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 口が動かないから言葉にはできなかったけど、メテオラは正直にアスファロットが怖いと思った。

 ……でも、……それだけじゃない。

 どこかこの怖い魔法使いさんに、メテオラは哀れみのようなものを感じていた。

 それはとても不思議な感覚だった。

 この魔法使いさんは、……僕には想像もできないような地獄を生きてきたんだ。……きっと僕には想像もできないような孤独を味わってきたんだって、……怖くて、今にも泣き出しそうになりながらも、メテオラは頭の中で必死にそんなことを考えていた。

 悪の大魔法使い、アスファロットは九年前の厄災で世界を焼き尽くした。

 それはまるでアスファロットが、自分が生きている、いわゆる地獄の世界そのものを(それは紅蓮の炎に燃える世界のことだ)この現実の世界の上に無理やりに出現させたようだ、とメテオラは思った。

 ……それは、とても許せるような行いではないのだけど……、でも、それでも僕は……。僕はこの哀れな魔法使いさんに……。

 ……強く、……本当に強く……、同情した。

 メテオラの目から涙がこぼれる。

 ……この魔法使いさんはあれから九年の月日が経った今でも、……『自分の創りだした地獄の中にとらわれているんだ』……。

 アスファロットの手がメテオラの顔に伸びてくる。

 その手がメテオラの首元に近づいてくる。

 そして僕の首に……アスファロットの手が触れようとした瞬間だった。

 突如として大きな光がメテオラとアスファロットの間に出現した。

 その光は瞬く間に今、メテオラたちのいる世界を完全に包み込んでしまった。メテオラの視界は真っ白に染まる。その強烈な光の奔流に耐えられなくなってメテオラは思わず目をつぶり、両手で顔を覆った。そう、メテオラはこのとき目を両手で覆うことができたのだ。

 さっきまではどんなに怖くてもまばたきくらいしかすることができなかったのに、今はそれをすることができた。それはつまりメテオラの体を縛っていたアスファロットの結界の力が、今この瞬間にその効果を失ったということだ。その証拠に目を閉じる瞬間にかすかに見えたアスファロットの顔は苦痛に歪んだ表情をしていた。

 この光が僕を守ってくれた……。

 光はメテオラの胸元から発せられていた。

 それはソマリお兄ちゃんがメテオラに贈ってくれたあの星のペンダントが放つまばゆい光だったのだ。

 それは不思議な光だった。

 暖かくて、……どこか心が安心するような光。

 僕のすぐ近くにソマリお兄ちゃんがいてくれて、怖いアスファロットから僕を守ってくれているような、そんな気持ちをメテオラは感じた。


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