第44話 もしも話の日

 トキとツチノコの夜のスケジュールというのは。


 ご飯を食べる。

 ソファでくつろぐ。

 お風呂に入る。

 明日の準備をする。

 就寝。


 というのが、いつもの流れである。


 本日も日が暮れてからの時間をいつも通りに過ごし、二人でベッドに潜り込んだ。ただ、その後がとは少し違った。大抵は、ベッドに入ってすぐに「おやすみ」という言葉を交わしてしまう。その後は何も話さずに、お互いの体温に幸せを感じながら寝につく。だが、今日はトキが別の話を始めたのだ。


「ツチノコは、のことって考えたりしますか?」


 ツチノコはその言葉の意味をすっと飲み込めなかった。


「……と、いうと?」


「もし、洞窟に住んでたのが私で、家に入れてくれたのがツチノコだったら、とか」


「ああ、なるほど」


 つまりは妄想だ。小説や漫画でのifストーリーのようなものから、学園パロやなにやらまでも含めた話である。


「んーあんまり考えたことないな」


「そうですか……急にごめんなさい」


「全然大丈夫だけど……どうかしたのか?」


「この間夢で見たんです、ちょっとお話してもいいですか?」


「どうぞ?」


 ツチノコがそう返すと、トキの腕がツチノコの腕を抱きしめる力がきゅっと強くなった。そして、トキが小さな声で話し始める。


 その一言目は、


「もしも、ツチノコがいない世界だったら……って」






























 ごめんなさい。ツチノコがそう言われてもいい気持ちしませんよね……。


 えっと、その……夢の中で目覚めた時には、この部屋の、このベッドに私しかいないんです。今みたいに、ちゃんとツチノコの腕を抱きしめて寝たのに、ツチノコが、忽然と消えちゃうんです。


 でもなんかそれが当たり前で、いつも通りな気がして。


 顔を洗いに洗面所に行ったんですが、歯ブラシも、バスタオルも、畳んだ下着も私の分しかないんです。


 朝ごはんをつくっても、お茶碗もお皿もコップもお箸も私の分だけ。テーブルの椅子はふたつあるんですが、座るのは私だけ。並べるお皿も私の前だけ。


「いただきます」って一人で言って、もくもくと食べて、「ごちそうさま」も一人なんです。ツチノコが「おいしい」って言ってくれないんです。


 お仕事もちゃんとしてました。

 だから、お外に出たんですが、玄関に下駄は置いてなくて……


 事務所に行っても、私一人なのが当たり前で、ロバさんもライオンさんも普通に出迎えてくれて、出欠のホワイトボードにツチノコの欄はなくて……


 でも私、ちゃんとツチノコのこと覚えてるんです。

 ツチノコのこと大好きで、綺麗な顔も、青緑の目も、フードの柄も、尻尾も、声も、何が好きなのかも全部全部覚えてるんです。

 ロバ先輩に、「ツチノコってどうしたか知りませんか?」って訊いたんですよ。


 ごめんなさい、こんなのツチノコ嫌ですよね。でも、話さないとなんかモヤモヤして……いいですか?ごめんなさい。


 それで、ロバ先輩不思議そうな顔で「そんな子はいないよ?」って言ったんです。それがすっごく寂しくて、悲しくて、でも「そうそう、ツチノコなんていないよね」ってどこか思っちゃって、それがまた辛くて……


 パトロールも一人でして、終わった帰り道にナウさんの家に寄ったんです。もちろんツチノコのこと訊いたんですけど、「トキちゃん大丈夫?」って言われちゃって……


 夢なので詳しいことは覚えてないんですが、図書館にも行って、教授にも准教授も知らないって言ってて……

「ほら!私が大好きだった女の子ですよ!」って言っても、「我々がそんな美味しい百合を忘れるはずがないのです」「である」って……


 ツチノコがいなかったら知り合えてないはずのフェネックにも訊きました。私たちは現実と同じように知り合いで、でもやっぱりツチノコは知らなくて……


 ツチノコの洞窟にも行きました。そしたら、二胡が汚れたまんま落ちてて、ツチノコが生活に使ってた場所もガラクタが転がってるだけで……


 探しても探しても、この世の中にツチノコが居た証拠がないんです。

 私が愛してるツチノコがどうしても居ないんです。


 ……これは話さないでおこうと思ったんですが、聞いて貰えますか?


 夢の中で、何日も何日もそんな生活をして……した気がして?そんな何日も過ごした記憶はないんですが、何となく日々を過ごした感じがあって。


 私、耐えられなくなっちゃって。


 ツチノコとおしゃべりしたくて、ツチノコを触りたくて、キスとかしてほしくて……


 紛らわすのに、『一人で』とかもした記憶がうっすらあるんです。夢なのに記憶っていうのも変ですが。でもツチノコがしてくれないと全然気は楽にならなくて、むしろ辛くなって……


 それで、「もうダメだ」ってなって、ホームセンターでロープを買って、輪っかにして天井から吊るして、自分で羽使って浮かないように羽を縛り付けて、ツチノコのこと考えながら頭をのせて、台を蹴って……






 それで目が覚めました。全身汗びっしょりで、知らないうちにすごい泣いてて、でも、隣にツチノコがいて……


 え?ああ、そうですあの日です。確か、泣き跡がすごいって朝になってから心配してくれたんですよね。


 ……ツチノコ。


 私、ツチノコがいないとダメですね。


 気持ち悪いですよね。

「あなたがいないと私は自殺します」なんて。


 ねえツチノコ、愛してます。ずっとずーっと大好きです。


 ごめんなさい、こんな話の後で言われても嫌かもしれませんが……


 これからも、ツチノコの隣にいていいですか?





















 トキがそう言った時には、彼女は涙声だった。ツチノコはトキが掴まっている側の腕の袖が濡れていくのを感じていた。


「トキ、私もトキがいないと死んじゃうかも」


「はい……」


「だからさ、ずっと一緒にいようっていつも言ってるじゃん」


「……絶対ですよ?」


「絶対だよ」


 トキがツチノコの袖に埋めていた顔を離して、ツチノコの顔を見上げる。目が合って、なんだか嬉しくなる。


「ふふ、結婚式みたいだな」


「えへへ……誓いますか?」


「はい、誓います。トキは?」


「はい、誓います」


 なんだかおかしくなって、少し恥ずかしくて、二人で小さく笑う。トキは未だに涙目だったが、顔はしっかり笑っていた。


「ほらトキ、もう少し顔近づけて」


「誓いのキスですか?」


「当たり前だろ」


 トキがベッドの上でもぞもぞ動き、ツチノコと目の位置を合わせる。


「ずーっと一緒な」


「もちろんです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます