第7話 夏休みのアルバイト

夏休みも近くなった日の午後、ホームルームが終わると前の席の美佐子が後ろの席の晃太のほうに向きなおった。



「ねえ晃太君。私、瑞樹先輩に海水浴場のアルバイトに誘われているんだけど一緒に行ってみない?。」



美佐子は水泳部員だ。クラス内の水泳部員は晃太と恭章しかいないので3人が寄り集まることが多くなる。



「それってライフガードみたい感じなのかな。」




「ライフガードって呼べるのは、資格を持ったプロなんだって。私たちは監視員兼ライフセーバーアルバイト。」




「どう違うんだよ。」




「瑞樹先輩がそう言ってたんだもん。」




実は美佐子もよく知らないらしい。そこに、恭章が首を突っ込んだ。




「何の相談しているんだよ。」




恭章はクールぶっているが実は寂しがり屋だ。仲間はずれにされてはならじと寄ってきたようだ。




「瑞樹先輩が海水浴場のアルバイトに行くんだって。」




「俺も行く。」




恭章は一緒に行く部員を集めていると言う前に参加を表明した。




「それがね。先輩はアルバイトに入る前にベーシックサーフライフセービングの講習会を受けろって言うの。」



「何それ?。」



聞きなれない横文字に晃太は怪訝な顔をする。



「救急救命法とか救助法の講習を4日間かけて受講して最後はスイム能力の検定もあるんだって。」



「でもそんな本格的な講習会ならお金がかかるだろ。」



今度は恭章が訊いた。




「そうなのよ。受講料2万5千円。それに、講習受けるのに館山まで行かないといけない。」




「館山って無茶苦茶遠いじゃん。行くだけで2時間以上かかると思うけど。」




同じ千葉県にあっても館山は房総半島の先のほうにある。晃太たちの町から行くと相当な距離があった。むしろ交通の便がいい神奈川の湘南海岸に行く方が早いかもしれない。




「詳しい話は部活行ってから瑞樹先輩に訊いてみよう。大体、俺たちが行ってもバイトに雇ってもらえるかもわからないし。」




この3人が集まった時の常で、恭章が仕切り始めた。美佐子は不満げに口をはさむ




「それは瑞樹先輩が他の部員にも声をかけたいって言ってたから大丈夫よ。」




「でも、2万5千円はちょっとね。」




晃太がつぶやいた。その金額は晃太のお小遣いの半年分よりも多い。



「でも、バイト始めたら4、5日で取り戻せるって言ってたわよ。8月の終わりまでバイトを続けたら、結構な金額になるみたいだし。」




美佐子はちょっと言い訳っぽく話す。




結局、3人は恭章が言ったように部活に行ってから瑞樹に話を聞いてみることになった。





部活の時間、瑞樹は3人を前にしてプールサイドのベンチで足を組んで座っていた。今日の彼女はレースカットの水着を着ているので、形のいい足のラインが強調されている。




「土、日の講習が2回あるわけでしょ、先輩達はテントを持っていって、土曜日の晩はキャンプ場に泊まったそうよ。」



「テントで寝るんですか!?。」



美佐子が驚いたような声を出す。



「大丈夫よ、キャンプ場ではみんなテントで寝てるの。受講料はね、私は親に借りておいてバイト代で返すつもりよ。」



「でも講習の開始時間は9時ですよ。それまでに会場にたどり着けるんですか。」



スマホで列車の接続を調べていた恭章が訊いた。もうすっかり参加する気だ。




「そうなのよ。朝5時半ぐらいに出たら間に合うらしいんだけど、私は朝早いのは苦手だから百合子先生に泣きついて車を出してもらおうかと思っているの。」



晃太は彼女の言うことが腑に落ちない。なんだか彼女もいっしょに行くような口ぶりだ。



「瑞樹先輩は去年受講して資格を取っているんでしょう。」




晃太の言葉を訊くと瑞樹は指を立てて振って見せた。





「私が去年受けたのはウオーターセーフティ講習。美佐子に訊いたらあなたたち三人はウオーターセーフティ講習を受講済みだっていうから、受講資格があるので一緒にベーシックサーフライフセービングの講習を受けないかって誘っているのよ。」




「ああ、あの人工呼吸とかやったやつね。」




恭章がポンと手のひらを打った。晃太たち三人は中学生の時に所属したスイミングスクールでその講習を受けているのだ。




「瑞樹先輩、2年生の人は一緒に講習会受けに行かないんですか。」




瑞樹はいつになく口ごもる。




「アルバイトはウオーターセーフティ講習受けていたらやさせてくれるから、ベーシックサーフライフセービングを受けるのは私だけ。」




2万5千円払わなくてもアルバイト自体はできるらしい。




「でも、ベーシックサーフライフセービングの資格を取ったら時給850円の所を900円に上げてくれるのよ。」




晃太は思った。どうやら瑞樹先輩は一人で講習会を受けに行くのが心細いから美佐子を誘ったらしい。




「俺講習会受けますよ。」



「私も。」



瑞樹先輩の心境を察して、恭章と美佐子が相次いで参加すると申し出るので晃太も講習を受けないとは言いづらくなってきた。




「俺も受けます。」



晃太は言ってしまった後で、お母さんに何と言って借金をしようかと頭を悩ましていた。

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