9-2 ハイテンションな変人、矢鏡の姉ちゃん!

 それは、土曜日のことだった。

 明後日にまで迫った追試のため、俺達は朝から矢鏡家の書斎に籠っていた。

 俺は別に午後からでも良かったんだが、矢鏡が午前中からでもいいと言うので、厚意に甘えることにして、朝食後には矢鏡家に訪れ勉強会を始めた。


 書斎には、教わる俺と教える矢鏡の他に、部屋の真ん中付近の本棚に椅子を寄せ、法律の本を片っ端から読むフィルがいる。なんでも矢鏡に『お前はこれを学べ』と指示されたらしく、俺達が勉強している間はいつもそうしてる。


 因みに俺の服装は、ライトグリーンの半袖パーカー(チャック有りのやつ。三分の一くらい開けるのが俺流)に黒いスラックス。パーカーの下は白ティーシャツ。

 矢鏡は長袖の白いシャツ(優等生っぽく裾をしまってる)に紺のズボン。色まで同じなので制服かと思いきや、矢鏡曰く私服らしい。紛らわしいっつーか、もうそれ制服でいいだろ。

 フィルはいつもの薄水色ティーシャツの上に、七分袖の白く長い羽織。ズボンの色はダークグレー。つまらなそーな顔してるけど、イケメンオーラは今日も全開。


 ……おっと、いかんいかん。呑気に見ている場合じゃなかった。手元の紙に集中せねば。


 昨日で六科目の範囲は終わり、今日からは矢鏡作のテストをひたすら解いて、その後解説してもらうという流れになっている。故に、室内に響くのは俺の唸り声とシャーペンが立てるカリカリという音、それとフィルがページをめくる音のみ。矢鏡はぼけーっと窓の外を眺めているので無音。


 おかげでめっちゃ集中出来て、解き始めて三十分くらいしか経ってないのに、一つ目の理科のテストがもう終わりそう。これなら一科目一時間なんて制限いらなかったな。


 余裕の表情を浮かべ、俺は最後の問題を見やり――


 コンコンコン


 丁度その時、ノックの音が聞こえてきた。

 そこそこの距離があるため小さく見える正面の扉に、同時に目を向ける俺達三人。

 一拍遅れて左側の扉が手前に開き、


「勉強中に失礼します」


 という声と共に草加さんが現れる。いつもは微笑を浮かべているのだが、今は何故か困ったような顔をしていた。


「あのー……若様…………その……」


 重たそーに口を動かし、黒い瞳をきょろきょろ動かす。

 どうしたんだろう、と思って見ていると、いきなり矢鏡が椅子を蹴って立ち上がり、


「連絡無かったの?」

「はい、先程突然……」

「……わかった。行っていい」


 わけわからん会話を交わし、指示通り草加さんが出ていく。

 扉が閉まる前に、矢鏡は素早く俺の方を向き、


「華月、今すぐ場所を移そう」

「……え? なんで?」

「説明は後。いいから行くよ」


 淡々と言いつつ勉強道具一式を左手に抱え、空いてる手で俺の手首を掴むと扉に向かって引っ張っていく。


 なにがなんだかさっぱりわからんが……後で説明してくれるならいいか。この場は大人しく流れに身を任せることにしよう。


「ほらフィルも」

「もちろん行くけど……どうしたの?」


 矢鏡が呼びかけ、フィルが不思議そうな顔をする。手に持った本を閉じ、持ったまま俺の後ろを歩く。

 矢鏡は俺から手を離しただけで、質問には答えなかった。完全スルー。

 そのままスタスタと扉に歩み寄り、左側に手をかけると動きを止める。


「……駄目だ」

『……?』


 ぼそっと呟かれた言葉に、思わず顔を見合わせる俺とフィル。


「何が?」

「気付くのが遅かった……間に合わない」


 尋ねてみても、意味不明な独り言が返ってくるのみ。わけわかめ。

 矢鏡は溜め息一つ吐くと、俺とフィルを本棚の方に押しやり、三歩下がって扉と対峙する。

 その直後。


 バァンッ


「おーほほほほほほっ! 久し振りね奏為!」


 両方の扉を乱暴に開け、高笑いを上げながら入ってきたのは一人の女性。

 歳は恐らく二十代半ば。腰まで伸ばした髪は焦げ茶色の天然パーマ。髪と同じ色でやや吊り気味の目は、高いヒールのおかげで矢鏡と同じくらいの位置にある。ボンッキュッボーンという女性の理想体型を真っ赤なドレスで包む、いかにも金持ちのおじょーさん、といった感じの人だった。


 その派手な女性は、警戒する眼差しを送る矢鏡を見返し、


「初めて友達が出来たって聞いたけど、無口でぶっあいそぉぉでつまんなぁぁぁぁいあんたと友達になるなんて一体どんな子なのかし――らぁっ!?」


 早口で言いつつこっちに視線を動かし、俺と目が合うなり驚きの声へと変える。そのまま固まる謎の人物。戸惑ったような矢鏡とフィル。因みに俺は無反応。


 ……だって慣れてるし。どーせこの髪色に驚いてるだけだろう。


 女性の反応待ちのため、しばらく沈黙が続く。

 この間に部屋に入ってくる草加さんとクラウスさん。それとこれまた新顔の黒服が二人。どちらも金髪の女性で、パンツタイプの黒スーツを着て黒いサングラスをかけている。髪型は、一人はゆるくウェーブのかかった長髪で、前はオールバック。もう一人はショートボブ。金髪二人は派手な女性の向こう側にビシッと立ち、こっちを向く。


「き」


 ちらちらと謎の黒服二人を見ていると、派手な女性がようやく口を開いた。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ♡」


 突然の絶叫。びりびりと襲い来る高周波。


「何この子かっわいぃぃぃぃ♡」

「ぐぇっ!」


 そして俺への突然のタックル、アーンド力強い抱擁。勝手に出たうめき声。

 派手な女性はやたら嬉しそうにぐりぐりと俺の頭をなで回し、


「ねぇこれ染めてるの!?」

「いやあのちょっと」

「天然だそうです」


 即座に応えるクラウスさん。俺の声は完全無視。

 おねーさんは相槌も打たずに、俺の髪をまじまじと見つめ、


「すっごく綺麗な髪!」


 次に俺の頭を両手で掴み、顔を近付ける。


「なんて綺麗な青い目!」


 今度は両腕を引っ掴み、


「肌白いし人形みたい! 顔は地味だけどかわいい! めっちゃかわいい!」


 呆気に取られてなすがままになっている俺に再び抱きつき、頬ずりをする。

 俺は止まりかけたのーみそを必死に動かし、弱ったような顔をしている矢鏡を見やる。


「……誰? この人」

「奏為様の姉君でございます」


 答えたのは矢鏡ではなく、黒服のショートボブの方。すっげー事務的な声。


 あー……そういや、姉がいるって言ってたな……


「ねぇ、この子があんたの友達?」


 俺達のやり取りを当然のように無視し、顔だけ矢鏡に向けて問うおねーさん。

 矢鏡はびみょーに間を開け、


「……もう一人いる」


 俺の右斜め後ろに立つフィルを指差す。

 おねーさんは今気付いたとばかりにフィルを見やり、


「はじめまして。僕は――」

「うっわ! 超性格悪そう。あんたみたいなタイプ嫌いなのよねー……誰にでも好かれるって感じの顔とか超つまんなーい」


 多少戸惑いながらも爽やかに自己紹介しようとしたフィルを制し、容赦の無い毒舌を浴びせる。しかも声のトーンまで変えて。

 さすがにこれは効いたらしく、フィルは青ざめ口端を引きつらせた。

 俺は少し驚いた。


 まさか、超絶美形をものともしない奴がいるとは……


「あ!」


 フィルを見てぼーぜんとしてたら、声を上げたおねーさんによって強引に顔の向きを変えられた。

 おねーさんは俺の両肩をがしっと掴み、にこにこ笑って真っ向から俺を見据え、


「そーいえば自己紹介してなかったわね。私は"まさき"」

「漢字はこうです」


 後ろの金髪オールバックが、さっと白いボードを上げて見せる。そこには黒い文字ででっかく『矢鏡眞嚮』と書かれている。


 どっから出した? つーか、あんたらきょーだい揃ってキラキラネームなのか……

 しかも姉が『まさき』で弟が『かなた』なの? 逆じゃね? ふつー男女逆じゃね?

 そういやおばーさんの名前も男っぽかったな……変な家族。


「で、貴方の名前は?」


 眞嚮さんが尋ねる。


「俺? ……華月京」

「漢字はこうです」


 今度は草加さんがボードを上げる。そこには俺の名前入り。


 ……あ、わかった。キラキラネーム家族だから、こーゆーやり取りに慣れてるのか。


 眞嚮さんは俺の名前を一瞥すると、再びこっちを見やり、


「ねぇ京ちゃん♡ 私と結婚しない?」


 猫なで声で、衝撃的な事をさらりと言った。


『…………え』


 揃って呆然とした声を漏らす、黒服二人を除く俺達五人。

 眞嚮さんは固まる俺に構わず、頬を染め乙女チックなポーズでくねくね動き、


「今まで信じてなかったけど、一目惚れってほんとにあるのね♡

 もーすっごい気にいっちゃったー♡」


 そう言うとぐるっと矢鏡に顔を向け、


「だからあんたの友達、私にちょーだい」


 今度は普通の口調で言う。


 ……いや……あの……俺、物じゃないんですけど……


「……華月は物じゃない」


 眉をひそめて応える矢鏡。


 言いたかった事をよくぞ言ってくれた! さすが友達!


「愚弟のくせにまともなこと言うじゃない。ほんっと可愛くないわ」


 眞嚮さんはつまらなそうに吐き捨てて、またまた俺に笑顔を向ける。切り替えはやっ。


「それに比べて、貴方は本当にかわいいわね♡ ずっと一緒にいたいわぁ♡

 だから京ちゃん、結婚前提に付き合いましょう?」


 …………


「やだよ」


 俺は即座に断った。

 今度は眞嚮さんがビシッと固まる。しかし数秒後には動きだし、青い顔でおろおろしつつ真顔の俺を見つめる。


「え……どうして? 私が誰か知ってるでしょ? 矢鏡財閥の後継者なのよ?」

「え? 後継者って、長男の矢鏡じゃないの?」


 不思議に思って首を傾げると、矢鏡がいつもの淡々とした口調で答えてくれる。


「違う。矢鏡家は最初に生まれた子供が継ぐ」

「へぇー」


 俺は相槌を打ってから眞嚮さんに視線を戻し、


「で? それが何?」

「なに……って…………私と結婚すれば、大金持ちになれるのよ?」

「金ねぇ……興味無いな」


 淡々とそう告げると、眞嚮さんプラス黒服二人は驚愕の表情を浮かべ、ずざっと大袈裟に身を引く。


「う……嘘でしょ……?」


 震える声で言う眞嚮さん。

 俺は腕を組み、


「全くいらないってわけじゃないけど……そんなにはいらねぇな。欲しい物とか特に無いし」


 明るくあっはっは、と笑うと、黒服二人は姿勢を正し、眞嚮さんはぷるぷる震え、


「なんて欲の無い変わった子なの♡ ますます気にいったわぁー♡」


 心底嬉しそうに言って、満面の笑みを浮かべる。


 …………なんだろう…………

 なんかめっちゃヤな予感する……

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