14-3 口は災いの元  - No side -

「目の前で殺してしまえば、魂は傷付かなくとも〝貴方〟は消滅するのでしょう?

 制約とは不便なものですね。同情して差し上げます」


 そこまで言って、ネクドロは勝ち誇った笑みを消した。

 守らなければならないはずの仲間を奪われたというのに、センリはとても嬉しそうな顔をしていた。


「どうかした? そいつを殺すんだろ? 早くやりなよ」


 焦るどころか、完全に他人事のように促す。

 一拍の間を空け、


「……何を言っているのか、わかっていますか?」


 自分の計算とはまったく違う反応に、困惑し訝るネクドロ。

 対してセンリは、さも当然というように、


「もちろんわかってるさ」

「ならば、何故平然としていられるのです?」


「簡単な話だよ。そいつを殺されたところで、俺は痛くもかゆくもない。

 むしろ、腹黒なのに良い子ぶってるむっかつくお荷物なんていない方がいいんだよ」


「主の言葉が間違っていた、と?

 苦し紛れの言い訳にしてはお粗末ですね。あんなに大事に抱えていたくせに」


 ネクドロは首をひねりつつも、再度確認するようにフィルを軽く揺らし、頬に武器をあてがった。

 センリはふふっと笑って、すぅっと目を細めた。


「哀れな人形……

 作られたものにしては優秀だけど、所詮そこまでか。手の平の上で踊っていることに気付きもしない」


 言うが早いか、センリの姿が掻き消えた。

 同時に、ネクドロの両肩が切り落とされる。


「情報ありがとう。お礼に良いことを教えてあげよう」


 赤い光点が、声のした方――真上へと向けられる。

 フィルを奪い返したセンリが、穏やかに微笑んだ。


「俺『スピードタイプ』なんだ。一時でも足枷を外すべきじゃなかったね」


 スタンッと天井に着地し、短剣を構える。

 この間にネクドロは、背中にあった筒状の機械を外し、その下に回り込んで右肩と結合させた。


 次の一瞬で仕留める――

 両者共、そのつもりだった。


 先に気付いたのは、センリ。


 微かな地響き。続いて轟音。

 壁を破り、何かが部屋の中に飛び込んでくる。


「――ノエルッ!?」


 センリは思わず声を上げ、一直線上にいたネクドロは驚く暇も無くノエルに巻き込まれ、対面の壁に激突する。

 ミサイルの如く押し寄せる強大な力に潰されまいと、即席の腕で抵抗するが、


「くっ……耐えられな――」


 最後まで言葉を発する前に、腕も体もひしゃげ、そして大爆発を起こした。


 慌てて攻撃を止めたセンリは短剣を消し、咄嗟に壁の穴の下まで移動すると、しゃがみ込んで自身の体を盾に爆風からフィルを守った。


 瓦礫と欠片が床を彩り、焦げた臭いが充満する。


 しばし経ち、何の音もしなくなってから、センリはフィルの足を床に降ろした。銀のベルトを外して放り投げる。次に片手で上半身を支え、もう片方の手で彼女の手首を取り、脈を測りつつ全身を観察、外傷が無いことを確認する。そして怪我一つしていないことに、小さく息をついた。


「うーん…………さすがに痛いなぁ……」


 ガラガラと音を立て、瓦礫の山の下からノエルがゆっくり現れる。砂埃の積もった床に降り立つと、パタパタと全身を軽くはたき、ずり落ちたメガネを直した。服はところどころ焼け焦げているが、こちらも負傷は見られない。


 フィルを優しく横たえると、センリは立ち上がり、にっこり笑ってノエルの方に向かった。


「あー……センリ……偶然だね……」


 のんびり言って微笑み、ノエルも歩を進める。

 互いに一歩手前で足を止め――


「白々しい」


 爽やかな声で呟き、センリのかかと落としがノエルの脳天に炸裂した。ドゴォっと頭が半分床にめり込む。

 表情を一切変えず、その後頭部を思いっきり踏み付けて、


「こんっのクソメガネ……見え透いた嘘をつくなよ。どうせ計算尽くだろ。

 わざと怪力バカを怒らせて殴ってもらったってところか? あと頭が高い」

「いふぁいいふぁい……」


 くぐもった声を発し、どいて欲しいという意思表示のつもりか、片手でぺたんぺたんと床を叩く。


 十秒ほど間を空けてから、センリがしぶしぶ足をどける。


「んもー……乱暴なんだからー……

 ぶつかったのは本当に偶然だよ……さすがにそこまで読めない……」


 足蹴にされたとは思えないほど朗らかに言いながら、顔を上げてにこやかに笑った。


 センリはそんなノエルの顎を迷わず蹴り上げた。軽々と飛んだ体は天井に叩きつけられ、ぶべっ、という情けない呻きとともに床に落ちる。


 避けることも抵抗もしない男の首を両手で掴み上げ、


「ってことは、この部屋に来て余計な手出しをするつもりはあったんだな。

 俺の邪魔をするなと何千回言えばあんたの軽そうな頭に刻まれるんだ? なぁ?」

「あはははー……フィルをいじめるからだよー……」


 ぎちぎちと音が鳴るほど強く締められているにもかかわらず、気の抜ける笑顔を崩さないノエル。苦しそうな様子さえ見られない。


「だって今……わざと渡したでしょ……? どこまで制約のことを知っているのか……確かめるために……

 それで万が一殺されちゃったらどうするの……?

〝助けられなかった〟場合なら、浄化はされないけど……困るのはセンリだよ……」


「あんな人形ごときに後れを取るとでも?

 殺そうとしたならそれより早く壊すだけだ。餌に食いついた時点で結果は決まってたんだよ」


「危ないことはやめてって言ってるの……

 自信があるのは良いことだけど……過信はよくないよ……」

「そういうのはクソ邪魔な怪力バカとかに言ってくれる?」


 不服そうな顔をして溜め息を吐く。それから突き飛ばすようにして、ようやくノエルを解放した。気分的にはこのまま締め続けたいところだが、無駄な行為以外のなにものでもないことは重々承知している。現に、彼の首にはうっすらと指の跡が付いただけ。それもすぐに消えてしまった。


「あの子は他人を巻き込まないから……言う必要ないよ……」


 ゆーっくり腰を浮かすノエルに、再び作り笑顔を向け、


「あっそ。

 ――ところでクソメガネ。なんで素直に怪力バカを連れてきた? 足止めくらいしろよ」


「出来るだけはやったよー……

 でもしょーがない……

 あれだけ広い異空間でも……ほとんどまっすぐ向かって来るんだもん……

 要塞に入ってからも……出来るだけ遠回りしようとしたけど……ダメだったし……」


「ちっ! あの化け物め……!」


 忌々しそうに吐き捨てるセンリ。

 いかにも不機嫌な様子だが、対するノエルは嬉しそうに『えへへ』と笑う。


「そんなこと言ってー……もうわかってるんだからね……

 いつも誰に対しても冷たいし暴言ばかり吐いて……仲間なんていらないって言い続けていたけど……

 やっとオレ達を仲間だって認める気になったって……」


「…………あ?」


「裏切り行為が嫌いなのは……知ってたけど……

 ああいう言い方をしたってことは……そういうことだよね……

 仲間じゃないなら……裏切ることにならないもんね……?」


 口調は問いかけだが、本人の中では断定事項だ。

 意外な発言だったのか、センリは大きく目を見開いた。しばし押し黙り、


「てっきり、近くから飛んできたのかと思っていたけど……

 ――お前、まさか、もっと前から……」


「フィルが悪魔と戦っている時に……急いで駆けつけて……助けに入ったところから……ちゃんと見てたよ……」


「…………この要塞のように異空間が連なった場所じゃ、同じ空間内でないと千里眼は届かないって言ってたよな?」

「あー……」


 ノエルはちらっと明後日の方を見やり、すぐに戻してにっこり笑う。片手をひらひら振り、


「あれはー…………う・そ♪

 珍しく油断してくれたねぇ……センリ……

 聞いてないと思って安心して……つい本音を言っちゃったんだね……」


 センリの口角がゆっくり上がる。亀が歩くスピードで、にっこり笑顔に変わっていく。


 そして、言った。




「殺ス」



 鬼の形相で。

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