第10話 家庭訪問の日
新居に引っ越して、早一週間半ほど。
二人は新しい住処、生活にも慣れて様々な発見をしてきた。と、言っても、最寄りのコンビニはここだとかここから近いスーパーの特売日は何時だとかそんな発見だが。
そんなある日、トキはカレンダーとにらめっこをしていた。
「むぅ・・・忙しくなりますね」
十二月のカレンダー、今日の日付の後からは様々な字が書き込まれている。
「年末でパトロールも多いですし・・・」
「忘年会、クリスマスパーティ、その後クリスマスライブ警備、あっという間に年末・・・だな」
いつの間にか現れたツチノコがトキの言葉に繋げる。忙しいと言っても、楽しいイベントなんかも多いので苦痛なことはないのだ。
一つずつ解説しよう。
忘年会。パトロールの方でのイベント。クリスマス近くはメンバーの予定が合わず、トキとツチノコのパトロール一周年の時期でもあるため、今年はクリスマスパーティではなくトキノコ一周年記念 兼 忘年会を行うことになったのだ。
クリスマスパーティ。アライグマ&フェネック主催。どう連絡方法を見つけたのかはわからないが、彼女ら電話がかかってきて誘われた。予定としてはトキノコと二人で四人、主催の家で行うらしい。
クリスマスライブ警備。昨年と同様の警備である。しかし、前回はここで事件があった。トキとロバの拉致、強姦未遂事件。この仕事を引き受ける時に、パトロールのリーダーであるライオンはトキとツチノコにこう聞いた。
「去年のこともある、二人が行きたくないなら無理にとは言わない。もちろん給料はその分出ないし、俺たちとしては人手は欲しい。でも・・・」
実際の被害者であるトキと、その親友で恋人のツチノコ。重かれ軽かれ、彼女らがトラウマを負っているのは周知の事実だった。しかし・・・
「私は平気ですよ!」
トキは元気にそう返事した。ライオンもツチノコも驚きを隠せなかったが、トキの全然気にしていない様子に安心した。
「トキがそう言うなら、私も」
事件当時、恋人同士ではなかったツチノコだが、彼女が負った傷は大きかった。親友とはぐれ、事件に・・・と、なると罪悪感も感じてしまっていた。しかし、当のトキが気にしていないのに自分がうじうじしている訳にはいかない。そう思っての返事だった。
・・・と、こんな感じである。
「しばらく夜更かしできないな?」
「もう、ツチノコったら♡」
そんなやり取りをしている二人。またカレンダーに向き直り、今日の欄を見る。そこにもちょっとした文字が。
『奈羽さん訪問日!』
今日は、ナウが担当飼育員としての定期訪問に来る日。もっとも、つい最近旧トキ宅の鍵を返すために会ったばかりだったが。
「そろそろ来ますかね?」
「ナウはこの家初めてだもんな、どうなるやら」
そんな話をしながら、インターホンが鳴るのを待った。
「お邪魔しまーす」
「「どうぞどうぞ~」」
そういうわけでナウ来宅。
「おいしょっと」
ドスン、と音を立ててナウの大掛かりな荷物が床に下ろされる。トキもツチノコもそれに興味津々、何かとナウに尋ねた。
「これはねー、引越し祝い的な?もし二人が良ければ、晩御飯までご一緒したいなーなんて」
ナウは冷蔵庫を勝手に開けて、「あら綺麗」なんて言いながらパックの肉を中に入れていく。トキ達は困惑しながらもその様子を見守りつつ、返事をする。
「もちろん、大丈夫ですよ?」
「夕飯ってなると、あと四、五時間くらいか」
時計は午後二時を指していた。ツチノコの言う通り、夕飯までは随分時間が空いているのだ。
「担当として・・・というわけではないんだけど、気になるからお家案内してもらっていい?」
「「もちろん」です!」
一階、リビング。道路側の大窓と、そこから溢れる光を挟むようにソファとテレビ。ソファにはローテーブルも添えてある。そこから奥まったところに、ダイニングテーブルとチェア。夕飯などはここで。
さらに、テーブルよりも奥にはキッチン。トキが綺麗に整頓している。
二階、寝室。まだ、いつも通りのシングルベッドが置いてあるだけである。
二階、洋間。スツールが二つと、踏み台。ツチノコの二胡がチンパンジー手製ツチノコ柄ケースに収められて床に置いてある。
一階、その他脱衣所や風呂場、トイレ。二階、その他ウォークインクローゼットやベランダ。特別語ることはなし。
「うーん、実際に見てもやっぱりいいお家だね。なんでこんなにお家賃いいんだろうね?」
家を一通り回ったナウがポロッと漏らした言葉に、トキとツチノコが強く反応する。
「そう、そこなんですよナウさん!」
「別に不便はないんけどな?安さの理由は分かった」
「・・・?」
まだ真新しい家、そこそこの立地、子持ちの夫婦でも問題なさそうな広さ。だけど値段はそんなに高くない。ジャパリパークの貴重な土地を使った、こんなに良い物件はもっと値を上げても充分客が出来そうなものなのだ。
なら、何故お安めの価格?
ちなみに、決して値段が安いわけではないのだ。しかし、コスパの面で見ればとてもお安い。
「・・・幽霊が出る、とか?」
「違います」
「事故物件ではないでしょ?うーん、なんだろ」
ナウは考えてみたが、安さの理由が見当たらない。普通にいい物件である。
「じゃあ、答え合わせしますか」「だな」
読者諸君、この話の最初の文を覚えているだろうか?『様々な発見をしてきた』という文だ。この安さの秘密を見つけたのもその一つ、気がついた時には二人で驚いたものだ。
「まず寝室。このライトのリモコンをいじると・・・」
ツチノコがトキの言葉にあわせ、素早くコマンドを打つ。初日の夜に見つけたアレだ。
「この、ピンクの照明になります」
「え、ええ!?なんかエッチぃね・・・でも、これだけ?」
ナウの言葉に、二人で首を左右に振る。そのまま廊下に出て、次はウォークインクローゼット。
「ここの、ハンガーを掛ける棒を見てください」
「普通の棒じゃない?」
「これのこの辺に・・・」
トキが、まだ何も掛かってない棒を握ってその手を左右にスライドさせる。途中で止まって、「あったあった」と声を上げた。
「ナウさん、ここにスイッチがあるんです。押してみてください?」
「ええ~?」
ナウがトキの指したところに手を当てると、棒の裏に隠れて小さなスイッチが設置してあった。ポチ、と押すと・・・
「え、えぇぇーーー!?!?」
天井がパカッと開き、鉄梯子が降りてくる。登ると、天井が低いながらもそこそこ快適な空間が用意されていた。ライト付きだが、まだ何も置いてない。
「間取り図に屋根裏部屋なんてあったっけ・・・?」
「多分そこなんですよ、一階に行きましょう」
そう言って、トキとナウはクローゼットを出る。ツチノコはいつの間にか居なくなっていた。
「さて、ツチノコには先に一階に居てもらいました。ナウさん、呼んでみてください?」
トキがそう言ったのは一階の廊下。まだ何かあるのかとナウが若干の恐怖感を抱きつつ、息を吸い込む。
「ツチノコちゃーん!」
「はーい、今行く」
ナウが呼ぶと、返事が返ってくる。今行く、と言った彼女がどこから出てくるかとナウは廊下を見ていると・・・
ぐるん。
「はいはい、ただいま」
ツチノコがにこやかに登場したのは、キッチン脇であるはずの壁から。正確には、壁が一部回転してそこから回転ドアのようにして出てきたのだ。忍者屋敷のようである。
「どうです?ナウさん」
流石に、ナウもこれには言葉を失った。まさかこんな家だったとは、という感じである。
「多分、大家さんが遊び心で作ったのを不動産屋さんに伝えてなかったのかと・・・」
この家の安さは、恐らくこの不思議ギミックによるものだとトキとツチノコは考えた。逆にお金がかかっていそうなものだが、それぐらいしか理由が浮かばなかった。
「まぁ、慣れると廊下からキッチンまで行き来が楽でいいけどな」
ツチノコはそう言いながらくるくると行ったり来たりして見せる。ナウも通ってみたが、多少力強く押さないと動かないようで普通の壁としては特に問題なし。回した後はきっちり収まる仕様だ。
「面白いねー・・・」
「だよな、私この家もっと好きになった」
「私もです」
そんなお家案内だった。しかし、このギミック達は知らされてなかったものである。つまり、これで全ての可能性もあるし、そうじゃない可能性も・・・ということである。
「そろそろ、お腹減ったね」
日も沈み、辺りが暗くなった頃にナウが発する。洋間で、二胡と歌のレッスンをしている途中のことだった。
「ご飯にしますか?」
「私も減ったな」
「そうだね、食べよっか」
リビングに集まり、ナウが持ってきた荷物からダンボール箱を取り出す。
「それ、なんですか?」
「ふっふっふ、これこそ引越し祝いのブツだよ」
少し物騒な感じの言い方でナウがトキとツチノコにプレゼントしたのは、ホットプレート。たこ焼き器やグリル鍋にもなる、便利なやつだ。
「わあ!ありがとうございます!」
「すごいな、ありがとうナウ」
「どーもどーも、そして僕は食材も買ってきたのだよ」
ナウは、来た時に冷蔵庫に詰めていた肉や、ビニール袋の野菜を取り出す。
「今日みたいな寒い日は、鍋にしようぜ!二人とも!」
「「おおー!」」
トキノコ with ナウの、鍋パの始まりである。
「ごめんねー、僕提案なのに手伝わせちゃって」
「いいんですよ、お料理楽しいですし」
ナウとトキで野菜を刻み、ツチノコはお鍋の番。ナウ秘伝のお出汁とやらを作るため、火の加減を見ながら調味料を投入している。
さくさくさくさく・・・
手際の良い、包丁の音。トキはナウとの二人暮らし時代、ナウは今の一人暮らしで磨かれたスキルだ。
「ツチノコちゃんとは、順調?」
「もちろんです!仲良しですよ」
「夜も?」
「・・・夜も!」
「あはは、いいねぇ?羨ましいよ」
「ナウさんはどうなんですか?」
「僕は・・・そうね、いつかは相手を見つけるよ」
笑いながら、ナウは栗色のポニーテールを揺らす。少し男を意識している証拠である。
「でも、ナウさんモテそうな感じですけどね?」
「なんでだろうね~?こんなにいい女ほっとくなんて、みんなどうかしてるよ」
「ふふふ、元気そうでなによりです」
さくさくさくさく・・・
「なんだか懐かしいね」
「最初の頃は、こうして一緒にお料理しましたね?」
「ごめんね、その後は任せっきりにしちゃって」
「いいんですよ、そのおかげでツチノコに美味しいご飯を作れます」
「・・・大人になったね」
「・・・えへへ、なりました」
さくっ。具材の野菜を切り終える。
「さて、ツチノコちゃん一人もアレだし僕たちも向こうに行こっか」
「はい!」
その後は、みんなで楽しく鍋を囲みハフハフ言いながら身も心も温めた。途中、トキが汁を思いっきり服にこぼすという事件があったが、特に問題なく鍋を続行した。そのせいで、トキは今下着の上に毛布を巻くというツチノコ悩殺コスである。
「ごめんねー、長居しちゃって。また今度ね」
「全然全然!ナウさんも気をつけてくださいね?変な人に襲われないように!」
「あはは!僕は大丈夫だよ、気にしないで!」
「ひょっとして、良いお年を・・・か?次会う時は開けまして?」
「ううん、あと一回は会えるよ?じゃ、また!」
そう言って、ナウは扉を開ける。トキとツチノコに見送られながら、手を振りつつ扉の影へ・・・
「次会う時は、ステージの上から、ね」
バタン。
「・・・悔しいですね」
「ほ、ほら!トキもこの間ステージ登ってたろ?秋の音楽会!」
「・・・それとこれとじゃ規模が違いますよ!大体あの時は・・・」
ワイワイ、ガヤガヤ。
本日も平常運行、これが日常です。
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