9-4 しつこいのはよくないぞ

「しきょぉぉぉぉ! お前のねーちゃんなんとかしろ!」


 叫びつつ、俺は娯楽室のドアを勢いよく開けた。バァンッと大きな音が鳴る。


 因みにこの部屋の場所は、ついさっき草加さんに聞いた。とりあえず二階を探せば見つかるだろうと考え、応接間を出た後玄関ホールに向かったら、偶然彼女がそこにいたのだ。おかげで探す手間が省けたよ。


 矢鏡とフィルは正面の奥の方にいて、チェス盤をのせたテーブルを挟んで座っていた。右に矢鏡、左にフィルという形でこっち側に体の横を向けている。

 ドアに手をかけたまま反応を待っていると、二人はゆっくり首を回して俺を見た。


「……いいか華月」


 矢鏡が淡々と言う。無表情ではあるが、どこか諦めたような目で。


「あの手の人間は人の話を聞かない。だから無理」

「んな簡単に諦めんなよ。お前らきょーだいじゃん。きょーだいってさ、一番言いたい事言い合える仲のはずだろ?」

「俺はあの人間を姉だと思ったことは無いし、あの人間は俺を嫌ってる」

「淡々という事じゃねぇだろそれ……。なに? もしかしてねーちゃんと仲悪いの?」


 首を傾げて尋ねると、矢鏡は数秒黙り、


「土曜日の会話でわかると思うけど……」


 ぼそっと呟いた。

 俺は腕を組み、その時の会話を思い起こして、


「あれがふつーなんじゃないの?

 俺あん時『へー、きょーだいってこんな感じなのかー』と思って見てたんだけど」


 と言うと、矢鏡は再び黙りこみ、十数秒後にようやく口を開く。


「……とりあえず、俺達の仲は悪いよ。だからむしろ、俺が関わると逆効果になる」

「そっか……」


 そーゆーことなら仕方ないな……


 矢鏡に頼ることは諦めて、俺は視線を左に動かした。そうすれば、すまし顔のフィルと目が合う。


「なぁフィ――」

「ねぇ華月」


 俺の言葉を遮り、フィルはにっこり微笑んで言う。


「君、人に頼るの嫌いじゃなかった?」


 ざくぅっ!


「おうっふ! ……痛いとこ突かれたぜ……さすがフィル、やるな!」


 片手で胸を押さえ、引きつった笑みでグッジョブを送る。しかし二人は無反応。


 ふふふ……でも俺は満足だ。やってみたかったんだよねー、これ。


 次いで、俺はすぐに姿勢を戻し、


「まぁ、出来れば自分でなんとかしたかったけどさー……

 だってあのねーちゃん、金の力で強引に結婚の話進めるんだぜ。さすがに金には勝てねぇよ……頭でもダメだったし。

 だから矢鏡の弟パワーか、フィルの頭脳でなんとかならないかなーっと」

「頼ってくれるのは嬉しいけど、僕も力にはなれないよ。僕の考えは物騒だから大人しくしてろって、ディルスに言われているのもあるけど……彼女のような人とは出来るだけ関わりたくないからねぇ」

「あー……じゃあやっぱ、自力で頑張るしかないかー……」


 俺はふーっとため息を吐いた。


 さーてどうすっかなー。どうやって諦めさせようか……


 色々考え、とりあえず作戦その三をやってみようかな、と決めたところで、


「見つけたわ京ちゃん!」


 右の方から眞嚮さんの声と足音が響いてきた。

 俺はすぐさま部屋の真ん中まで移動して、ドアの方へと振り返った。大して間を置かず、開いたままのドアから、ドレスを持った眞嚮さんと、その執事二名が入ってくる。


 眞嚮さんは矢鏡とフィルには目もくれず、にこにこ笑顔でまっすぐ俺に歩み寄る。


「大人しくドレス着ましょう?」

「だーから嫌だって! 俺男だぞ!?」

「大丈夫よ。京ちゃんなら似合うわ♡ かわいいもの♡ 顔は地味だけど」

「地味で悪かったな! つーか、男にかわいいって言うな!」

「だってほんとーにかわいいんだもん♡ 髪といい目といい、見た目は完璧ね♡

 それが天然っていうのが素晴らしいわぁ♡ あ、もちろん性格も好きよ♡

 特にその生意気なところとか、猫みたいですっごくいいわ♡」


 早口で言って、乙女チックなポーズでうっとりとした目をする眞嚮さん。しかしすぐにハッとして、俺の髪をまじまじと見つめ、


「そういえば、どうしてそんな色をしているのかしらね……?」

「それは――」


 俺は反射的に説明しようとしたが、慌てて止めた。


 俺が知っているのは『前世から魂の"情報"を引き継いでいるため』ということ。これを説明するとしたら、まずは異世界や魂や神様が実在することから話さなければならない。そして次に魂の構成、その後ようやく引き継ぎの話だ。そこまで聞かなければ、異世界になら俺のような髪色も普通にいるのかもしれない、という考えには至らない。


 ――だから止めた。


 ぶっちゃけそこまで説明するのめんどいし、俺説明すんの下手だし、それ以前に眞嚮さんがこんな非現実的な話を信じるとは思えないし。……まぁ、一番の理由は、一般人にそういう話をするな、とシンに口止めされているからだけど。


 話しかけてしまったせいで、眞嚮さんが訝しげな顔を向けてくる。


 やっべなんとか誤魔化さないと、と必死に言い訳考えて――一つ閃いた。

 ふふん、と余裕の表情を作り、腕を組む。


「もちろん突然変異ってやつだ!」


 そうだよこれだよ! いっちばん楽な説明じゃん!

 よく思い出したな偉いぞ俺!


 だがしかし、それだけでは納得しなかったようで、眞嚮さんは腰に手を当て不満顔を作った。


「確かにそういうのもあるけど……それにしたって京ちゃんのは異常よ。色だけでもおかしいのに、身体能力なんて尋常じゃないくらい高いっていうじゃない。そんな人間が自然と生まれるなんて、いくらなんでも有り得ないわ。きっと遺伝子操作とかされたのよ!」

「いいや。華月は正真正銘、自然と生まれた人間だよ」


 拳を握って断言する眞嚮さんに、きっぱり否定を返したのは俺の後ろにいる天才。

 この場の全員の視線を浴びながら、フィルは爽やかにくすっと笑った。


「青い色素を持つ動植物が、極稀に生まれることは知ってるかな?」

「え、マジで? 青バラみたいな人工物じゃなくて? マジで天然?」


 信じられず、思わずフィルに問いかける俺。しかし――


「それくらい知ってるわ。だから、五千歩譲って外見は認めるわよ。眼だけなら、人間でも実例があるわけだし」

「なら話は早いね。そういった偶発的な形質変化が、たまたま度重なって、偶然生まれた遺伝子を持った奇跡の個体――それが華月」


 ムッとして応える眞嚮さん。解説を続けるフィル。華麗にスルーされた俺。


 いいよわかったよ黙ってるよ……


「簡単に説明するとそんな感じ。わかったかい?」


 フィルが優しく問いかけると、眞嚮さんはあごに手を当て、


「つまり京ちゃんは、存在自体が有り得ない人間……ということね?」

「科学的に考えるならそうなるかな。さながら"奇跡の象徴"だね。この世のどこを探しても同一の個体は見つからないし、二度と生まれることもないだろうねぇ」


 その言葉が終わるなり、腕を組んでじーっとフィルを見つめる彼女。

 十秒程の、謎の間が空く。

 やがて眞嚮さんはフッと笑い、


「うちの情報網を使ってもわからなかったことよ、それ。だから、最初はでたらめ言ってるんだと思ったけど……一番納得できる説明だったわ。

 ――貴方、相当やるわね。見直したわ」

「それはどうも」


 フィルは爽やか笑顔で返した。


 おぉすげぇ……さすがフィル。初対面最悪だったのにもう仲良くなった。

 俺は話がぜんっぜんわからなくて、ほけーっとしていただけだったなぁ……


 とか思っていたら、


「それにしても、やっぱり京ちゃん只者じゃなかったのね♡ なにかあるとは思ってたけど……まさかそこまでだったなんて! もう京ちゃん以外考えられないわぁ♡」


 いきなり後ろに引っ張られ、目をハートにした眞嚮さんにがっしりと抱き締められた。器用にもそのまま俺の左肩に頬ずりをして、


「――あ! そうよ! そんな奇跡と出会えたってことは、これはもう結ばれる運命だったってことじゃない!?」

「だから結婚しないって。勝手に決めんなよ」


 嬉々とした様子の彼女に、肩越しに振り向いて俺は言った。


 意見を言ったところでまた軽く流されるだろうけど、言わないよりはいいよな……


 そう思って発した言葉だったが、意外にも眞嚮さんは弱ったような表情を作った。


「……そんなに私と結婚するの、嫌?」

「嫌」

「…………わかった」


 小さく呟くと、眞嚮さんはするっと俺から離れていく。

 俺はすぐに体の向きを変え、じっと俺を見つめる眞嚮さんと対峙した。


「無理強いしても、意味が無いものね……」


 やんわり微笑み、静かに言う眞嚮さん。


 おぉ……ようやく諦める気になったんだな……。よかったよかった。


「じゃあ勝負で決めましょう! 私が勝ったら結婚してね!」


 ……まだ諦めてなかった……


 さっき大人しかったのは夢だったんじゃないかと思うくらい、一瞬で元気に戻った眞嚮さんに、俺は呆れることしか出来なかった。

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