第54話 お正月の日

「明けましておめでとうございますー!」


「おめでとうございます、今年もよろしく」


「よろしくお願いします!」


 というやり取りをトキとツチノコが交わしてから三日。三賀日の最後の日にもなると、特に親しい人との新年の挨拶も終わり、正月らしいムードも段々と薄れてくる。トキとツチノコは直接会って挨拶をするような相手がナウくらいしかいないので、家でだらだらと正月を過ごしていた。


 だらだら、と言ってもソファでテレビを眺めるだけ〜といったものではない。ナウが持ってきた羽子板で子供のように外遊びをしたりと健康的に正月を過ごしている。ツチノコの頬に墨のハートがうっすら残っていたり、トキのおでこに「スキ」と掠れた字が隠れていたり、お互いの首筋に花弁が散っていたりする。最後は羽子板には関係ない。


「ツチノコ〜、お昼お雑煮でもいいですか?」


「んー、いいよー」


「お餅いくついれますー?」


「みっつ〜」


「あ、お汁粉もできますけどどっちがいいですか?」


「じゃあお汁粉で」


 トキが餅を焼いたりなんなりしている間に、ツチノコは洗濯物を干す。新年だろうと洗い物は出るので仕方ない。なんなら、羽目を外したせいでちょっぴり洗い物が増える。洗濯物を干すついでで布団も干した。


「今晩までには乾いてますように……」


 姫始めとやらはもう楽しんだ。




「「いただきます」」


 トキはお雑煮。ツチノコはお汁粉。二人で黙々と口から餅を伸ばす。


「ツチノコ、お餅食べ飽きてませんか?」


「別に?なんで?」


「いえ、楽だからってここの所お餅が多くて申し訳ないなって」


「トキの料理は美味しいから大丈夫」


 そんなことを言いながらツチノコはまた口から餅を伸ばす。トキはその何気ない言葉にぽーっと顔が熱くなるのを感じたが、誤魔化すようにお雑煮の湯気に顔を埋めた。塩気のある汁を口いっぱいに含む。


「……しょっぱいの次は甘いのが食べたくなりますね」


 チラリとツチノコの顔を見るトキ。


「……食べる?」


 ツチノコが自分の口元の餅を噛み切ってそう言う。箸には、餅の端を掴んだままだ。


「いただきます」


 その一言だけで、特別なやり取りをするでもなくトキがツチノコの箸の先に食いつく。そのまま、にゅうっと餅を引き伸ばす。


「おいひいでふね」


「喉に詰まらせるから喋るなよ……」


 ツチノコがトキの口から伸びる餅を箸で引っ張ってやると、ぷちんと切れて余った分はトキの口に収まる。もぐもぐと口を動かして、喉を鳴らしてからにっこりと笑った。


「ツチノコもお雑煮食べます?」


「もらう」


 ツチノコがトキから器を受け取ろうと手を出すが、トキはそれをスルーしてお雑煮の餅を自分の口に咥えて長く伸ばす。噛み切って、喉を鳴らす。ツチノコに箸の先を差し出す。


「はい、ツチノコ」


「ん……」


 普通に食べさせればいい所を、わざわざ口をつけてから渡すというのは若干変態チックではあるが、トキもツチノコもそんなことをわざわざツッコミはしない。


 いつも通り。いつも通りで、これ。


 お正月も平常運行、これが日常、これがトキノコです。今年もよろしくお願いします。

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