描き終えた瞬間、絵の中の風景

「怜。起きて」


 どこか懐かしい超えで目が醒める。覗き込んできていた男の子に少し心臓が高鳴ったが、すぐにその顔に見覚えがあることに気づいた。

 そして、自分がまた妙な異界に取り込まれたことにも。


「……おはよう。四季。今どうなってる?」

「『創り手』さんの本体と話し合うとこ」

「本体?」


 彼を押し退け、身を起こす。すぐ近くに白いテーブル。そして、それに肘をついてにこやかにこちらを見やる少女が見えた。

 ベレー帽をちょこんと頭に乗せているのは、わかりやすさのためだろうか。彼女が『創り手』で間違いないだろう。


「やあ、おはよう。……さて、若狭わかささんだったか。君たちの仲間が起きるまでおとなしくしていたんだ。これで敵意がないことに納得してほしい」

「どうだが。結局、あなたにとって有利な環境には変わりないでしょ」

「それと同時に弱点も晒しているんだよ、こっちは……ささ、そこの二人も。どうぞどうぞ」


 手首から先のない腕で椅子を示す。怜は警戒しつつ、四季は対照的にあっさりと席に着いた。

 『創り手』は来客たちを見回し、最後に嬉しげな視線を四季に送る。


「中身も、うん。なかなかどうして! ねえ、私の絵のモデルになってくれないか? 君を見てると意欲が湧いてくるんだ」

「え、えーと」

「……それ、後にしてもらえますか」


 深呼吸を一つ。怜はまっすぐ『創り手』を睨みつける。

 ……途中で朽縄御前が近くにいないことに気づいてしまったものの、そこの動揺はなるべく表に出さないよう努めたつもりだ。


「あなたも四季を狙ってるんですよね。他の怪異たちと同じで」

「うん? ああ、七不思議のことか? まあたしかに、全体の方針としてはそうなってるが」

「あなた個人としては違う?」


 三國みくにが口を挟む。その言葉に疑念と、少しの希望が滲んでいた。

 『創り手』は……存外にあっさりと首を縦に振る。


「はっきり言うと、そう。そもそもそっちの子を狙っているのは『魔女』のやつだ。あいつが号令をかけてる。私だって正直、創作活動の方に専念したいんだ。だが力をもらった手前、完全に無視するってわけにもいかなくてね……」

「あ、あの。質問いいですか」

「なんだい少年。モデルとして来てくれるならいつでも大歓迎だよ?」

「いえ、そうではなく。その、そもそも『魔女』がなんで俺を狙ってるかってわかりませんか。一回顔を合わせただけなのにここまで狙われたこと、あんまりなくて」


 普通の人間はそもそもそんな頻繁に怪異から狙われない。喉元を出かかった言葉を怜は必死に抑えた。退魔師としても知っておきたい情報である。

 『創り手』は顔をしかめ、神経質そうに周囲と空を見やってから、テーブルの上に身を乗り出した。


「答えよう。だが、あまり大きな声を出さないように。君に執着してるのは『魔女』本人じゃない。あいつに力を貸してる存在だ」

「……それは?」

「退魔師の君たちなら想像がつくんじゃないか? 魔女が契約を交わす怪異だ。わかるだろ」


 怜は反射的に三國を見やる。結果として、視線があった。その交錯だけで、想像した怪異が一致したことがわかった。

 そしてそれが本当ならば、冗談ではない。確実に自分たちの手に余る。

 三國もまた身を乗り出し、囁き返す。


「……つまりその『魔女』、本物なのね? 本当に……『悪魔』と契約を交わしてる?」


 『創り手』は渋い顔で頷いた。


 現代の退魔師にとって悪魔は馴染みの薄い怪異だ。妖精族エルフと同様、共通の異界を持つ一大派閥……というのが通説となっている。

 裏を返せばそれ以外の情報がほとんどない。理由は単純。現代における出現が極めて稀だからだ。だが、古から伝承に残されている種であることには違いない。怪異にとって歴史の重さはそのまま力に繋がる。

 

「一応聞くけど、名前とか……」

「答えられるものか! 聞きつけられんとも限らないんだぞ!? もしそれで機嫌を損ねてしまったら……わ、私はともかく、私の芸術作品こどもたちが……! それだけは駄目だ!」

「わ、わかった! ごめんなさい、軽率だったわ!」


 取り乱し始めた『創り手』を、三國が慌てて宥める。怜は目を細めた。あの反応からして、少なくとも強大な怪異であることは間違いない。

 ふと気になり、四季を見つめる。


「ねえ四季。まさかとは思うけど、また子どもの頃に悪魔と仲良くなってたとかそういうオチじゃないよね? 偶然読んだ本がなんかの魔道書だったとか」

「ない……と思う。少なくとも自分からそう名乗った怪異はいなかったかな。父さんからもそういう類のはもらったことないし」


 なにをしているんだ、四季のお父さん。

 先んじて可能性を潰そうとしたらなぜか新たな謎が返ってきた。一度、退魔師連盟は彼の実家周りを徹底的に洗ったほうがいいのではないか。


 閑話休題。


 落ち着きを取り戻した『創り手』に、四季はぺこりと頭を下げる。


「……とにかく、ありがとうございます。そっちの事情はわかりました」

「う、うん。その、気をつけたまえよ。かの者はだいぶ気性が荒いし、強大だ。学校での身の振り方には最新の注意を払ったほうがいい」

「こいつの場合、身の振り方以前に怪異のほうから寄ってくるから」


 思わず本音が口をついてしまった。

 恨みがましい四季の目から意識を逸らしつつ、怜は咳払いをして気を取り直す。


「……ええと。私たち退魔師としても、彼の危機を見過ごすわけにはいかないんです。かと言って、無闇にあなたがたと事を構えたいとも思っていない。そうだよね、若狭さん?」

「そう! 要点はそこなのよ。つまりね『創り手』さん。話を聞く限り、あなたも式神を傷つけられたくないんでしょう? そこに交渉の余地があると思うの」

「……停戦協定を結びたいと、そういう解釈でいいか?」

「さっすがぁ! 芸術家さんは頭の回転も速いってわけね!」


 三國が妙にはしゃいでいる。まあ、話が進めたかった方向に転がり始めているのだ。そうなるのも無理はないのかもしれない。変なところで見た目相応……もとい、子どもっぽい。

 ともあれ。七不思議の一派を沈黙させることができるならば、残る怪異たちへの対処も楽になる。

 少しの沈黙の後、『創り手』が口を開いた。


「三つ。条件がある」

「言って」

「一つ。私はこれまでどおり創作活動を続ける。そちらはこれを妨害しない」

「……式神は作り続けるってことね。まあ……人を襲わないんなら……」

「そういう意図であの子たちを産んでないぞ私は。二つ。私の芸術作品こどもたちを傷つけない。代わりに、こちらも手出しをしない。ただ、見るだけなら歓迎だからちょくちょく美術室に人を送ってほしい。感想もあればなおいいぞ」

「あー、式神どうこうの前にあなたの作品だからってこと……わかったわ。ここまではいい。三つめは?」


 不意に、『創り手』が四季を凝視する。いやに熱っぽい目だった。


「そちらのトラブルが終わってからでいい。あの子をモデルに貸してほしい」

「はい質問! 絵でもなんでもいいけど、どっちの姿で描くつもり?」

「無論両方だ。その心もあの身体も、今はどちらも君だろう?」


 四季の問いにむしろ意外そうに『創り手』は言った。

 怜は眉間にしわを寄せ、四季を睨む。意図はわかる。どうにも今の『身体』が気に入っていない彼にとって、それを作品として残されるのは抵抗があるのだろう。

 だが、今は我慢してもらわなければならない。


 結局のところ。だいぶ渋った四季も『創り手』の口説きや怜の圧力に押されて首を縦に振った。そのときの『創り手』の喜びようといったら。

 とにかく。七不思議第二の怪異とは至極穏便に決着をつけることができたのだった。

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