6-6 - Shikyou Ⅳ-

 翌週の月曜日からは、授業中以外"あいつ"はずっと他人に囲まれていた。そのせいでうんざりしている様を、シンはどこか別の場所から、俺は人と人の隙間から見ていた。

 何日も同じような日が続き、そして、この学校に"あいつ"が来てから一週間が経った。

 今後どうするかを決められないまま――



 **



 木曜の授業が全て終わり、放課後になった。"あいつ"目当ての生徒達が集まる前に、俺は教室を去り帰路に着いた。昨日までは"あいつ"が学校から出るまでシンと一緒に見ていたのだが、さすがに見飽きたから今日はさっさと帰ることにした。

 シンがどこにいるのかわからないから、そのことを伝えてはいないが……どうやら気配か何かで察したらしい。昨日までなら土手に来たところで合流するのだが、今日は現れなかった。


 一週間ぶりに一人で帰宅し、自分の部屋に入る。机の上に鞄を置き、本でも読もうかと思った途端――


「ディルス大変! あの子がいないの!」


 バンッ、と乱雑にドアを開け、慌てた様子のシンが部屋に入ってきた。

 俺は少し考えて、


「……気付かれて、撒かれたのか?」


 と聞くと、シンは早足でこっちに歩み、


「違う! この世界にいないの! いなくなったの!」


 机の前で足を止めた。机を挟み、俺と向き合う形になる。


「…………は?」


 呆然とする俺に構わず、シンはその時の様子を語り始めた。


「貴方が帰った後、すぐにあの子も学校を出たの。いつもならそこで見るのを止めていたんだけど……なんだが変な胸騒ぎがして、一応あの子が家に着くまでついて行ったんだよ」


 それ『ストーカー』というやつじゃ……まぁいいか。神だし。


「無事に家の中に入ったから、気のせいだったと思って戻ろうとしたら……消えたの……」


 青ざめた顔で心配そうに言うシンに、俺は少し呆れた。

 どれだけ心配性なんだこいつ、と思った。


「……別におかしくないだろ。あいつは転移が使えるんだ」


 俺がそう言うと、シンは左右に首を振り、


「確かにあの子は転移が使える。――でも、今は使えないはずだよ」

「…………どういうことだ?」

「六日前に気が付いたんだけど」

「あぁ、あの時か」


 シンが"あいつ"に、不用意に近付いて見つかりそうになったことを思い出した。


「あの子、通力を使ってなかったんだよ。転生してからずっと」

「……そういうこともわかるのか」

「魂の奥まで見ないとわからないけどね。

 ――多分、自分に備わる通力にも気付いてないと思う。だから、あの子が自分の意志で転移を使ったってことはないはずなんだよ」


 言ってシンは、薄紫色の小さな四角い箱を一つ、机の上に置いた。


 この箱は、壊すだけで誰でも転移が出来る非常に便利な道具だ。シンにしか作れない、大量に作成することは出来ない、一度しか使えないなどの欠点もあり、非常時や緊急時にしか渡されない物――らしい。俺達には不要な物だったからよく知らない。実物を見るのは初めてだし。


 シンは不安そうな顔を俺に向け、


「"地球"は妖魔には見つけらないようにしてあるけど……でも、絶対に見つからないという保証は無いの。だから、妖魔に攫われたという可能性もある――

 今後のことを悩んでる最中で悪いんだけど――お願い、あの子を探すのを手伝ってほしい。これが最後でもいいから……」


 懇願するように言った。

 俺は再び考えて、それから応えた。


「……言っておくが、俺は主護者を止める気は無いよ」

「……え? そうなの? それで悩んでたんじゃないの?」

「違う。あいつ以外と組む気は無いから、補佐と術師のどっちにするかで悩んでたんだ」


 主護者を止めるという選択肢は、最初から俺には無い。

 主護者じゃないと出来ないことがあるから。


「今まで通り協力するし、あいつに関わることなら頼まれなくてもやる。だから、あいつがあいつでいる限りはなるべく傍にいさせてくれ。約束があるんだ」

「……わかった。ありがとう、ディルス」


 シンは礼を述べ、安心したように微笑んだ。この任務を受けるかどうかはともかく、エルナに続き、俺まで仲間から外れないかが気掛かりだったらしい。例え本人の意志でも、仲間がいなくなるのは嫌みたいだな。それを表に出して、他人に押し付けるような真似はしないが。


 神であり、最も長く生きてるとはいえ……精神的には子供に近いんだから、もっとわがまま言えばいいのに……


 そう思うが、ここで言っても仕方ないため、頭を切り替え話を戻す。


「ところで、単独で動いていいのか?」

「非常時だから……」


 言いかけて、シンは何かに気付いたようにはっとした。


「――あ、待って。貴方、フィルとは仲が良かったよね?」

「あぁ」

「フィルは通信機を持っていないから、ずっと行方知れずだったんだけど……二年前にある世界で偶然見つけたの。フィルとなら、一時的に組んでもいいでしょ?」


「それはいいが……フィルが行方知れずだったってどういうことだ?

 あいつ、滅多に任務を受けないから、いつも天界にいたじゃないか」

「んー……詳しい事は後で説明するよ。とにかく、今はフィルも人間に転生しているの。

 フィルがいた世界に送るから、合流した後、まずはそこを探してみてくれる?

 いなかったら、次は魔界を探してほしい。これの使い方はわかる?」


 シンが転移用の小箱を指で差す。俺は小さく頷いた。


「私は別の世界を探しながら、他の皆と――リンに声をかけてみるね。

 魔界にもいなかったら連絡して。迎えに行くから」

「わかった」


 貰った小箱を物質召喚で消した後、シンによってフィルがいるという世界に送られた。



 **



 気が付けば、俺は青々とした木々に囲まれていた。どうやら森の中にいるらしい。視界に入るのは自然だけで、人工物は全く無い。


「さて、どうするかな……」


 足元に生えている短い雑草を見下ろして、ため息混じりに呟いた。


 俺達は人間に狙われることもあるため、霊体である主護者も、人間に転生している術師も、人里に留まらずに旅をするのが普通だ。周りを見る限り、フィルも例外ではないだろう。恐らく、シンはフィルと出会った場所に俺を送ったはずだ。それがこんな森の中だということは、フィルはどこかに向かっている途中だったと取れる。


 つまり、フィルは近場にはいないと考えた方がいい。多分シンは時間をずらしてはいないと思うから、約二年は経過していることになるし。


 問題は、仲間の八割以上が持っている通信機を、フィルは持っていないことだ。何の手がかりも無いため、この星中を探すことになる――という点は"あいつ"も同じだからいいけど……もしもどこかですれ違い、星を一周しても合流出来なかったら困るからな。フィルの思考は読めないし。気配も感じ取れないし。


 幸いなのは、今この場所が昼間なことだ。世界を渡る際、基本的に昼夜も季節も選べない。俺は一般人並みにしか夜目が利かないから、太陽が天頂にあるのはとても有難い。最低でも道は見つけたいからな。


 とりあえず、どの方向に行ってみるかを考えていると――


 突然、左後ろから爆発音がした。かなり小さい音だったし、爆風も熱も感じなかったから、近場で起きたものではない。


 反射的に振り向くと、辺り一帯に生えている木々の上から、細い煙が昇っているのが見えた。煙はすぐに消えてしまったが、爆発が起きた場所を特定するには十分だった。


 俺は迷わず、その場所へ向かって走り出した。念のため気配を消し、なるべく音を立てないように移動する。


 今のが妖魔の仕業であることはすぐにわかった。僅かだが邪気を感じたから間違いない。

 となると、人間が妖魔に襲われている可能性が高い。手遅れになる前に、助けられるといいが……


 今はまだ、折り重なる幹や枝や葉のせいで行く手はほとんど見えないが、爆発地に近付くにつれ徐々に視界が開けていく。周辺の木の数が少なくなってきたところで――


『――じゃねぇか』

『僕の家を爆破した奴が何言ってるのさ』


 話し声が聞こえた。どうやら俺の読みは外れたらしい。

 前者は聞き覚えの無い男の声だが、後者の声は――どう考えてもフィルのものだ。


 会話の内容から察するに、フィルは普通の術師達とは違って旅に出ず、こんな森の中に住んでいたようだな。流石、癖のある奴ばかりが集まった主護者の中で、何を考えているのかわからない奴ランキング第三位に選ばれたマッドサイエンティスト。意外なことをする。


 フィルがいると分かった時点で、俺は走るのを止めていた。前方から感じる二つの気配に気付かれないよう、慎重に距離を詰める。因みに、二つの気配のうち、片方は男のもので、もう片方はフィル以外の――恐らくは人間のものだ。フィルはいつも気配を消しているからな。


 本当は、俺が隠れる必要は全く無いのだが……ある考えのためにそうしている。


 ある程度近付いたら足を止め、太い木の陰からそっと覗いて前方を確認した。

 十メートル先はやや大きめの広場になっていて、その左側には崩れかけの壁が一枚と、建物の残骸っぽい物が積み重なっていた。先程の会話の意味がわかった。


 また、広場の右側には俺に背を向ける禿頭の男――下位魔族だな――と、それと対峙するフィルの姿があった。フィルは真顔で、じっと魔族を見ていた。


 そして――

 フィルの後ろに"あいつ"がいた。


 ……………………なんでここにいる?


 まさか、フィルだけでなく"あいつ"まであっさり見つかるとは――どうした俺の運。五千年分くらいを一気に使ったのか……?


 ――というか、なんだこの状況。どうしたらこうなるんだ。


 フィルが戦うことなんて滅多にないから、いい機会だし傍観させてもらおうと思っていたのに……これなら助けに入った方がいいか……?


 ――いや、下位程度なら"あいつ"を庇いながらでも倒せるだろうし……別にいいか。人の後ろに隠れる"あいつ"も珍しいからな。このまま見物していよう。


 そう結論を出した瞬間、フィルが俺の方を見た。目が合った。


「あ」


 フィルは驚いたように言って、ふふっと笑った。


 気配は消しているし、それなりに距離も開いているのに気付かれた……

 やはりあいつはその辺の雑魚とは違うな。並程度の力しかないと自称しているが、絶対嘘だ。


「僕さぁ、気配とかには疎い方なんだ」


 フィルが言った。

 見つかったからには仕方がない、と手を貸すことにした俺は、フィルが二人の気を引いている間に魔族の真後ろから近付き、広場に一番近い木の後ろに立った。


「直してくれると思うかい?」


 確実に俺に向けられた問いかけに、どうだろうな、と返しつつ木の横から姿を現し、魔族に向かって術を放とうとした瞬間――思わず"あいつ"を見てしまった。


 ……あ、間違えた……


 意識が逸れたため、発動する場所がずれた。そのせいで魔族に余計な時間を与えることになり、指定した空間が凍りつく前に上に跳ばれて逃げられた。


 あー……失敗した……

 後でフィルに笑われるな……


 俺は小さくため息を吐き、氷が砕け散っている間に"あいつ"の今の名前を思い起こした。

 フィルと"あいつ"がこっちを向き、俺は二人に向かって歩を進めた。






 そうだ、確か――

 華月京という名前だったな。

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