小さな会談、化物寺

 穿たれた穴をくぐり抜けると、綺麗な夕焼け空と廃墟同然の寺が四季しきを出迎えた。肌に触れる空気が、異界に足を踏み入れたことを知らしめる。

 振り返ると、エルは興味深げに異界を覗き込んでいた。招こうとしたそのとき、背後に気配。


「今日はこちらからお帰りですか、若旦那」

「あ、めぐりさん。ただいま」

「ええ。おかえりなさいませ」


 音もなく現れた薄青い鬼女に、四季は笑顔で言った。

 対する彼女は丁重な礼を返したあと、目を細めてエルを見やる。


「そちらのお方……は、ご友人ですな。こちらに移ってくる前、遠目にお見かけしたことがあります」

「ほう、お前が。時折シキを狙っていた不埒者か」


 その言葉に四季は背筋を冷やす。しなやかに割り込んできたエルは、そのまま鬼女と対峙した。

 巡が小さく嗤う。


「そういきり立つことはないでしょう。今はほれ、こうして若旦那にお仕えする身で」

「戯言を」

「本当ですってば。ああ、そういや名乗っておりませんでしたな。あたしは青行灯の巡と申します。以後お見知り置きを、エル・ケーニヒ殿」


 人を食ったような大仰な一礼。エルは冷たくその様を凝視する。

 張り詰めていく空気。おろおろとする四季に、巡は笑顔を向けた。


「時に若旦那。このお方を連れて化物寺へお戻りになったということは、学舎で妖精そちらと同盟を結んだということですな」

「え? あー、うん。そういうことになる、かな」

「結構! 流石のお手際です。しかしそうなると、協定が必要になります。そのあたり、どうされるか決めておられます?」

「協定……」

「えぇ、えぇ。なにせそちら様の陣地をお借りして出入口を取り付けたわけですから。なにかあったときのためにいろいろ取り決めは必要になりましょう」

「……よく回る口よな」


 最後の言葉はエルのものだ。明らかにうんざりとしている。

 対する巡は笑みを深めるばかり。


「そうはおっしゃいますが、仮にも我ら山ン本組は若旦那を筆頭とする百鬼夜行……ああ、そちらの言葉だとワイルドハントが近いかもしれませんが」

「もういい。つまりここは貴方らの土地であり、シキの治める領土。それ相応の対応をせよ、ということだろう。……私の名を知るならば、私の立場も知っているだろうからな」

「話が早くて助かります。申し訳ございませんが若旦那はそのあたりまだ不慣れでございまして。よろしければあたしが代わりに交渉などを」

「抜け抜けと! まあよい、ならば議場に案内せよ」

「喜んで。……後ろの皆様も、どうぞいらっしゃってくださいな」


 鬼女の言葉に、四季は慌てて振り返る。

 いつの間にか、出入口付近にアドリアが立っている。それだけではない。透明な翅を持つ小妖精や、小人。そうした怪異もおずおずとこちらを覗き込んでいた。

 エルになにかあったときのため、だろうか。四季は心中で溜息をつく。どうにも、昔とは勝手が違う。


 

 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 山雛高校園芸部……エルの言葉を借りれば『近衛兵団』との会談は存外に速く終わった。

 頭領として参加することになった四季にとっては、肩透かしを食らったよう心持ちだ。もっとも、トラブルにならなかったことはありがたい。


 取り決めの内容は至極単純。山ン本組と園芸部は同盟を結び、危機に直面したときには互いに協力しこれに立ち向かう。細々とした取り決めもあったとはいえ、大意はこうだった。

 そんなわけで、境内は賑やかになっている。すでに学校から戻っていた学生怪異たちや、寺を間借りしてた元アパートの住人たちが園芸部との親交を深めるために宴を始めたからだ。


「少し増えたくらいなら別にいい、とは言ったけれど。ここまで増えるとさすがに料理の準備が面倒ね……」

「にゃ! それなら山猫デリバリーサービスにお任せ! お安くしておきますにゃー」


 一〇五号室出入口前。心底面倒くさげな御影みかげに、揉み手をしながら千里ちさとが売り込みを始めている。

 また、視線を転じてみれば。アドリアが銀色の怪異……巡の部下である居待月いまちづきへとなにやら交渉を持ちかけていた。


「……つまり、ここには少しばかり緑が足りないのです。ですので。ちょうど、そう。あの辺りの一角ですね。あそこに我々の手入れを許可していただければと」

「あー、えーと、その。なんで俺にその話を……?」

「あら? 貴女がここの園丁ガーデナーなのでは……」

「御庭番ってそういうんじゃないからな!? そういうのはまず女将めぐりさんに話通してくれ!」


 複腕の一対で頭を抱えつつ、居待月が狼狽する。いつの間にかその足元には、小人や小妖精たちが詰め寄っていた。

 助けに入ったほうがいいだろうか。本堂前の石段に腰掛けながら、四季はぼんやりと考える。

 周囲には賑やかなざわめきが広がっている。初めてここを訪れたときとは大違いだ。


「若旦那の人望の賜物ですな」


 声が降ってくる。見上げると、巡がすぐそばにいた。夕日で顔はよく見えないものの、その声音は普段より柔らかい。少なくとも、四季にはそう聞こえた。


「……嬉しそうだね?」

「ええ、それはもう。かつての日々を思い出すようですよ。今後もこの調子でお願いいたしますね、若旦那」

「俺、なにもしてないんだけど……」

「ふふ! でしたら普段どおりで構いませんさ。ときに若旦那。せっかくこちらにいらしたんです。よろしければ本堂のほうで少し」

「ああ、いた。四季、ちょっといい?」


 不意に飛び込んできた耳慣れた声に、四季は目を丸くする。巡がやや不機嫌そうに身じろぎした。

 足早にこちらに歩み寄ってくるのは、れん


「なんであんたがここにいる? どこから入ってきた」

「もちろん、あの庭園の入口から。『後ろの皆様もご自由に』って言ったの、お前でしょ?」


 低い声の鬼女に、怜は淡々と答える。

 たしかに彼女のあの場にいた。巡もそこまで注意が回らなかったのだろう。

 しかし、そうすると。四季は怜を見やる。


「もしかして、三國みくにさんも……?」

「ご明察! いい機会だからね、お邪魔しちゃった」


 ひょい、と。怜の背から小柄なクラスメイトが顔を覗かせる。

 思わず漏れた苦笑は、近くで響く唸り声にかき消された。


「あんたも退魔師か! ええい、忌々しい……」

「そう邪険にくることないじゃない。いくらなんでもここでドンパチする気はないわよ……それにしても、山ン本組とはまた。ええと、青行灯の巡さんだっけ? 青行灯。へー」

「その上やかましいときた! 若旦那、なんですこいつは」

「ええと、クラスメイトの若狭わかささん」

「クラスメイト? となると、級友ですか。ふむ」


 巡が石段を降り、怜たちの前まで歩み寄る。

 しげしげと三國を眺めていた鬼女の口の端が、皮肉げに歪められた。


「級友、ねぇ」

「……おーし、喧嘩売ってるなら買うわよ。暴露合戦でもする?」

「そいつはやめとこう。互いに利がない……で、なんの用だい退魔師ども。若旦那の手前だ、話は聞いてやる」

「あ、本当? それはちょうどいいわ。あのね、日条くんから聞いてる? 山雛の七不思議の」

「ああ、交渉の場を設けるとかいうあれかい」

「そう、それ」


 退魔師と怪異の会話に、四季は話の流れを読み取った。

 無言で怜を見やる。彼女は頷いてみせた。


「なんだかんだで『近道』もできた。やるんなら早いほうがいい。……今夜、『創り手』のところに行こう」

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