第49話 キャンプの日 ー寝る前 そのいちー

 テントは二つ並んでいるものの、双方の声はあまり聞こえない。けものの方の耳を澄ませて、やっと聞こえるか聞こえないかという程度だ。テント内でお喋りをしていれば、そんな僅かな音が聞き取れるはずもない。


「ねーねーねー、最近ツチノコちゃんとはどーなのよ!教えてごらんよ〜!」


「……ロバ……押し強すぎ……」


「まぁまぁ〜?わたしもトキちゃんのこと気になるしぃ、無理のない範囲で聴いてみたいなぁ?」


 つまり、トキがこんな状況でもツチノコにはわかるはずがないのだ。もちろんトキの言葉も聞こえない。もっと当然の話だが、顔を真っ赤にして、全員から視線を逸らしながらポツポツ話すトキの様子なんてわかりやしないのだ。


「……仲良し、ですよ」


 その答えに、ロバが口笛を鳴らす。カグヤが「おお……!」と感嘆(?)の声を漏らす。チベたんは遠くの方から申し訳なさそうな目線を向けている。


「もっと聞かせて?」「おなじくぅ」


 目をキラキラさせるロバとカグヤは女の子そのものだった。トキもそんなに迫られると断りにくくなる。ただ、何か話せと言われたところで何を話したらいいのかわからない。


「し、質問がないと何話していいかわからないですよ」


 ロバとカグヤは顔を合わせて、それもそうだとなにやら考え始める。そして、カグヤがすぐに何かを思いついた。それを全く悩むことなく口に出す。顔色ひとつ変えずに。


「エッチはどれくらいしてるのぉ?」


「ひぇ!?ひ、秘密です!そんなの教えませんよ!」


 トキが頭から湯気を出しながら両手を左右に振っていると、ロバがカグヤの耳元でなにやら囁く。そして、カグヤはそのまま拡声器として仕事をしはじめる。耳に入ったものがすべて口から出てくる。


「この間ロバの趣味道具借りてぇ?トキちゃんご自身のご希望でぇ?ツチノコちゃんと使うためにぃ?」


 トキが固まる。いつの間にか移動していたチベたんが固まっているトキの頭をよしよしと撫でる。その目は哀れみだけで出来ていた。


「……トキちゃんは変態だねぇ?」


 カグヤのにっこりした笑顔。ロバのえへへといった感じの笑顔。


「だ、だって、いっつもツチノコがリードしっぱなしで……」


「うんうん」


「私だってたまにはツチノコが恥ずかしがってるのもみたいし、おすまししてる余裕がないくらいに、あんあんって……」


「……ツチノコちゃんに言ってみればぁ?」


「そんなの恥ずかしくて言えませんよ!」


「……今ここで全部漏らしてるけど?」


 そう指摘されて、トキは再び固まる。チベたんがよしよし撫でる。


「……わすれてください」


(無理)(無理ぃ)(無理……)





 一方ライオンサイド。

 みんなで輪になり、LEDのランタンを囲む。誰から話すか……という雰囲気の沈黙にツチノコは押しつぶされそうになる。

 この面子だと確実にがいるツチノコが一番手だ。次点でカグヤとの関係に若干のもやがあるクロジャ……だろうが、彼女は誰が恋バナするのか楽しみでしょうがないようで、猫科の尻尾がくねくね動くのが止まらない。彼女がそういうタイプというのはツチノコにとって意外だった。


「……で、誰から行く?」


 沈黙を破るのはライオン。しかし、沈黙を破るだけ破ってなにも進展していない。皆がツチノコのことをちらりと見たが、ツチノコも頑なに口を開かない。さっきトキとのキスを見られた恥ずかしさが後を引いているのだ。


 ……。


 再び沈黙する。木々が風に揺れる音や、虫の鳴き声が美しい。それと同時に重苦しい。


 仕方ないのでツチノコがトキとの話をしようと唇を僅かに動かし……たところで、他の声がその声を遮る。


「ライオン先輩……どうなんですか」


 主はエジプトガン。その声に皆が彼女の方を振り向く。ライオンは「なにが?」と言いたげにエジプトガンを見つめ続けていた。


「あの、今日車で来てた男のヒトっすよ……」


 今日車で来てた男のヒト。その言葉に、ライオンとエジプトガン以外の全員が首を傾げる。逆にライオンはぽんと手を叩いた。


「あーあー!アイツねー!」


 皆に伝わっていないことを察しているエジプトガンは簡単な説明を始める。リーダーより気が利く。



 今日、一番最初にこの会場に到着したのはエジプトガンらしい。誰もいないこの自然で暇を潰しているところに到着したのがライオン。そのライオンの移動手段が……


「いや、ライオン先輩なんすかそれ……」


「……?車だけど」


「いやそれはそうですけど」


「あー、SUVだったか?なんかそんなやつ」


「いやそれはそうですけど」


「ろーるすろいす……とかなんとか?」


「なんでそんなのに乗ってきてるんですか……?」


 で、その運転席に乗っていたスーツのどえらいイケメンがいたそうだ。エジプトガンによると、ライオンがキャンプ道具を下ろそうとすると慌てた様子でそのイケメンがそれを制止して荷物を下ろし始めたそうだ。手伝おうとしたエジプトガンも「お嬢様のご友人にお手を煩わすわけには……」と止められたらしい。今更だが、今回のキャンプ道具は全部ライオンの物だ。


 一通り下ろした後、一礼してロールスロイスのSUVで去っていったらしい。ついでにその前にライオンが「サンキュー!」とハグしてたらしい。イケメンはそれも焦って引き剥がしたが満更じゃなさそうで……



「……で、あの人誰なんですか?」


「んー?俺の世話人……かな?」


 世話人。なかなか聞かない言葉に一同が絶句する。乙女な話が聞きたそうだったブラックジャガーもビビっている。


「し、飼育員じゃなくてか……?」


「うん。なんか過保護でさ、ホラ、俺はジャパリパークに寄贈されたライオンだったからさ……」


 なんでも、彼女はサファリエリアのライオンではなく動物園の方に大富豪から寄贈されたライオンが元になったフレンズらしい。イケメンは富豪の方から派遣された世話人らしく、パークに住み込みで飼育員よりもライオンの世話を焼いているとか。寄贈主はライオンのことを娘のように可愛がっているそうで、そんな過保護になっているとか……。


「だから、アイツとはそういうのじゃない!仲良いとは思ってるけどな!」


「「「「ひょ、ひょぇ〜……」」」」


 全員が恋バナどころじゃない金持ちトークにビビる。むしろそのライオンのバックにある莫大な富のおかげでこのパークパトロールが存在する可能性を考えると、拝みたい気分になってくる。


「でもライオンに抱きつかれるその人も災難というかラッキーというか……」


 唐突にそう漏らしたのはツン。ライオンが「なんでだ?」と首を捻る。その僅かな動きでもたわわが僅かにたわわする。その様子を見て、ブラックジャガーが口を挟む。


「……ツン」


「なに?」


「それ以上はやめろ。ツチノコが無表情になってる」


 強烈すぎる一撃。流石ブラックジャガー。一撃で仕留める!

 だがツチノコはそれも意に介さず、軽くため息をつきながら自分の胸をぺたぺたと触っている。と。


「……ごめん、ちょっと頭冷やしてくることにするよ」


 そう言い残してツンがテントを出る。その動作の時にちょっと揺れた。ツチノコが自分のを揉んでみる。揉むと言うには少々無理がある気もする動作になった。


「なぁ、ツチノコ……ほら、顔も声も毛並みもみんなそれぞれだから……」


 そんなの関係ない。女の子だもの。欲しいものは欲しい。でも。でもでもでも。


 でも!


「トキはこれでいいって言ってくれるもん!」


「「「……ほう?」」」





 ツチノコがそんなことをしている間にも、ロバの仕切るテントの方では無慈悲すぎるトキへの尋問が進んでいた。トキがちょろいのが悪い。


「ほ、ほら、ツチノコってちょっと慎ましいじゃないですか……?」


「「うんうん」」「……」


 チベたんはこういう話に耐性がないらしく、ずっと隅っこで体育座り+耳塞ぎの陣形を取っている。


「本人は気にしてるらしいんですけど……私は気にしてないからいいのに……」


「揉んであげたら?」

「好きな人にしてもらうとおっきくなるらしいねぇ?」


 平然と言い放つロバとカグヤ。トキは赤面して顔を逸らす。


((あー……やってるんだぁ……))


「何処でぇ?お風呂ぉ?ベッドぉ?もっと日常的にぃ?」


「お、お風呂です……」


「ツチノコちゃんどんな声出すの?」


「ひゃ!とか、うぅえ!?とか……ですかね?」


 恥ずかしがりながら喋るトキを見て、チベたんはやはりちょろいと感じる。黙秘すればいいものを、ペラペラと全部話してしまう。かえってツチノコが可哀想だ。


「おっきくなった?」


「日常的に見てるとあんまり感じませんね……」


「日常的に、ねぇ」


 そんな会話が続く中で、チベたんがゆっくり立ち上がる。


「でも、やっぱりそういうのって『好き』同士だからできることだなって思うと……」


 恋する歌姫トキちゃんの独白に皆が気恥ずかしくなる。その中で、チベたんが一言。


「……素敵……」


 二言。


「……散歩……してくる……」



 続く!

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