15 同一と相違
15-1 健康が一番
雲一つない青い空。
白い砂浜と、透き通ったきれいな海。
波を立てる爽やかな潮風を太陽が暖め、夏の空気へと変える。
人工物は一切無く、波の音しかない静かな空間。
しかも砂浜には、ピンクや黄や水色などのカラフルな岩が転がっていて、とても幻想的な感じがする。
「おえぇぇぇぇ……」
まぁ、それらすべてをぶち壊しているのは俺なわけだが。
でけーピンクの岩の下に掘った穴の中に、吐き出された胃液が沈んでいく。昼飯食ってからだいぶ時間が経っているから、物体が出ないだけまだマシだろう。
あー……口の中超まっずい……
因みに回復魔法は効かなかった。なにゆえ。
「か、華月……」
矢鏡が後ろから心配そうに声をかけてくるが、返事をする気力と余裕はない。少しでも気持ち悪さが薄れるよう、ひたすら祈り続けるばかりだ。
「君にも弱点ってあるんだね……目が良いから余計に疲れるのかな……?」
ノエルが感心したように呟いた。
感心してんな、少しは俺の心配しろよ、とツッコミたいところだが、残念ながら今は無理。口を開くと言葉より先に胃液が出てくる。
「ノエルサーガ、考察するのは後にして知恵を貸してくれないか。
こういう時はどうするのがいい?」
「うーん……人体に関しては……あんまり詳しくないけど……とりあえず水は飲ませた方がいいと思う……」
「水……」
ここで何故か一拍の間を空けて、
「出してくれないか?」
「ディルスも氷作れるじゃない……」
「俺は小さいものは作れない」
「あー……君の技は全部戦闘向けだもんね……
出すのはいいけど……オレ入れ物持ってないよ……」
「それならある」
ちょっと気になって、口を引き結んで背後を見やる。
矢鏡が手にガラスのコップを現し、ノエルに向けた。
ノエルはコップを指差して、
「〝ローフリュウ〟」
指先から小さな水流が生まれ、コップの中を満たしていく。
お、技名言った! いいぞいいぞ。謎の言葉にしか聞こえなかったけど、非現実的な感じがしてていいぞ。
地味に感動したところで耐えきれず、再び穴に向き直る。口の中に留めておいたものを一気に吐き出した。
さすがに胃液も尽きたらしく、出るものは少なくなったがそれでも吐き気が治まらない。
体調不良がこんなにつらいものだとは……
今まで風邪も引いたことなければ、船とか車とかに酔ったこともないからなぁ……
マジヤダわー。二度とごめんだわー。早く治れー。
「華月、飲めるか?」
横からぬっと、水の入ったコップが差し出される。
さっきの会話は聞こえていたし、のども乾いているし、口の中が超まずい。もちろん拒否するはずがなく、受け取って一気に飲み干した。ほどよい冷たさが体に染み渡っていく。
「あー……ちょっとすっきり……」
「もっと飲む?」
「いや、大丈夫。サンキュ」
俺は軽く頭を振って、溜め息を吐く。
「フィルがいればな……」
弱った様子(多分。恐らく。なんとなくそう見える)でぼそっと呟く矢鏡。
俺ははっとして、
「あ! そうだ忘れてた! フィル! あとタガナと銀髪さん!
俺、無我夢中で斬っちゃったけど――」
「大丈夫……タガナに行ってもらったから……心配いらない……
ちょっと待ってれば……すぐに来るよ……」
言葉を遮り答えたノエルは、何故か離れた位置に座り、そのままころんと寝転んだ。
「え……寝んの?」
これには答えず、両目を閉じて穏やかな表情を浮かべると――すぐに静かな寝息が聞こえてくる。寝るのはっや。
……まぁいいけど。もう敵はいないし。
「ところで、要塞って結局どうなったの? よく覚えてないんだけど……」
「あれだけ大規模なものが海に落ちれば、海の生物に被害が出るから――と、四分割された後にノエルサーガが異空間に飛ばした。
丸ごとだとさすがに大きすぎて飛ばせなかったから、君が斬ってくれてよかった、と喜んでたよ」
「ほーん。でかすぎると召喚出来ないんだな。
あと、ここどこ?」
「近くにあった小島らしい。妖魔もいなければ人間もいない無人島だって。
――俺も華月に聞きたいんだが……」
またしても謎の間を空けて、真剣な目を向けてくる矢鏡。
「さっきの技……あれはエルナの剣技、初式の三番目『
いつの間に使えるようになった? どうやって知った?」
おぉーっと! それも忘れてたやっべ!
隠すどころじゃなかったからなー……正直に話すか? 実はエルナと話せるって。
でもなー、出来ればまだ教えたくないんだよなー。その方が面白そうなんだよなー。
うーん……
よし。とりあえず誤魔化してみるか。
「初式の……ぎんこう? ぎんこうって金預けたりするとこじゃん。
俺もよくわかんねぇけど……気持ち悪すぎて早くなんとかしないとって思って……そしたら体が勝手に動いたんだよ。
つーか、俺がエルナの技なんて知るわけねぇじゃん。どうやって知ったとか、逆に俺が聞きたいわ」
呆れたように言ってやると、なんとなんと狙い通り。
「……そうか。そうだな……すまない、忘れてくれ」
あっさり諦めてくれたぜひゃっはー。俺は演技力にも自信あるんだからな。なめんなよ。
心の中でドヤ顔浮かべた――
まさにその時!
頭上に影が差し、正面に即座に作られる氷の壁!
続いてでかい何かが落下し、鉄板をぶっ叩いたような轟音を響かせる!
砂が舞い上がり辺りに広がるが、壁のおかげで俺と矢鏡だけは被害なし!
「え? 爆撃?」
茫然としている間に砂煙は落ち着いて、氷の壁も砕けて霧散する。
目の前の幻想的だった景色の中に、不似合いなものが混じってしまった。
ノエルがいた場所を覆い隠すように、一枚の黒い巨大な鉄板が敷かれている。間違いなく今降ってきたものだ。潰す気満々って感じの一撃。
そして、ノエルがいた場所にスタっと着地したのは一人の男。
「無事に脱出したんだね」
爽やかに言って、爽やかに笑う銀髪さん。ようやくまともに顔が見れた。
銀髪さんは……フツーだ。顔面偏差値高くない。顔だけならフツーの外国人。肌色もフツーだし、体格とかもフツー。足は長いけど。
ただ笑い方というか、雰囲気がすげー爽やか。フィルも爽やか系だけど、彼はそれ以上だな。爽やか選手権なんてのがあったら、優勝できるんじゃないか。
おかげで、気を失ったフィルをお姫様抱っこしている姿がなんかこう……王子様っぽい。
しかもフィル、何故か服がよれよれになってるし、裸足だし、ズボンが半分以上なくなってて棒みたいな生足がむき出しになってるから、いかにも『悪者に囚われたお姫様を救出してきました』って感じが出てる。
「え……ってか、なんでフィル、裸足なの? ズボン半分になってるし」
「あぁこれ? 燃やされたんだよ」
俺の質問にさわやかーに優しく答える銀髪さん。
あれ? すげー優しそうな人じゃん。良い人そうだし。
「え、燃やされたの? ズボンだけ?」
「いいや、足ごと」
「足ごと!?」
言われてじろじろ生足を眺める。けど、ケガも、やけども見当たらない。
「えーと……」
戸惑う俺に、矢鏡が小声で〝蘇生〟という術のことを教えてくれた。まさか失った手足も元に戻せるとは。やっぱ魔法ってすげぇ。ファンタジー万歳。
感心していると、銀髪さんが軽く首を傾げて、俺たちに向けてぽいっとフィルを放り投げ――って。
「はっ!?」
放物線を描いて、俺と銀髪さんの丁度真ん中に落ちていくフィル。
俺は慌ててダッシュ! からのスライディングキャーッチ!
なんとか受け止めしっかり抱き抱えて、
「投げんなっ……ん? あれ?」
文句を言って、気付いた。
フィルの両脇を掴んでひょいっと持ち上げる。
うん、これはおかしい。
「えっ!? 軽っ! ちょー軽いんだけどっ!?」
多分、三十五キロあるかどうか。女子の体重知らないけど、さすがにこれは軽すぎだろ。身長百七十以上なのに。
しかも。
「あとなんか……ひんやりしてない? え、これ大丈夫!? 生きてるこれ!?」
生きているのか確かめようと、とりあえず脈を測ろうとしたが――手首を握っても体が冷たいことしかわからん。つーか、そもそも脈の測り方知らねぇわ。
どーしよう…………あ、そうだ。直接聞けばいいじゃん。
ぐっと、フィルの胸に耳を押し当てる。
ふつーよりもすげーゆっくりだけど、一応心音は聞こえてくる。よかった。生きてた。
「華月それ……日本じゃやるなよ。絶対にやるなよ」
なんでか焦ったように、ぎりぎり聞き取れるくらいの小声で注意してくる矢鏡。
俺はフィルから顔を離してそっちを向き、
「なんで?」
「フィルなら許してくれるとは思うけど……女性だから、一応」
「…………あ」
フィルの端正な顔を見つめ、ふっと笑い、何事もなかったかのように姫抱きして立ち上がる。
「うん、やっぱ軽いな」
さっきのは無かったことにした。心の中では謝っとく。フィルごめん。
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