、お写真撮りましょうか」


「いいよ、恥ずかしいから」


「……恥ずかしい写真がダメって事だったら、ここに入ってる私の写真と動画が半分くらい消えちゃいますけど」


 カメラを持って怪訝な顔を見せるトキに、ツチノコは何も言い返せずに首を縦に降る他なかった。

 そして、パシャリ。


「ツチノコ、それだと前髪長すぎますね。ヘアピンしましょうか」


「いいよ、恥ずかしいから」


 抵抗も虚しく、パシャリ。


「ツチノコ、ツインテールとかも可愛いと思いますよ!」


「いいよ、恥ずかしいから」


 結構頑張って抵抗したけどダメでした。パシャリ。


「せっかくですしもっとフリフリの服にしませんか?」


「いいよ、恥ずかしいから」


 もうツチノコも諦めた。パシャリ。

 

 トキも満足したようで、ツチノコで遊ぶのはそこで終わりになった。ツチノコはまだフリフリツインテールのままだったが。


「なんだか元のツチノコに戻っちゃうのももったいない気がします」


「……いつもの私じゃ可愛くない?」


「全くそんなことはないですけど」


 ふむ、とトキが顎に手を当ててツチノコを眺める。熱い視線に思わずツチノコも頬を染める。


「このままベッドまで連れていきたいですね……」


「……なんて?」


 今日はやたらツチノコが弱い日だった。トキに言いくるめられて、元の格好に戻らないまま一日を過ごした。


 本日もある程度平常運行、これが日常……? です。


 今日は着衣でした。

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