美術室、展覧怪

 怪異の気配で目が醒めるということは滅多にない。四季しきにとってそれはいつも身近にあるものだからだ。

 ではなにが彼女かれを現実に引き戻したかといえば、目なのだろう。四方から注がれる無遠慮な視線。

 四季は眉間にしわを寄せた。心地よいまどろみから引き戻されるのはいつだって不快だ。周囲を睨みつける。


 場所は美術室。なのだろう。しかし広がっているのは異界の風景に違いない。でなければ、地平の限りに続く机の群れなどあり得るはずもない。

 周囲には緊張の面持ちで警戒しているれん三國みくにがいる。いつものごとく悠然と佇むエルがいる。どこを見ていいかわからず、おろおろしている真名子まなこがいる。

 視線の主はもちろん彼女たちではない。それらはやや距離をとり、周囲を取り囲んでいた。


 例えば石膏像のような怪異がいる。欠落していたのだろう腕は粘土のような物質で補われており、それが翼のように変形している。下半身から足の代わりに垂れ下がるのは同じく粘土製の触手だ。

 例えば巨大な少女のような怪異がいる。肌は薄いピンク色。フリル付きのワンピースは目玉模様で埋め尽くされている。が、それよりも特筆すべきは額に開いた第三の目だろう。巨体を支える脚はまるで恐竜かなにかのように変質していた。

 例えば絵の具の塊のような怪異がいる。さまざまな色が混じり合い、形容しがたい色彩を生み出している。身体のそこかしこから目玉と思しき模様を作り出し、こちらを熱心に見つめている。


 普通の人間であれば、こうした異形たちに囲まれている状況を悪夢と評するのだろうか。が、四季にとっては普通の光景に過ぎない。

 彼女かれはひとまず顔見知りの怪異……首から大輪の花を咲かせる阿我部あがべを見いだし、口を開いた。


阿我部あがべさん。この怪異ひとたちはお友達?」

「はい。私と同じ『創り手』さまの作品です。よければじっくりと見てあげてくださいね」

「……それは別の日にしてもらってもいい? 正直、すっごく眠くて」


 脇腹をつつかれる。見ると、三國が物言いだけにこちらを睨んでいた。口の利き方に気をつけろ、ということだろうか。知ったことではない。

 阿我部のほうもさして気にした様子はなさそうだった。彼女は困ったように腕組みをしてみせる。そのポーズは奇妙にさまになっていた。


「そうですね。『創り手』さまとの面会のほうが大事でしょう。お迎えに上がる前にお声がけしていたので、すぐいらっしゃるかと思うのですが……」


 躊躇いがちに言った、その直後だった。

 なんの前触れもなく四季の眼前をなにかが落ちていく。床に落ちたものを見て四季は目を細めた。

 誰のものともしれぬ手。左右がそれぞれ一つずつ。


 これはなにか。問いただすより早く、手が動いた。四季の顔の前まで浮かんだそれは、右の掌を突きつけてくる。

 目があった。


「ふぅーむむむ! 君が例の子か。なるほど麗しいな! その身体は誰に繕ってもらったんだ?」


 無遠慮な声が視線の向こうから投げかけられる。

 やや首を傾けて、四季は声の主を知った。同じく浮遊した左の掌。そこに刻まれた亀裂。それが口だと悟るのに、そう時間はかからなかった。

 つまり、この怪異が。


「あなたが……『創り手』?」


 問うたのは四季ではなく、怜だ。その瞳には疑念の色が濃い。

 右の掌が見返し、左の掌が平然と答える。


「いかにもそのとおりだ、退魔師くん。私こそ『創り手』。この美術室の主である」

「……あと、この高校の七不思議のお一人でもあります」

「補足をありがとう、百華ももか。まあそれはそこまで大事ではない」

「いや、こっちにとっちゃそれが一番重要なんだけどね」


 苦笑混じりに声をあげたのは三國。彼女は身構えていた怜を手振りで抑えたあと、平然とした様子で四季の横まで歩いてくる。

 そして不思議そうにこちらを見やる『創り手』の目を覗き込んだ。


「この子があなたのお友達に迷惑かけられたの、聞いてるかと思うけど」

若狭わかささん……」


 四季は止めようとする。もう済んだことを掘り返すのは、彼女かれ自身にとっても居心地が悪い。

 が、三國はむしろそれ以上の制止を一瞥で封じた。


「正直、退魔師わたしたちとしてはこういう会合の場を設けるのも好ましくなかったわけ。だってほら、ここあなたの陣地なんでしょ? 現に取り囲まれちゃってるし。あなたの手下に」

「……なにが言いたい?」

「あなた自身がどうかは別として、この子は『七不思議』に狙われている。そこのとこ、便宜を測れない?」

「…………ああ、『魔女』のやつのことを言ってるのか? うーむ」


 ぽとり、と右の掌が地に落ちた。その爪が床に触れた途端、色彩が流れ出す。

 目を見張る四季たちの前で、流れ出た色は一枚の絵となった。


「込み入った話になるな? そういう話は、もう少し閉じた場所でしようじゃないか」


 四季は呆然と床の絵を見やる。風景画。青空の広がる草原。そこにポツンと置かれた白い机と椅子。そこに腰かけた、一人の……

 そこまで認識したとき、四季しきの意識は遠のいた。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

 風が頬を撫でる。それを感じ取った瞬間、四季は跳ね起きた。自分の身体を見下ろし苦い顔をする。

 中学生時代のジャージ姿。それはいい。重要なのは今の自分の身体がだということだ。つまり。


「う、うーん……」


 呻きに何気なく視線を送り、眉をひそめる。草原の上に横たわっているのは怜と、あと一人。見知らぬ妙齢の女。

 ……いや、どことなく面影がある。まじまじと四季が見つめる中、彼女はうっすらと目を開いた。


「んん……ここは?」

「『創り手』の絵の中だと思いますよ、若狭さん」

「ああそっか。面妖な術を……!? えっ!? 誰!?」


 跳ね起きざま、女は後方に宙返りして距離を取る。その見事さに思わず四季は小さな歓声をあげた。

 少しして警戒の眼差しに気づいた彼は、苦笑しつつ言う。


「四季です。日条 四季。もともとは男なんで」

「えっ……は? ちょっと待って……たしかに嘘はついてない、って、あああっ!?」


 目線の高さで異常に気づいたのか。自分の身体を見下ろした三國が絶叫した。

 直後、彼女の頭上に水球が生じる。それは一直線に落下し、弾け、彼女の姿を覆い隠した。四季は思わず手で顔を覆う。


 ……水煙がなくなったあと、そこにいたのはいつもの三國だった。すなわち、年の割には小柄で童顔の彼女である。

 荒い息を吐いていた三國は、怜を見やる。彼女がまだ意識を取り戻していないことに安堵した様子を見せ、やがてこちらをきっと睨みつけた。


「……日条ちゃん。じゃない、日条さん。今のことは誰にも言わないように。あなたの今の姿だって怜ちゃん……じゃない! 草江さんに知られたら大変でしょ?」

「いや、怜はもう知ってますけど。別に隠す気はないですし……」

「えっマジで? と、とにかく他の人には内緒ね! 本当! お願いだから! ……ったくもー、いきなり精神なかみだけ結界に引きずり込むやつがあるか……!」


 両手で顔を覆ってしまう彼女を見て、四季はなんとなく事情を察した。おそらくあの妙齢の姿が彼女の素。というより、『実際の年齢』を表しているのではないか。

 まあ、人の秘密を他人に明かして楽しむ趣味はない。それよりも怜は大丈夫だろうか。心配だ。


 と。


「突然の招待、失礼した。まあ、あれだ」


 背後から声。振り向くとそこには白いテーブルに椅子が三つ。そしてテーブル越しにこちらを見やる女が一人。

 四季は目ざとく確認する。テーブルに肘をつく彼女の腕には、手首より先がない。


「私のほうも本体を晒していくことにしたんだ。これできみたちと対等、ということにしてほしい。……さあ、席についてくれ。話し合おうじゃないか」


 人懐こい笑みとともに、『創り手』はそう言った。

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