翌朝、教室入り口
無事に帰宅し、夕食を囲みながら学校での出来事を報告し、就寝。
入学して数日。久しぶりに穏やかに過ごせた夜だった。新たに憑いてきた怪異、ヒンナについて
そして翌朝。
「
教室に着いた四季たちの前に現れたのは、一輪の花だった。もっとも首から上に限っての話だが。
一緒に登校してきた
「いえ、その。
「気にしないで。癖みたいなものだから。で? 何の用?」
「怜……」
冷たく返す怜の袖を引き、四季は眉間にしわを寄せる。少なくとも阿我部に敵意がないのは明らかだ。
その間もこちらに注意を向けるクラスメイトはほとんどいない。
それは阿我部自身もよくわかっていることだろう。無駄に怯えさせることはない……はずだ。
「ごめんね。怜はあんまり気にしないであげて。……ええと、なにか伝言がある、でいいの?」
「……はい、その通りです。『創り手』様が是非、貴女にお会いしたいと」
「本当に?」
思わず目を丸くする。『人形遣い』……もとい、
とはいえ、それも怜の警戒を解くまでには至らなかったようだ。彼女は花の怪異を睨めつける。
「念のため聞きたいんだけど。四季一人で来い、とか言わないよね?」
「い、いえ。そのあたりは特に触れられておりませんでした。わたくしから言わせていただくと、むしろ大勢で来ていただいたほうが喜ばれるかと……」
「……よくわからないけど、それなら私も同行させてもらうよ。いいよね?」
その問いかけは四季と阿我部、二人に向けられたもの。
四季は無言で頷いてみせる。断る理由もない。阿我部もまた同じだ。彼女は単純に威圧感に負けただけかもしれないが。
ふう、と退魔師は息を吐く。
「よかった。で? 私たちはいつ、どこであなたのご主人と会えるの?」
「丑三つ時に美術室へ来ていただければ。日はいつでもよいとのことでしたが……魔女さまの集会がいつあるかもわかりませんので、早めのご来訪をお待ちしております」
ぺこり、と花の怪異は頭を下げる。
四季と怜は思わず顔を見合わせた。丑三つ時に学校。どうやって?
それを話し合う時間は今はない。ホームルームの予鈴が鳴った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「予想して然るべきだったね。向こうにとって都合のいい時間ってのは怪異感覚のそれだって」
昼休み。怜が苦い声で呟いた。
今日は教室で腰を落ち着けてランチタイム。怜や三國のもとに出向いて一緒にお弁当を食べることにしたのだ。
……集まってくるかと思った怪異たちは、少し離れた位置でこちらの様子を伺うにとどまっている。やはり退魔師は信頼するに値しない、ということだろうか。少し、複雑になる。
やや気分の落ち込む四季を置いて、三國と怜は話に花を咲かせていた。もっとも、内容は至極真面目なものだ。
「だからって断るわけにもいかないでしょ。せっかくのチャンスには違いないし。下手に向こうの『善意』を無碍にしたら、余計な敵が増えちゃうかもしれないんだし」
「それはそうなんだけど……そんな夜遅くに四季を連れてくの、まず間違いなく道中で怪異に目をつけられるよ。生徒会長に言って、残してもらえないかな……」
「いっくら
誤魔化すように三國がお茶に口をつける。四季はふと生徒会長の顔を思い出す。あのときもそうだが、いつも調子が悪そうな彼女。たしかに負担はかけたくない。
三國が思いついたように手を打った。
「あ、そーだ。じゃあこうしよう。一年退魔師組を集めて、露払いを任せる。その間に
「……まあ、現実的かな。向こうも人数までは指定してこなかったし」
『失礼ながら、それはおやめになったほうがよいかと』
ごぽり、と粘着質の液体が蠢く音とともに涼やかな声が会話を遮る。
数秒後、四季の隣に湧き上がった泥が凝縮し、クラシックメイドの姿を取った。
三國が片眉を跳ね上げる。
<あなたも結構人前に出るのに頓着しないタイプ? ヒンナさん>
『ご安心を。霊感の衰えた皆様には視えない仕様です。……重ねて申し上げますが、夜間の学校付近にあまり退魔師の皆様をお呼びになるのは中止されたほうがいいかと』
<理由は?>
『ほぼ間違いなく
平然とした言葉に、三國の口元がわずかに引きつる。
怜が眉間にしわを寄せ……思い出したかのように指でそれをほぐし始めた。
<そんなものまで仕掛けてるの、『魔女』のやつ>
『私のオリジナルが内上様の代理として集会に訪れたときの情報が更新されていないのであれば、ほぼ間違いなく。無視できぬ数の対抗勢力が入りこんできた場合、そのまま大規模戦闘へと転じるためのものだと』
<目的が物騒すぎるでしょ。なに、戦争でもしたいの『魔女』は>
ぼやくような三國の念話に、ヒンナは小さく肩をすくめてみせただけだ。そこまでは知ったことではない、ということらしい。
四季は考える。無論のこと、
とはいえ、どう深夜の学校に忍び込んだものか。ヒンナが不意に口元へ差し出してきたミートボール(自分の弁当に入れていたものだ、もちろん)を半ば無意識に食べ、さらに思考を巡らせる。
ややあって、思いついた。
「小槌を使えばなんとかなるかも」
「……ああ、それがあったか」
怜がぼそりと呟く。三國は不思議そうに目を瞬かせていた。そういえば、彼女には見せていなかったかもしれない。
謎めいた
『化物寺』と呼ばれる結界に繋がる道を作り出す小槌ならば。
「となると、場所を探したほうがいいね。普通の生徒や学校の怪異たちから目立たないような……」
「ああ、そっか。そうなるとどこがいいのかな」
「お困りのようだな、シキよ」
再び思案に耽ろうとしたそのとき、背後から声が降ってきた。
振り向き、見上げる。紅玉のような瞳と目が合った。次いで視界に飛び込むのはピンと尖った耳。そして白い肌の上に走る黒い蔦のような紋様。
「それならば私が知恵を貸そう」
エル・ケーニヒ。彼女は呆然と見上げてくる退魔師たちに、傲然とした視線を向けた。
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