第160話 名セリフの研究


「あなたはまるで抜き身のようですね。ぎらぎらと光って、よく斬れる。でもね。本当に良い刀は、きちんと鞘に収まっているものですよ」(映画『椿三十郎』より)



 映画には名セリフが多いですね。中には、ほんとうに心を打つような素晴らしいセリフもあります。ぼくも自分の書いた小説で名セリフを入れたいものだ……とはあまり思ってないですね。書くのに必死で、セリフまで手が回っていないのが現状です。


 そこで、今回はちょっと、名セリフについて考えてみようかな、思ってます。

 誤解がないように、最初に言っておきますが、名セリフの書き方をぼくが解説します、ということではありません。名セリフってどんなもんなのだろう?と、ぼくがあれこれ考えるだけです。

 こうすれば、名セリフが書けるよ、なーんて話ではないので、あまり期待しないでください。



 まず、最初にちらりと紹介した映画『椿三十郎』のセリフ。

 これは、助け出した奥方様(おばあさん)が、助けてくれた三十郎に対しての駄目だしです。が、おばあさんの雰囲気がなんとも良いので、ほんわかと楽しめる場面になっています。ちょっと困った顔で素直に聞いている三十郎もユーモラスです。


 また、このセリフの奥には、日本刀に関した、こんな言い伝えが根幹にあると思います。


「妖刀村正を流れる川に突き立てると、村正は、流れてきた木の葉を吸い付けて斬る。しかし、名刀正宗を川に突き立てると、流れてきた木の葉は、その刃をさけて流れていく」


 これは、単に刀剣に関して語った言い伝えではないですね。

 神武不殺をもっぱらとする日本武術の精髄。ひいては古来の侍のものの考え方を端的に表した例え話なのだと思います。真の名刀とは、いたずらに人の命を奪わないものだ。むやみにその力を振るわないものだという考え方です。



 セリフは時として、人の心を打つ名場面を演出したりもしますが、それ単体で人が生きるために必要な金言ともいえる価値をもつことすらあります。

 ぼくもそういう名セリフ書いてみたいです。いえ、頑張って書かなきゃ、ですね。


 この、『椿三十郎』のセリフは、プロット上でも心に響くセリフですが、ひとつの言葉としても、名セリフたり得ます。理想的な名セリフとは、こういうものを言うのだと思います。





 つぎは、別のパターンです。『仮面ライダー電王』からです。


 つぎに紹介するのは平成仮面ライダー・シリーズ屈指の名作『仮面ライダー電王』の名セリフなんですが、こちらは上記の名セリフと、ある意味対極にあります。


 名セリフはそれ単体で素晴らしい文章であることも多いのですが、ここで紹介する『電王』の名セリフは前後のストーリーが分からないと全くもってつまらないセリフです。といういうか、え?これ名セリフなの?というレベルです。

 そしてたぶん、前後のストーリーを説明しても、本編を観ていない人は「は?」となるセリフです。


 が、ぼくはこのセリフ、思い出しただけでも泣けます。ほんと、何の変哲もない一言です。が、真の名セリフは物語の中にあるということを示すものとして、ここで紹介します。



 まず、『仮面ライダー電王』の電は、電車の電です。電車の王様という意味なんです。

「は? 仮面ライダーなのに電車?」

 という疑問は、とりあえずスルーしてください。そういうものだ!と受け入れてください。



 物語は、こうです。

 時の列車「電ライナー」は、時間旅行ができます。みずから線路を生成し、空も飛べます。空中に線路を作れるんですね。空も飛べるし、時間移動もできる。どこにでも行ける列車です。

 そして、『仮面ライダー 電王』は時間移動が重要な要素をもつ物語でした。


 そして、その電王に変身するのは野上良太郎。仮面ライダー史上、「最弱」といわれた主人公です。性格はおとなしく、運動神経ゼロ、運も悪い。もう初登場時から自転車で転んだり、不良に絡まれて財布を奪われたりしています。

 ただ、彼は「特異点」といわれる特別な存在で、「電王」に変身することができるのです。



 そして、敵はイマジンと呼ばれる、はるか未来から襲来する実体のない怪人です。彼らは人間に憑りつき、実体化し、悪事を働き、その人間の記憶をたどって過去に飛び、その時空間を破壊します。破壊された過去は、すぐに現代に影響をおよぼし、世界はたちまちのうちに崩壊を開始します。

 それを防ぐのが、時の列車「電ライナー」で駆けつける、仮面ライダー電王なのです。



 ただし、電王に変身できる野上良太郎はめちゃくちゃ弱っちいです。彼が戦うためには、良太郎自身に憑りついたイマジンの力が必要になります。

 良太郎に憑りついたイマジンは、彼の身体を乗っ取り、好き勝手なことをやりまくるんですが、戦うときは彼らの力を使わないとならない。ただ……。


 良太郎の人の良さもあるのですが、虚弱体質の彼に、なんと都合五体ものイマジンが憑りついてしまいます。

 乱暴者のモモタロス、口の上手い女好きのウラタロス、筋肉バカのキンタロス、お子ちゃまでわがまま放題のリュウタロス、王子様脳のジーク。

 このイマジンたちは、好き勝手なことばかりするし、お互い喧嘩ばかりしています。勝手に出てきて、良太郎の身体をつかって悪さしたりナンパしたり、イタズラしたり。



 今回紹介する名セリフは、第46話「今明かす愛と理(ことわり)」からです。


 詳細に解説すると、盛大なネタバレになるので、セリフをすこし変えて紹介します。


 物語はもう終盤。なぜ電王が存在するのか? それは未来を守るために、失われた過去の時間において、ある人が仕組んだ最後の希望だったのです。そして、その希望を託した人が、良太郎の前に姿を現します。その人は、未来の世界(すなわち現在)で、まさか良太郎が電王となって戦うことになるとは微塵も思っていませんでした。


「良太郎が戦うことになるなんて、思ってもみなかった。たくさん辛い思いさせてると思うけど、平気かい?」



 それに対する良太郎のセリフがこちら。


「仲間がいるんだ」




 たぶん、このセリフ。ぼくは思い出すだけでうるっとくるんですが、それは第1話から第46話まで観た経緯があるからだと思います。

 なので、ぼくがナンバーワンだと思う名セリフについては、これ以上解説はしないで、紹介だけにとどめます。さすがに解説のしようがないですね。


 ただ、本当の名セリフというものは、それが単純でつまらないひとことであっても、物語の経緯やその流れから人の心に突き刺さるものだと思います。

 特殊な例ではありますが、この例外的な名セリフを紹介させてもらいました。




 次は映画『眼下の敵』から。


 こちらは古い映画ですので、視聴困難という理由でネタバレ解説します。もうひとつ、ネタバレにする理由があります。

 じつは、DVDには吹替がありません。字幕があるのみです。そして、その字幕のセリフは、まったくもってダメダメなのです。なので、ここでぼくが紹介する『眼下の敵』の名セリフは、かつてテレビ放映されたときの、吹き替え版のものを、記憶だけをたよりに掘り起こしたものです。

 よって、間違いや勘違いがあるかもしれません。そこはご了承ください。



 映画『眼下の敵』は海戦映画の白眉です。

 海戦というと、ミッドウェーとか真珠湾攻撃とかの大規模戦闘を想像すると思いますが、海戦映画の名作と謳われた本作には、艦隊はでてきません。

 駆逐艦一隻。潜水艦一隻。たったそれだけです。

 映画『眼下の敵』は、大西洋上での、連合軍の駆逐艦と、ドイツ軍のUボートの一騎打ちを描いた作品です。つまり、艦船は、たった二隻しか出てきません。



 ストーリーはこうです。


 ある嵐の夜、連合軍の駆逐艦はUボートらしき反応を捉えます。それを敵と判断した駆逐艦は追撃を開始し、翌朝、晴れた海上で航行しているUボートを捕捉します。


 このとき駆逐艦の艦長は、ベテランですが新任です。部下たちはまだ艦長がどんな人物か知りません。信用されていないのです。



 一方、Uボートは、艦橋を海面に出して航海していましたが、駆逐艦の接近に気づき、急速潜航に入ります。こちらの艦長もベテランで、着任してからの期間が長く、部下からの信頼が厚いです。

 すばやく指示を出し、手際よく海中に艦を沈め、潜望鏡から敵影を観察し情報伝達。部下たちは手際よくリストから敵駆逐艦の特徴を照らし合わせ、敵の性能と武装を明らかにしてゆきます。





 そのころ、駆逐艦のブリッジから双眼鏡でUボートの潜航を観察していた艦長は副長に指示を出します。


「針路170ヒトナナマル。速度10ノット」


 が、艦長の指示を聞いた副長の顔は強張ります。


「待ってください。その針路でその速度では、敵に横っ腹を見せることになります」


 軍艦は通常縦に長いです。そのため、敵潜水艦を追撃するときは、魚雷の着弾の可能性を低くするために、敵艦へ舳先を向けます。が、このとき艦長は副長に、わざと敵に横っ腹を見せ、ゆっくり進むよう指示するのです。これでは、撃ってくれと言わんばかりです。



 そのときの艦長の答えがこれです。


「Uボートは後部魚雷発射管に、水中で魚雷を再装填することができない。ここで後部魚雷発射管をからにさせておけば、安心して背後から追撃できる」


「でも!」


 艦長の言いたいことは分かります。でも! 後部魚雷発射管から発射された魚雷を喰らってしまっては元も子もありません。


 それにたいする艦長の答えがこれです。


「急速潜行に5分、潜望鏡深度に達するのに3分、照準に2分かかるとして、……経験のある艦長なら、10分後に魚雷を発射するはずだ。着弾までに2分はかかるだろうから、11分後に舵をもどせ」




 一方、Uボート内のドイツ軍艦長。潜望鏡をのぞきながら駆逐艦の針路変更を確認します。敵がこちらに側面を見せていることを部下に報告しつつ、こうつぶやきます。


「おそろしく馬鹿か、おそろしく利口かの、どちらかだな」

 そして、魚雷発射を命じます。そしてひとこと。


「すぐに分かる」




 このあと、腕時計をにらんでいた駆逐艦の艦長は、針路変更を命じます。

「針路140ヒトヨンマル


 そして、敵潜水艦から発射された魚雷を見事に躱します。


 そのときの、甲板にいた兵士たちの会話がこれ。


「おい、なんで艦長は魚雷がくるのがわかったんだ?」

「だから艦長やってるんじゃねえのか?」



 一方、潜水艦内では、ドイツ軍の副長が驚いてつぶやきます。


「この距離で、魚雷が外れるとは……」


 が、艦長はこう返します。


「外れたんじゃない。外されたんだ」

 そして、こう続けます。

「敵の艦長はなかなかのベテランだな。だが、それはこちらも同じだ」




 これが、海戦映画の白眉『眼下の敵』です。

 ただし、DVDの字幕では、こういったセリフ回しは、いっさいありません。興味があったら、レンタルしてそちらをご確認下さい。


 いいセリフ。見事な対話ダイアローグが、面白い映画にどれほど重要であるかが、分かります。DVD収録の字幕版のセリフ回しは、見るものをがっかりさせるに十分なものです。

 もうセリフ回しだけで、こんなにつまらなくなるものかと驚かされます。





 とまあ、ここまで思いつくまま名セリフについて語ってきましたが、特に結論は出しません。なにか簡単に名セリフを作れる方法でもあればいいのですが、世の中そんなに甘くないですね。

 ということで、大したオチもなく今回のエピソードは終了します。名セリフについては、また気が向いたら語ります。


 そして、みなさんも気が向いたのなら、コメント欄になにか名セリフを書いていってください。



 では、最後に有名なマーフィーの法則をひとつ紹介して本稿の締めとします。






「宇宙人を目撃する奴に限って、絵が下手!」


 お後がよろしいようで。




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