第9話 チョッピリえっちな一日
二人が眠る部屋には、柔らかい白色の光が差し込んでいた。
今までは桃色のカーテンを透かしていたが、今優しい生成色に、緑の葉っぱの模様が付けられたカーテンに光が当てられている。それを透かして、暗い色のフローリングに葉の影をつくっている。
二人が眠る、としたが正確には一人。眠っているのはツチノコ一人である。
「ツチノコ?今日から朝ごはんも作るのに、これだと私行けませんよ?」
布団から頭だけを出し、寝ているツチノコに話しかけるのはトキ。
彼女の言葉の通り、今日からの生活に無料支給のジャパまんなんてない。これからはトキの手料理が毎日食卓に並べられるのだ。そのためには当然、トキが料理をする時間が必要である。
「ツーチーノーコー?」
そろそろ、朝食の支度をしなくてはいけない時間。トキはベッドから降りれずにいた。
「もう、ツチノコったら・・・」
自分の背中でがっちりとホールドしている両手、さらに自分の揃えた両脚に螺旋状に巻き付く尻尾。顔だってとても近い、少し前のめりになるだけでお互いの唇が接触してしまうくらいだ。
「ツチノコ、起きてください?私動けませんよ」
動けないくらい密着している状況は嬉しくもあるのだが、トキはツチノコに美味しい朝ごはんを作るほうを優先したかったのだ。しかし、彼女は起きる気配もなくトキを抱き続ける。
「うーん、どうしたら起きてもらえますかね?」
手を伸ばして、脚に巻きついた尻尾を撫でてみる。これで起きるとも思わないが、ものは試しということだ。
「ん・・・んんっ・・・」
ツチノコの口から小さく声が漏れる。意外に効いているようなので、トキは撫でる手を二つに増やして両手で尻尾に触れた。
「だ・・・め・・・トキ」
どうやら目が覚めたようだ。しかし、まだツチノコは目を開けない。トキはしぶとくさすり続ける。
「わかった、起きるから・・・やめて」
そういう彼女はまだ寝る体勢だ。体を起こすまでトキはやめない。
「あん・・・だめだって・・・」
トキがここを刺激したのには理由があった。ツチノコはココを触られるのが好きなのだ。特に夜、ベッドの上。
耐えられなくなったのか、ツチノコが目を開ける。
「おはようございます、ツチノコ」
トキがにっこりと笑う。対して、ツチノコは無言。不機嫌そうな表情だ。
「そ、そんなに嫌でしたか?でも・・・んっ」
トキの言葉はそこでプツリと切れる。代わりに、静かな朝の寝室に色っぽい吐息と水音が交じる。ツチノコが、トキの話す途中でキスをしたのだ。それも、深いやつを。
口を離して、その端から透明の糸を引いた彼女が呟く。
「・・・仕返し」
「あ、朝からすることないじゃないですか・・・?」
「こっちのセリフだからな、トキ」
夜のそれを試合とするなら、手合わせとも呼べよう軽い行為の末に二人はベッドから降りる。改めて挨拶を交わしたあとに、二人はリビングへ降りていった。
「朝ごはんは何を作ってるんだ?」
「トーストと、スクランブルエッグでも・・・ごめんなさい、シンプルな感じになっちゃって」
「いや、全然大丈夫だよ。トキの料理が楽しみで仕方なくてな」
「えへへ、嬉しいですね」
トキはエプロンを揺らしながらキッチンを行き来する。昔、ナウ宅で使っていたエプロンをとっていたそうで、ダンボールに詰めて持ってきたのだ。
さっきのコトのせいで、エプロンからツチノコが
(・・・いつかやってくれないかな)
そんな妄想をしながら、ツチノコは朝食を待った。
「はい!スクランブルエッグとピザトーストです!」
「おお?ピザ・・・とも違うな?」
「ええ、私はピザトースト好きですけど・・・ツチノコのお口にも合いますかね?」
「トキが作ったんだからあたりまえだろ」
「もう、上手なんだから・・・じゃあ、いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせ、食材に感謝する。それから料理を美味しく食べ、食休みにとまた二人でソファに座った。
「・・・なぁトキ」
「なんですか?」
「朝からヘンな気分なんだけど」
ツチノコは平然と言い放つ。トキは少し顔を赤くして、ボソボソと話し始める。
「・・・ツチノコが悪いんですよ」
「いや、最初にしたのはトキだろ?私が尻尾気持ちいいの知ってるくせに」
「う・・・ごめんなさい」
この場合、悪いのはトキである。トキも正直そんな気分になっていた、そうさせたのはツチノコなのでついツチノコのせいにしたくなるが大元はトキが悪いのだ。
「私、風呂炊き直して入るよ。トキは?」
「じゅ、順番にしときます」
「昨日は寂しいって私のこと誘ったのに?」
「今入ったらツチノコに悪戯されそうで・・・」
トキはそう顔を赤らめながら、リビングにあるパネルの「追い炊き」と書かれたボタンを押す。
「大丈夫、しないから」
「本当ですか?なら・・・」
「うん、ヘンな気分は一人で済ませるから大丈夫」
「そうですか・・・ん!?待ってくださいどういうことですか!?」
「だから、部屋汚さないように風呂で、トキの横で・・・」
「冗談よしてくださいよぉ!」
一人でそそくさと脱衣所に向かうツチノコを、わたわたとトキは追いかけて入った。
浴室にて、体の洗いっこ(深い意味は無い)を済ませてから二人は追い炊きしたお湯の張った浴槽に体を沈めた。
「あー、朝から湯船もいいですね?」
「うん、あったまるな」
ツチノコの話も冗談だったようで、トキに見せるようにおっぱじめるなんてことはなく悪戯もしないで普通に風呂を満喫していた。
「今日はパトロール夕方からかー、なんでまた・・・?」
「日が落ちるのも早くなってきましたしね、そういう関係じゃないですか?」
「そうかもな?」
そこで一旦会話が途切れる。二人で横に並んで湯船に座っている状態で、ゆったりとお湯を楽しむ。
「そうだ、トキ?」
「なんですか?」
「少し姿勢変えないか?」
「? はい、いいですよ?」
ツチノコの唐突な提案に、トキは断る理由もなく賛成する。すると、ツチノコは体を湯船の長い方向を向くようにして脚を伸ばし始めた。
「ほら、トキ。ここ」
ツチノコが脚を開いて伸ばす。その股の間の空間をツチノコはにっこりと指さした。
「そ、そこですか?」
トキは少々困惑しながらも、ツチノコに言われたとおりその脚に挟まるように座り、ツチノコと同様に脚を伸ばす。
「ほら、これで二人とも脚伸ばせるだろ?」
「うーん、でもこれじゃ私ツチノコが見えないです」
「ダメか?」
「ダメです」
「少し我慢して」
そう言って、ツチノコは自分の手をトキの頭にかける。その手を彼女の羽の近くに持っていき、その根元を優しく撫でる。
「あら、なんだか久々な気がします」
「最近、あんまり銭湯に行けてなかったからな」
「そうですね、年内にはまたお世話になりましょうね?」
「だな」
話の途中で、ツチノコが両手に力を込める。トキの羽の付け根をゆっくりやさしく揉んでいく。肩もみのようなもので、当のトキはとても気持ちいいらしい。
「はぁ~、ツチノコのマッサージは本当に気持ちいいですぅ~」
「そりゃよかった、こういうのはどうだ?」
「ああ~っ!癒されますぅ・・・」
「あはは、かわいい」
その後もツチノコによる羽マッサージは続き、つい長風呂になってしまった。昼過ぎまでゆっくりできることもあって、二人は焦らずに二人の時間を過ごした。
あっ、マッサージの後にたくさん悪戯されたんです!報告しておきます!
・・・え?どんなことされたかって?お、教えませんよ!?想像もしないでください!絶対ですよ! By トキ
「そういえば・・・」
もうそろそろお昼になるという頃、トキが切り出した。ツチノコが座っているのはスツール、トキが座っているのもスツール。歌を歌ったり、二胡を引いたりした後の休憩中のことだった。
「ツチノコは、その・・・」
ごにょごにょと濁った言葉を発するトキ。顔も少しずつ赤くなっていく。
「えと・・・なんでそんなに、えっちなんですか?」
その言葉に、ツチノコがぴくっと反応する。雷に打たれた、というと大袈裟かもしれないが静電気がバチッとしたような顔になった。
「その、よく私にちょっかい(性的)もしてくるし、言葉でもからかってくるし・・・」
トキがもじもじと話す。ツチノコも驚いてはいるが、その返事もからかうようなものだった。
「トキが好きだから、かな?」
「~っ!でも、昔はもっとシャイだったじゃないですか?その、恋人になる前の頃、とか・・・」
「うーん、でもなぁ・・・」
ツチノコが顎に手を当てて考え込む。最初の答えも真面目なものだったようだ。
トキが言う通り、ツチノコは昔はもっと大人しかった。洞窟から出たばかりで、初対面の人と会う時はトキの後ろに隠れ、合格確実と言っても過言ではない試験に緊張したり。その頃のツチノコからは想像もできないような今のスケベノコ。トキはそれが不思議だったのだ。
「慣れ・・・かな」
「慣れ?」
「うん、慣れ。地上に出て色々あったけど、やっぱりトキと出会ったのはその中でも一番大きな出来事だし、それで私も色々変わったしさ」
ツチノコがスツールを立ち、トキの前で身を屈める。トキと真っ直ぐ目が合う。
「トキと出会って、恋人になって、そんな日々を過ごした中で変わった部分のひとつかな」
そういう彼女の顔は、明るく澄んだものだった。口角が上がっていて、綺麗な目をぱっちりと開けている。
「だから、トキとはそういうことをしたいと思うし、普通にイチャイチャしたいとも思う。そういうこと」
そう言いながら、彼女はトキの前髪を手で捲りあげる。もう片方の手で露出したおでこを撫でて、にししと笑った。
「でも、トキも変わったよな?」
ツチノコの言葉に、トキがガバッと立ち上がる。
「あたりまえです!私だって、ツチノコと出会って色々変わったんですよ?」
「あはは、これからもよろしく」
「もちろんです!よろしくお願いします!」
そう言って、二人で握手しあった。
平常運行、これが日常です。
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