3-3 アロイス家

「え? フィルの親に会うの?」


 モーニングセットのサラダをつっつきながら、抑揚の無い声で矢鏡が言った。

 服装は昨日と同じで、学校指定の制服姿。


 因みにフィルも昨日と変わらず。同じ服を何着も持っているらしい。

 なので、服装が変わったのは俺だけ。さっきと同じ格好だ。


「僕の――というより、アロイスの、だけどね。

 フーリの状況を知るには、一番手っ取り早いと思うよ。情報も結構信用出来るし」


 宿の一階にある食堂、昨日と同じテーブルを昨日と同じ位置に座り、皆(シンは食べてないけど)で朝食を取っている最中。

 とーとつに、フィルが提案したのだ。


 すなわち、アロイス家の親父さんに、情報を貰いに行こう――と。


 俺はもっふもっふと、ヨモスギの黒こしょう和えを食しつつ、二人の会話を聞いていた。


「でもお前、帰りたくないって言ってただろ」


 矢鏡の指摘に、フィルは少し困ったように微笑み、


「まぁねぇ……冗談抜きで、面倒だからね。

 今回の任務が、華月を鍛えることだけなら、適当にその辺りを歩けば済む話だけど……

 ついでに、フーリの異変があるかどうかも調べるんだろ?

 でもそれだと、この世界は割と広い方だから、全国を回るにはとてもじゃないけど時間が足りないと思うんだよね」

「んー……確かに。フーリは大きい方だね」


 俺達の食事風景を眺めつつ、にこやかにシンが言った。

 今は周りに人がいないし、マダムさん(フィルが紳士だからそう呼ぶのかと思っていたが、マジでマダムという名前だった)は、厨房の方で昼飯の下ごしらえをしている。

 なので、シンも今は普通に声が出せるってわけ。


 俺はヨモスギをこくんと飲み下し、


「もしかして、世界ごとに星の大きさ違ったりする?」

「星……というか、天体が違う」


 淡々と矢鏡が答えた。

 俺はしばし考えてから、両肘をテーブルの上につき、両手の指を絡めたポーズで、くっそ真面目な顔をして言った。


「てんたいって何だ?」

「……太陽とか、月とか……要するに、宇宙にあるものの事だよ」

「へー」

「人が生まれる星を"地上"とすると、それが出来るまでの過程が世界ごとに違うんだ。だから当然、大きさも形も全く同じものは出来ないんだよ」


 んー……よくわからんが…………ビッグバンのことか?


 俺が疑問符を浮かべたそのままでいると、


「例えば、太陽が無い世界とか、地上が無い世界とかもあるってことだよ♪

 因みに、宇宙すら存在しない世界もあるの。つまりは多種多様ってこと」


 にこにこ笑いながら、シンが補足を入れた。


「ふーん……

 じゃあさ、天界と魔界は? あと冥界……だっけ?」

「冥府、かな。そこだけはね、正確に言うと世界じゃないの。死者の魂を転生させるために、私が創った特殊な空間なんだよ」

「へー、そうだったんだ」


 さすが神様。空間を創るとか……スッゲー!


「うん。で、天界と魔界だけど――

 その二つも冥府と同じで、創られた世界だから、空間に陸地のようなものが広がっているだけで、他には何もないよ」

「ふーん……そっちもシンが創ったの?」

「天界は私らしいけど、魔界は違うよ」


 んー……? らしいって――なんでそんな曖昧なんだ?


「その話より、先に今後の話しない?」


 肩をすくめたフィルが、横から口を挟んだ。

 見れば、すでに二人は食べ終わっていて、食後のお茶を手にしていた。


「いやー、悪い悪い! 俺、気になったらすぐ聞いちゃうタイプだからさぁー!」


 あっはっは、と誤魔化すように笑うと、矢鏡とフィルは俺にジト目を向け、


『知ってる』


 揃って淡泊な反応を返した。


 おーう……自覚済みとはいえ、他人に言われると少し悲しくなるな……

 好奇心が強いからだろうな。女子並みに話が飛んでくのは。

 決して自己中ではないはず。周りを気にしないタイプだけどさ。


「まぁそういうわけで、聞きに行ってみようか。

 異変があれば、そこに向かえばいいし、無ければ無いで、華月の特訓に集中できるからね」


 爽やかに微笑んで、フィルが言った。



 **



 ――と、いうわけで。

 朝食を終えて、俺達が今いるのはここ、アロイス家――の鉄門の前。


 ほぼ町の中心に建つ、そこそこ広い庭に、レンガ造りのでかい屋敷。一般的なサイズの俺の家が、十軒くらいは余裕で入ると思う。いかにも金持ちって感じの家だった。


 フィルは観音開きの鉄門、その左側を押し開け、スタスタと歩んで行く。その後に続く俺達三人。


 見事なシンメトリーになっている手入れのされた庭を通り、まっすぐ伸びた道を進んで、玄関らしき無駄にでかい木の扉の前で足を止める。


 そこで一度振り返り、こっちを見てフィルは言う。


「なるべく話、合わせてね……」


 ややぎこちない笑みを浮かべるフィルに、無言で頷く一同。

 それから、フィルは扉をゆっくり押した。

 人が余裕で通れるくらいの隙間を作り、そして――


「…………」


 玄関ホールで正面に位置する階段の手すりを磨く、若いメイドがこちらを見やる。

 俺はフィルの後ろからひょいっと顔をだし、その姿を確認した。


 年は二十代中頃くらいかな。フツーにロングスカートの上品そうなメイド服を着た、黒目黒髪の女性。髪はぱっつんショートで、目は少し吊りぎみ。


 メイドさんは手を止めたまま、フィルを真顔で凝視していた。

 だがすぐに。


「アロイスおじょうさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ものすごく驚いた顔で叫びだすメイドさん。手に持った布きれをぐっと握りしめ、横を向いて声を張り上げる。


「お嬢様がおかえりになりましたわっ! 皆さん! 出迎えの用意を!」

『了解です、メイド長!』


 どこからか響いてくる複数人の声!

 すぐに近くのドアから、奥の廊下から、次々出てくるメイド達。その数全部で十四人。


 メイドたちは素早く、しかし上品な足取りでホールに集まり、階段へと伸びる濃い緑色の絨毯を挟むようにずらっと並ぶ。


 そして予想通りの――


『おかえりなさいませ! アロイスお嬢様!』


 全員揃っての見事なおじぎ。


 フィルはくるりと振り向き、


「ね? 言った通りだろ?」


 心底めんどくさそうな表情で言った。


 フィル……その発言は、多くの人間を敵に回すことになるぞ……

 ――まぁ、俺はそんなに気にしないけどな。金持ちになったところで、欲しいものがあるわけじゃないし。

 こういう屋敷には少し憧れるけど……俺は割と満足してるからなー……一般庶民でも。


「お久しぶりです、アロイス様。しばらく見ない間に、更にお美しくなられて……

 旦那様も若様もお喜びになりますよ」


 フィルの正面に歩み来たメイド長が、にっこり笑顔でそう言った。


 おや……? 今、フィルの顔が若干引きつるのが見えたぞ?


 フィルもにっこり笑い、いつもの口調で尋ねる。お、これは営業スマイルだな?


「それで、ダズさんはいるかい?」

「はい。丁度今、いらっしゃいますよ。先日旅から帰られたところです」

「あぁ、それは良いタイミングだね」


 言って、歩き出すフィル。

 メイド長は邪魔にならないよう、恭しく頭を下げながら他のメイドたちの横に並び、道を開けた。

 俺は豪華な造りの屋敷の中を、きょろきょろ見回しながら、フィルの後を追う。


 階段を上り、廊下を歩き、いくつかドアを見送ってから、一番奥のドアを開けて入った。

 そこは俺の背丈より高い本棚が並ぶ、図書館みたいな部屋だった。入り口のドアは部屋の真ん中あたりにあるようで、本棚は左右に五列ずつ、こちら側の壁に垂直になるよう並んでいた。


「ちょっと待ってて」


 フィルはそう言い、俺達の返事も待たずに、部屋の右奥に向かって声を上げる。


「ユリスさーん」

「はーい」


 三列目の本棚の向こうから、返事と共にひょいっと姿を現したのは一人の女性。

 ゆるくウェーブのかかった長い茶髪に、同じ色の目をした、優しそうなご婦人だった。

 茶髪と言っても、フィルのように明るいオレンジっぽい色ではなく、焦げ茶色の方が近い感じで、歳はちょっと自信ない。三十……くらいか?

 服装はシンプルな薄ピンクのツーピース。スカートは膝丈くらいの長さ。


「あらー、アロイスじゃない。久しぶりねぇー」


 やたら間延びした声でそう言い、手をぱたぱた振りながらこっちに向かって歩いてくる。


「六年ぶりくらいかしらぁー?」

「え。フィル、そんなに家に帰ってないの?」


 俺の問いに、フィルは乾いた笑みを浮かべるだけで、答えようとはしなかった。


 そんなに嫌なのか……ここに来るの。


「あらー? アロイス、そちらの方はー?」


 ユリスさんが俺達を見やる。やはりその目にシンは映っていないらしく、俺と矢鏡を見比べるだけだった。


「お客さんだよ。それで少し頼みがあって――」

「あーわかったわー。ミージスを拘束しておけばいいのねぇー」


 フィルの発言を遮り、ふにゃりと微笑むユリスさん。


 こ……拘束……っすか。見かけによらずアグレッシブだな……


「うん、よろしく」


 フィルはそう言い、俺達を促して部屋から出て、今来た廊下を戻っていく。


「さて、手は打ったし……情報屋の所に行こうか」

「なぁ、さっきの人、誰だったんだ?」


 俺は歩きながら後ろを一瞥し、尋ねた。


「アロイスの母親」

「母親!?」


 さらりと言われた言葉に、思わず声を上げる俺。


「若すぎじゃない……?」

「若く見えるけど、あれでも五十年は生きているよ」


 わーお……すげー母ちゃんだな。いろんな意味で。


「因みにさぁ、"アロイスの母親"って言ったのは……なんで?」


 フィルは肩越しに俺を見やり、


「僕の――って言うと、少し違う気がするからかな。それに、そっちの方が分かりやすいと思ってさ」

「ふーん……じゃあ、名前で呼んでたのは? 母親なんだろ?」


 そう聞くと、フィルは視線を前に戻し、考え込むかのように間を開けてから、


「……なんとなく、かな……」


 ぽそり、と呟くように答えた。

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