15-3 制約の解き方

「ところで――」


 爽やかフェイスに戻った銀髪さんは、黒い手袋を外して消して、俺の前に立つと腕を組んで首を傾げた。


「あんた誰? 〝月〟ではあるけどエルナじゃないな」


「――!」


 迷いのない問いかけに、俺はちょっと驚いた。


 性別からして違うのに、フィルも矢鏡も他のみんなも、口を揃えて『エルナそっくり』と言った。ノエルに至っては別人だと納得してもらうまで時間がかかった。


 確かに似てる。自分でもそう思う。見た目も性格も。


 だから、みんなが俺を〝エルナ〟として見ても仕方ないと思ってる。エルナの代わりにしか見られなくても仕方がないと思ってる。でも、楽しいからそんな些細なことなんてどうでもいいと思ってる。


「……なんでわかった?」


 問い返せば、彼はおもいっきり呆れた顔をして。


「はぁ? なにそれ、バカにしてる?

 どう見ても違うだろ。外見は同じだけど中身が違う。


 あれだけ大事に護っていたそいつが欠陥品なことも知らないし、クソメガネがやたら解説していたし、雰囲気が生まれたてほやほやの赤子っぽいし。


 なにより、以前の月の主護者はまったく隙が無かった。頭は空だったが、いつ何時も油断すべきじゃないことがわかってた。


 それに比べてあんたは隙だらけ。今まで随分と平和で生ぬるい世界にいたようだね」


 ふーむ……

 気にしてなかったんだけど……こんだけはっきり『別人』認定されるとちょっと嬉しい。言い方がすっげー嫌味っぽいけど。


「あんた良い奴だな。センリさん」


 思ったことをそのまま言えば、彼はにっこり笑って、


「…………話聞いてる? それとも、生まれ変わってもバカは治らないってことかな?

 でも敬称をつけられる程度には知恵がついたんだね。どうせなら〝様〟にしてくれていいんだけど」


 すっげー優しい口調なのに、出てくる言葉はまーじーでー嫌味っぽい。年上だから『さん』付けてたけど、止めようそうしよう。やっぱ良い奴じゃないってのはわかった。


「この子は華月だよー……地球で生まれたんだって……」


 センリの後ろに現れた顔パンパンマン(元イケメン。笑い堪えるの大変)が、朗らかに俺のことを紹介してくれる。変形するまで殴られたのに、気にした様子は微塵もない。


 対するセンリは、近くにいることも許せないらしく、すぐさま振り向きノエルにジャンピングかかと落としを決める。地面を揺らして鉄板にめり込むサンドバック――じゃなくてノエル。


 もうこれコントだよな。過激すぎるけど。


 因みにタガナは、ノエルの言葉に忠実に従い、割って入ることなく離れた場所から様子を見ている。怒気とか殺気とかは出してないけど恨みがましい目はしてる。


 センリは何事もなかったかのようにこちらに向き直ると、にっこり笑う。


 よろよろ顔を上げたノエル(もう腫れが引いてるまじかよ)が、ハッとして膝立ちして白いボードを掲げ上げた。なにやってんだ?


「突然連絡が取れなくなったと思えば……いつの間にかくたばっていたんだね。『誰にも負けないから大丈夫』なんて、常日頃大見得を切っていたくせに。強かったことは確かだけど、いくら強くても死んだらそれまで。情けないことこの上ないね」


【訳。エルナが死んだなんて信じられない。だって彼女は本当に強かった。なのにまさか、人格が消えてしまうほど弱らされるなんて……】


 爽やか口調で吐かれるセンリのセリフに合わせて、一瞬でボードに文字を書き記すノエル。


 どうやら気付いてないらしく、センリは構わず話を続ける。


「どうせ慢心してたんだろ? 脳みそにしわがなさそうなほどバカだったし、いつものように浅知恵で一人突っ込んで、返り討ちに合ったってところかな?」


【自信があるのはいいことだけど、エルナは一人で背負って進んでしまうから心配していたんだよ】


 さっきの文字が自動的に消えて、その上に別のことばを書く。おぉ便利。


「まぁ、魂が無事ってことは、その時の敵は倒したみたいだけど」


【倒してなかったら仇を討ちに行くのに】


「あんたも可哀そうだね。前世の代わりにされて。

 どうせ熱狂的な信者たちに呼び戻されたんだろ?

 あんたに依存していた奴らは腐るほどいるからな。必然的に前世の方にしか見られないだろうけど、諦めるんだね。同情してあげるよ」


【でも君のことも心配だよ。エルナは人気があるから、今後もエルナとして見られるかもしれないけど……大丈夫、みんな華月のことをわかってくれるよ】


「…………んなことは言ってねぇよっ!」


 俺の視線を目で追って、白いボードをちらりと見やると怒りの表情に変え、叫びながらノエルの喉に強烈キック。あ、気付かれた。


 またまた吹っ飛び星になるメガネ。それからソッコーで横に戻ってくる。しかも何故か全回復している。もしや回復力もクソ高い?


 自分を睨みつけるセンリを、ノエルは困ったような顔で見返して、


「だってー……今の言い方じゃあ……また誤解されちゃうじゃない……

 本当は優しいのに……嫌な人だって思われるよ……」


「それはお前が一方的に押し付けている虚像だ。優しくしているつもりは毛ほども無い」


「大丈夫……わかってるよ……素直じゃないだけだって……」


 自信満々に言いながらにこやかに笑う。センリの意見は完全スルー。

 剣呑な空気に、またまたバトルが始まるんじゃないか、と思っていたら。




 矢鏡がぽつりとこう言った。


「華月。因みにセンリのあだ名は『万年反抗期』だよ」




 …………


「ぶっ――あははははははははっ!」


 なんかそれが妙にツボった。腹を抱えて笑う俺。


「はんこっ……反抗期! 爽やか好青年みたいなツラしてるのに反抗期! 超有能そうなオーラ出てるけど反抗期! 何年生きてるのか知らないけど未だに反抗期なのか! だから嫌味っぽいんだな! そうか反抗期か!」


「反抗期じゃない。全部本心だよ。勘違いしないでくれる?」


 笑い続ける俺を鬱陶しそうに見ながら、舌打ち混じりに訂正するセンリ。


 しかしそれはツンデレ定番文句。

 余計に笑いが込み上げてくる。


 話にならないと諦めたらしく、センリは視線を矢鏡に移し、


「……余計なことを言ってくれたな背後霊」


「事実だろ」


「背後霊? 矢鏡が? なんで背後霊?」


 笑いを堪えつつ振り向けば、矢鏡が淡々と答えてくれる。


「慣れ合いたくないから、名前で呼びたくないんだと。だから基本的にあだ名で呼んでくるんだよ。で、俺は基本、エルナの後ろにいたから背後霊らしい」


「なにその発想! めっちゃ笑えるんだけど!

 え、じゃあエルナは? なんて呼ばれてたの?」


 センリに向き直って問いかけると、センリは短いため息を吐き、


「怪力バカ。……あんたも同じでいいな」


「よかねーよ。バカはやめろバカは」


「それこそ事実だろ」


 さっきの矢鏡のセリフをパクってにっこり笑う。作り笑顔なんだろうけど完璧すぎてふつーの笑顔に見える。隣のイケメンは自然な笑顔を振りまくのに。


「あー……そういえばさっき……すっごく久しぶりに名前呼んでくれたよね……嬉しかったなぁ……」


 やたらと嬉しそうに笑うノエルをセンリが殴り倒す。もうそのやり取りいいよ、飽きたよ。


「照れなくていいのにー……って、あーそうかぁ……」


 と、ここでとーとつに、ノエルの全身が薄く光り、女性バージョンへと変化。


「変えるの忘れてた……」


 俺より目線が低くなった青髪の超絶美女がやんわり微笑む。

 なんで急に変えたんだ、という疑問が浮かぶが、すぐに気付いた。


 女性ならさすがにボカスカ殴られないからでは、と。

 うーむ、いいぞ俺。冴えてる冴えてる。


「相変わらずセンリの言いなりなんだな……

 確かそれ、見下ろされるのが気に入らないからだろ?」


 呆れまくった感じで矢鏡が言った。


「言いなり……? そういえば、そんだけ理不尽に殴られてんのに、怒ったりやり返したりしてないな……

 もしかしてノエル、超ドエム?」


 俺が聞くと、ノエルはこてっと首を傾げ、


「どえむ……? どえむが何かはわからないけど……

 センリにやり返すなんてしないよ……だってセンリは……」


「これ以上余計なことを言ったら怒る」


 その首を両手で掴み、笑顔のままドスを利かせるセンリ。

 するとノエルは、わかった言わない、と意外にも即座に引き下がった。てっきりノエルのが上なのかと思ったが……違うっぽいな。こいつらの力関係よくわからん。


 正直今の話の続きは気になるが――それより気になることが。


「さっきからちょこちょこ思ってたんだけど……

 センリってマジで画家なの? 絵を描くようには見えないんだけど」


 言った途端、センリは目を見開き、ノエルは笑みを引きつらせる。


 一拍置いて。


「てめぇ! また勝手に人のことをベラベラ喋りやがったな!?」


 怒気をあらわに怒鳴りつつ、センリがノエルの首を締め始める。さっきまでの品のある口調がログアウトした。


 ぎりぎりぎりぎり音が鳴っているが、ノエルは痛そーなふうもなく、


「えーだって……本当のことだし……センリの絵は本当にきれいだから……みんなに知ってほしいじゃない……」


 苦しそうな様子すらなくふつーに答えた。


 つーか絵面がやばいんだが。相手がさっきまで男だった不死身ノエルとはいえ、若い男が若い女の首を絞めてるだけで、センリが超極悪人に見えてくる。女相手でも容赦ないし。


「天界で知らない奴はいないだろ。何を今更」


「それも、こいつが、勝手に、言いふらしたんだよっ!」


 クールな矢鏡のツッコミに、噛んで含めるように返すセンリ。続いて俺にガンを飛ばし、


「いいか怪力バカ。確かに画家でもあったけど、それはあくまで表向きでただの趣味。

 ――本業は殺し屋だ」


「へー、殺し屋なん……殺し屋ぁっ!?」


 思わず聞き返してしまったが、画家よりはそれっぽい。


「え、悪人じゃんあんた。天界って正義の味方だけじゃないんだな」


 感心したように言うと、センリは意地の悪そうな笑みを浮かべ、


「正義か悪かなんて、何を基準にするかによって変わるものだよ。

 人を殺すのが悪だというなら、平和のために戦う兵士や主護者も悪になるな。

 ……まぁ、俺は殺すのが何よりも楽しいから殺し屋をやっていたんだけど」


「悪だよ! あんたは間違いなく悪だよ! 良い奴だと思ってたけどヤベェ奴だよ! 異常者じゃん! 快楽殺人鬼なんじゃん!

 ってか、主護者は人を殺したりしないだろ!? 妖魔は悪霊だから別だし!」


「なんだ、まだ聞いてないの? まぁ、そいつらはあんたに激甘だしな。気分を害すようなことは言わないか。


 基本的には人間に干渉しないことになってるけど、主護者も元々は人間だから、感情が動いた時は個人で勝手に動いて良いってことになってるんだよ。神は束縛するのを嫌がるからな。


 つまり、人間に手出しするのは禁止されていない。張り倒そうが、術をぶっ放そうが、何人何十人殺そうが構わないってわけ。


 あんたは天界に夢見てるみたいだけど、俺のように、人の命なんてなんとも思わない奴は少なくないよ。……ねぇ?」


 なぜだか最後のことばは矢鏡に向けられた。

 矢鏡はわずかに目を細め、


「……大事なことを言い忘れているぞ。

 センリ・イールレイスだけは、唯一の例外だと」


「例外?」


 首を傾げる俺に返ってきたのは、思いがけない内容だった。


 センリの目標。制約という〝枷〟。その監視役&抑制役としてノエルが付いていることなどなど。

 何より驚きなのが――


「制約を解く条件はノエルを殺すことぉ……?」


「自分の力だけでね」


 むろん〝殺してはいけない〟対象にノエルは含まれていない。

 そして、制約をかけることが出来るのはシンだけらしい。


 ということは、優しさと美しさと慈愛の塊であるシンが――

 あの! シンが! そんなぶっそうな条件を認めたってことだ!


 さすがに信じられなかったので訳を聞けば、ちゃんとシンは大反対していたそうだ。だよなーよかった。詳しい話は長くなるからと省かれたが、最終的に、仕方がなく、そう仕方がなくシンが折れたらしい。やっぱりシンは優しい♡


 これは余談だが、決定打となったのは、ノエル自身がその提案をし、最初は従う気ゼロで牢獄に閉じ込められていたセンリと、仲間達二十人(その時いた全員)の説得まで済ませたことだという。ノエル、実はスゲー奴なのかもしれない。


「でもさー、主護者が主護者を倒しても、魂は傷付かないんだろ? で、シンの力を借りれば何度でも復活出来るんだろ? それって倒す意味なくない?」


 とうぜんの疑問をぶつけると、センリはきょとんとして、それからずっと締めていたノエルの首を突き飛ばして解放し、姿勢を正してにっこり笑う。


「……つまらないことを聞くね。

 殺したいから殺す。ムカつくから殺す。死ぬ瞬間の顔が見たいから殺す。そのあと復活しようがしまいがどうだっていい。


 要は勝てればいいんだよ。殺せれば勝ちで、殺せなかったら負け。

 誰だって勝つのは楽しいし、負けるのは不愉快だろ?

 ――ただそれだけのことだよ」


 俺はふむ、とすぐに納得した。


「なるほど。負けず嫌いなんだな」


「……それだけで済ますのか」


 呆れたような矢鏡のツッコミはスルーして、顎に手を当て考える。


「しかし……制約か……」


 だから『今日こそ殺す』なんて言ってたのか。ノエルをボコっているのは、むかつくってのもありそうだけど、制約を解くためだったんだな。


 じっとノエルを見つめてみれば、彼――いや、彼女の首には絞められた跡など付いていない。赤くすらなっていない。


 あー……そうか。だからオーケーしたのか。ノエルならセンリに負けないと信じて。

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