第169話 実は凄い『からくりサーカス』


 『からくりサーカス』は藤田和日郎さんの長編マンガです。名作『うしおととら』の次に描かれた長編ですね。


 この『うしおととら』を知らない人いますでしょうか?

 一応あらすじを簡単に紹介します。


 中学生の少年蒼月潮の家はお寺。ある日蔵の地下室に入ってしまった潮は、そこで槍に縫い留められた妖怪を見つけます。その妖怪にだまされて槍を抜いてしまうと、そいつは潮を喰い殺そうと襲い掛かります。が、潮が抜いた槍は「獣の槍」という妖怪討伐の不思議な槍だったのです。

 かくして、「とら」と名付けられて潮にとりついた妖怪と、不思議な槍の力により退魔の力を得た少年潮は、なぜか力をあわせて妖怪退治をすることになるのです。



 とまあ、冒頭はこんな感じです。というかこれ、一話のあらすじです。スタート段階でもう物語の足場がきっちり固まっていますね。

 で、こののち物語はすげー展開や、あっと驚く登場人物たち、潮の出生の秘密とか彼に与えられた運命とか、とらの過去何千年にもおよぶ因縁とかが渦巻いて、最終的に物語は完結するのですが、今回お話ししたいのは、この『うしおととら』ではなく、そのつぎの長編『からくりサーカス』なんです。


 『うしおととら』では、物語が物語を呼び、それらが渦を巻いて勢いを増し、物語のクライマックスに向けて加速していく様が凄まじかった名作です。



 いっぽう、そのつぎに連載された『からくりサーカス』は、当初人気投票の最下位を独走していたとかいないとか。ただし単行本は売れているので、打ち切りにはならなかったとかなんとか。


 話はこうです。

 ある日大財閥の遺産を受け継いでしまい、命を狙われることになった少年マサル。

 それを助けたのは、人を笑わせないと死んでしまう奇病「ゾナハ病」にかかった形意拳の拳士鳴海。

 そして、マサルを救う使命を与えられた銀髪の美しいサーカス団員しろがね。彼女は巨大なからくり人形をつかって、殺し屋たちのからくり人形を撃退します。


 と、ここまで書いて、で、「これ、何の話なの?」と思った方、いると思います。

 まさにこれ、「何の話?」なのです。


 前作『うしおととら』が、極めて明確な妖怪退治の話であるのに対し、『からくりサーカス』はなんの話か全然分かりません。

 おそらく作者の藤田和日郎さんは、「サーカス」「からくり人形」「形意拳」と、自分の中で面白そうな要素を入れておいて、あとで物語の方はなんとかなるだろうと見切り発車をしたのだと思います。


 これ、ぼくにも経験があります。


 むかし、すごくよく出来た小説が書けたことがあります。そのときぼくは感じました。物語なんて、どうとでも作れる! だって、勝手にキャラクターたちが作ってくれるんだから!と。



 しかし、これ、誤解なんです。錯覚といってもいい。物語は最初のセットアップが大事で、これが出来ていないと、どうにも生まれてこないものなのです。



 そんなときに、作り手はどうするか? だいたい設定をいじります。

 物語はプロットとキャラクターと設定から出来ているのは間違いないですが、面白い物語はその下の土台からして面白い。その土台のない状態で、どんなに魅力的なキャラクターを動かそうとしても、面白いストーリーは生まれません。


 『からくりサーカス』もそうだったのだと思います。物語の基礎がない。面白そうなキャラクターや設定を配置すれば、物語が生まれると作者の藤田さんは考えたのでしょうが、そうはならなかった。

 いえ、これはもちろんぼくの勝手な想像なのですがね……。



 だが、凄いのはここからです。

 作者の藤田さんはそれでも連載を続け、諦めることなく物語をひねり出します。その過程で、つぎつぎと、あとづけではあるけれど設定や物語、過去のエピソードを刻みつけ、当初は存在しなかったはずの悪の黒幕やら、本当の敵やらを生み出し、最終的にこの『からくりサーカス』をきちんと完結させます。


 正直、あれは全巻読破して、「ほんとに凄い!」と思いました。


 ふつうはああなる前に、あきらめて物語を投げ出すと思うんです。でも、藤田さんはあきらめなかった。そればかりか、きちんと完結までもっていっているのです。あのスピリットはもの凄いと思います。

 いえ、これもぼくの勝手な想像なんですが……。




 通常、物語の初期段階で失敗した場合、だいたいの人は設定を継ぎ足し継ぎ足しして、いろんなルールをつくり、それによってキャラクターを動かそうとします。結果として、話がSFになったり、怪物が出現してバトルものになったりします。SFも怪物も、便利な道具ですからね。




 ぼくはずいぶん昔に「日本刀で斬り合う物語」を書こうと思い付きました。以前に書いた、『刀剣オカルトMØDE』のもとのアイディアですね。

 当初は『オカルト・モード』という題名でした。


 「日本刀で斬り合う物語」。そういうの世の中にたくさんあると思います。


 が、時代劇ならまだしも、現代劇でそれをやろうとすると、「そもそもなんで日本刀で斬り合うの?」という問題が生じます。



 それをクリアするために、ぼくはあれこれ複雑な設定を積み重ねました。妖怪を出したり、SFにしたり、人類の滅亡がかかったり……。


 そして、そうなってしまうと、結局その物語は訳の分からない「設定お化け」になり、命を失います。無理に書き出したとしても、そこから完結までもっていくのは不可能に近い。それができた作品は、ぼくは『からくりサーカス』しか知りません。


 『からくりサーカス』はその点、本当に凄い。

 でも、だからといって『からくりサーカス』が『うしおととら』より高く評価されているかという、それも絶対にありません。



 長編小説を書く場合、まずそれがどんな物語か一行で言い表せないと厳しいです。

 ただし、『うしおととら』のように、「妖怪退治」から、一話のあらすじ、もしくは物語の基幹設定までが難しい。遠く隔たっていると思います。


 この物語の土台ができるか否かが、面白い物語を書けるかどうかのネック、まさにええ、ネックなんですが、本当に難しいですね。



 結構やっちまうのが、前述の、面白くない基幹の物語をなんとか面白くしようと「設定」を増やすパターン。そうなると、無理な設定がさらなる設定を呼び、設定の楼閣となってしまう。

 でも、キャラクターもストーリーも、その正体は設定なのだから、ここは本当に難しい。


 いま、新しい物語を作ろうとして、ここの部分で苦しんでます。もう、思いつくしか方法がないですもんね!





 ある「妖怪退治」のマンガ。第一話のネームで編集さんと作者さんの間でこんなやりとりがあったそうです。


 当初、そのマンガの主人公は、盲目、隻腕で、両脚とも義足だったそうです。


編集「もっと、ふつうなキャラって他にいないですかね」


作者「ああ、じゃあ、家族全員惨殺されて、妹が鬼にされてしまった炭焼きの少年がいて、彼は妹を人間に戻す方法をさがして……」


編集「それ、めちゃくちゃ主人公じゃないですか!」




 名作誕生の瞬間である。


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