放課後、校内庭園

 放課後。四季しきたちは夕陽の照らす校庭の片隅を進んでいた。先頭を歩くのはクラスメイトにして怪異、エル。


<ねえ、四季>


 脳裏にれんの思念が響く。四季は驚かない。彼女にとってエルは見ず知らずだ。警戒心を抱くのも当然だろう。


<こいつが四季の知り合いってのはわかってる。けど、どういう怪異なの?>

<ええとね、怜。それは……>

「これから行く先ですぐに理解できるだろう。故に今、シキから説明を受けることもあるまい」


 エルの呟きが怜の顔を強張らせた。怪異はこちらを振り向くこともない。

 ついてきていた三國みくにの口元が皮肉げに歪む。


「なんだ、念話を聞き取れるタイプか。だとしたらごめんね? 授業中とかうるさかったでしょ」

「気にすることはない。我とて興味のないことに聞き耳を立てる趣味はないからな。とはいえ」


 肩越しに振り向く。紅い目が四季を見据えた。


「我が友が助けを欲しているというのであれば、手をこまねくことはできん」

「あはは……うん、ありがとう。あんまり迷惑かけたくなかったんだけどね……」

「遠慮することなどあるまい。貴方と我はもはや同胞のようなものだ」


 相変わらず堅苦しく、芝居掛かった言葉に照れもない。なんとなくこちらが気後れしてしまう。

 苦笑する四季の脇腹を、三國の肘がつつく。そのまま彼女は囁いた。


「なんとなく正体は察したけどさ。日条にちじょうさん、どこであんな子と知り合ったの? しかも相当信頼されてるみたいじゃない」

「……え、と。実家の裏山?」


 正直に返すと、怪訝な顔をされた。まあ、仕方ないのかもしれない。

 そうこうしているうちに、目的地にたどり着いたようだった。エルが振り返り、手で周囲を指し示す。


「ここであれば。抜け道を作ることに問題はあるまい」


 そこに広がっていた光景に、四季は思わず吐息を漏らす。

 端的に説明するのであれば、庭園だ。学校の校庭の隅にある意味がわからないほどに整えられている。風にそよぎ、夕日に照らされた草木は、どこか別の風景を切り取ってきたかのように美しかった。心なし、空気さえ澄んでいる気がする。

 感心したように声を上げた三國が、眉をひそめてエルを見やる。


「……本当に平気? ここってあれでしょ。園芸部の活動場所。勝手に変なことしたら、他の怪異にめちゃくちゃにされない?」

「問題はない。なぜならば」

「あら、おかえりなさいませ姫さま……まあ、それにシキさまも?」


 のんびりとした驚きの声。見やると、こちらに歩み寄ってくる学生が一人。癖のない金色の髪とその顔立ちで、一眼で日本人でないとわかる。

 が、四季を驚かせたのはそこではない。無論、彼女の髪から覗く耳がエルのそれと同じように尖っていることでもない。


「……アドリアさん!? え、どうしてここに?」

「我がそう命じたからだ。時にシキよ。校内では先輩と呼んでやれ。此奴のほうが先にここへ入学していたのだから」

「姫さまったら……ああ、でもあまり畏まっていたら妙な目で見られてしまうかしら。なら、少し失礼して。久しぶりね、シキさん」


 穏やかな笑みとともに四季のもとに来た彼女は、ごく自然な様子で彼女かれを抱擁した。

 単なる挨拶、とはわかっていても流石に照れくさくなる四季である。特に事情を知らない二人が後ろにいるし。

 案の定、怜はぽかんと口を開けていた。不意に正気ついたらしい彼女はわざとらしく咳払いをしてみせる。


「ん、んん……上級生にも四季の『友達』がいたとはね。ええと、はじめまして。草江くさえ 怜です。四季の、その、幼馴染で」

「で、こっちは若狭わかさ 三國。単なるクラスメイト。まあ、お見知り置きを。……と、いうかさあ……」


 深々としたお辞儀を終えた三國は、なんとも言えない笑みとともに四季を見た。


「日条さんさ、本当どこでコネ作ってるの? この人たちはアレでしょ。『妖精族エルフ』だよね?」

「うむ。知識ある者には別段隠すつもりもない」


 エルは平然と頷いてみせた。

 住処となる結界を創り出し、境界を利用して人間の暮らす現世うつしよを行き来する。それが怪異の基本的な性質だ。

 そして怪異の中には、結託して強固かつ広大な結界を作り出す者がいる。ときに国すら跨ぐ規模の結界すら、発生しうる。


 そうした共有結界に住まう怪異たちを、退魔師は一つの種族として認定する。『妖精族』はその代表的なものだ。


「まさかこんな人里で妖精族と相見えるなんてね。というか、上級生にいるってことは……」

「単身で人間の巣の中に足を踏み入れるわけにはいかぬ。いや、我としてはそれでもよかったのだが」

「ひ・め・さ・ま?」

「……うむ。まあ、こういうことだ。我にもしものことがあった場合、困る者もおるのでな。こうして慎重な策を取らざるを得なかった」


 アドリアが笑顔で向ける圧力にややたじろぎを見せつつも、エルはあっさりと言った。

 横合いで聞いている怜は複雑な表情だ。怪異が学校の各所にこうまで根深く食い込んでいるのを知れば、退魔師としては放っておけないのだろう。本来ならば。

 対して三國は笑顔だ。


「ふうん、なるほど。なら『私たち』とも交渉の余地がありそうね」

「そうだな。我らとしても貴方らとことを構えるつもりはない……が、その話は後で時間を取らせてもらうとしよう。ひとまずは、シキ。こっちへ」


 エルが四季の手を取る。そのはずみでようやく四季はアドリアの腕の中から脱出できた。彼女がちょっと悲しそうな顔をしていたのは、見なかったことにする。

 そのまま手を引かれ、庭園の奥へ。


「……けどエル。わざわざアドリアさんたちにこんな場所を作ったのって、もしかして」

妖精郷アルフヘイムへの門を作るためだ。こうでもしなければ、こうしてお前の元には来れなかったのでな。許せ」


 まっすぐな眼差しを向けられ、四季は黙って頷いた。少しだけ、顔が熱くなるのを感じる。どうにも真正面から来られるのは、慣れない。

 不意にエルが口元を緩め、立ち止まる。不思議に思った次の瞬間、四季は彼女に抱擁されていた。


「アドリアを見て思い出した。そういえば挨拶が済んでいなかったからな」

「そ、そう、だね……あの、やっぱりこれ、恥ずかしい……」

「ふふ。それはすまない」


 エルの顔が近づく。左の頬に唇が触れる。

 ……妖精と人間では習慣も違うとはいえ、やっぱりこの挨拶は慣れない。少しくらくらしてくる。


「それにしても、シキが領土を得る日が来るとはな」

「領土って……そんな大層なものではない気がするんだけど」

「人の身で異界に足を踏み込み、己の地とする。ひと昔前ならば物語として語り継がれてもおかしくはないのだぞ。……まあ、その話はお前の地でするとしよう。この辺りに門を作るといい」


 促され、四季は手の内に小槌を呼び出す。

 学校生活のためとはいえ、また複雑な関係ができてしまいそうで。今から頭が痛くなってきた。

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