放課後、1年4組
「で、こっちから話しかけることにしたと」
「うん」
放課後の教室。素直に頷いた
「よくもまあ、襲ってきた相手に気を許せるね……」
「終わったことじゃない。そんな引きずらなくても」
「四季にとってはそれで済むかもしれないけど」
「あー、
質問いーい?」
四季はきょとんと振り向く。空いた机に座って曖昧な笑みを浮かべている
……自分も人のことは言えないが、いつ見ても高校生とは思えない。実は飛び級してきました、と言われても納得してしまう。
彼女が小さく指差してみせた先に視線を移す。そこにいたのは相変わらず大輪の花を咲かせる怪異、
「あっちのメイドの子、なに?」
クラシックなメイド服を着こなす、褐色肌の女性。
学校の教室にそぐわぬ風態の二人がなにやら親しげに話をしている。あきらかに異様な光景なのだが、周囲のクラスメイトは気にした様子もない。
四季は一瞬言葉に詰まる。さて、彼女のことはどう説明したものか。
それにはまず、昼休みにまで時計の針を戻す必要があった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
内上への事情聴取も終わり、生徒会室を後にしようとしたときのこと。
「あ、あの!」
再び内上から呼び止められた四季は、怪訝な顔で振り返った。
相変わらず申し訳なさそうな顔をした彼女が立っている。相変わらず背後に泥のメイドを従えたままだ。
「そ、その。もう一つ、お節介を焼いてもいい?」
「あんまり気にしなくても……」
「それだと私が落ち着かないの。ええと、ね……ヒンナ」
「は」
初めて言葉を発した泥の怪異が一歩踏み出す。生徒会室内の信田たちの視線がこちらに集まる。
戸惑う四季の前で、『人形遣い』は言った。
「今日から彼女を守ってあげて。彼女に従い、彼女のために働いて」
「ふむ? ご主人がそう仰るのであれば」
「ちょ、ちょっと待ってください」
至極あっさりとしたやりとりに、思わず口が出てしまう。
内上はただはにかむように微笑した。
「迷惑かもしれないし、日条さんを守ってくれる怪異はもうたくさんいるだろうけれど。きっとこの子は貴女と相性がいいと思う」
「流石の見立てよな、ご主人。たしかにこの者、儂のような憑き物には絶好の宿主よ」
「……憑き物?」
「あァ、そっちの泥の怪異やっぱり『
突如割って入ってきた野太い声に、四季はぎょっとして顔を上げる。
いつのまにそこにいたのか。腕組みをした坂田がしげしげとヒンナを凝視していた。
「あ、坂田さんはやっぱり知ってるんだ」
「そりゃ退魔師だからな……しかしどうやって作ったんだ? たしかに作り方も伝わってる怪異だが、手間がかかるだろ。この辺に墓場なんてねェし」
「ん……うん。素直に答えておく。ここの校庭の土で賄えた」
「マジかよ」
坂田の表情が訝しげに歪む。
呆然と会話に聞き入る四季に気づいたか、内上が苦笑を向けた。
「ええと、人形神っていうのは本来、墓場の土から作る怪異なんだけど……知ってる? ここの校庭、墓地を埋め立てられてできたって噂」
「え? そうなんですか?」
「ンな訳ねェだろ。デマだ、デマ。地元の図書館にでも行けば一発でわかる。……ああ、でもそういうことか? 『怪談幽霊』の応用か。よくまあ思いつくなそんなの」
坂田が納得したように声を上げる。
怪談幽霊。四季にとっても聞きなれない言葉というわけではない。
つまり『山雛高校の校庭は墓場を埋め立てて作られた』という噂を元に、本来必要な墓場の土を代用した、ということらしい。それで実際怪異が生まれているのだから詐欺のような話だ。
内上がちょっと自慢げに微笑した。
「校庭だから当然人通りも多い。人に踏ませると良い人形神ができるって伝承もあるみたいだし、上手くいったら上質な式神ができると思って……やってみたら、できた。実際優秀だよ、ヒンナは」
「お褒めに預かり恐悦至極」
泥のメイドが恭しくお辞儀をする。
まじまじと見ていた四季は、ふと気になって口を開く。
「その。ヒンナさんはそれでいいの?」
「うむ? うむ。ご主人の命とあらば背く必要もなし。それにな」
「……それに?」
「ふふ! 日条様が新たな主人になるとすれば、また仕事が増えるということになる。昨夜のことを思うに、こなすべき雑事はいくらでもあると見た! ふふ! 待ちきれんなぁ! ふふふふふ!」
「……あー。人形神って総じて
身をくねらせるヒンナを見やり、坂田が苦い表情で呟いた。どうやら向こうにも利がある、ということらしい。
不意に姿勢を正したメイドは、隣の『人形遣い』を見やる。
「しかしだぞ、ご主人。儂としてはご主人の世話という大事な仕事を疎かにするつもりはない。朝の目覚めの着替えから夜の就寝前の湯浴みまで、健康維持には極めて重要ゆえな」
「…………えっ、と。私としては、ね? それくらいのことは一人でできるというか……むしろ今日みたいに、もっと気軽に外に出たいというか……」
「日中の散歩もご所望か? よろしい! 新たな仕事として受け取ろう! とはいえ、新しいご主人の世話も相当に魅力的。というわけで、だ」
唐突に泥の怪異は四季の手を取る。
そして次の瞬間、彼女はなんの躊躇もなく自らの手を切り落とした。誰も止めることのできない早さ。
四季は呆然と、自分の手を握る残されたヒンナの手を見やる。その切断面がぼこりと膨れた。握り返す力が強くなる。
切断面から膨れ上がった泥色の泡はどんどんと大きくなり、曖昧な人の姿となる。そして一気に収縮し、ヒンナと同じメイド服姿の女の姿を取った。
握る手がいつのまにか冷えている。新たに生み出された泥のメイドは、四季の目線にまでかがみこみ、にこやかに笑った。
「……というわけで。新たに『あたし』がご主人さまにお仕えいたします。どうぞよろしくお願いいたしますね?」
また厄介ごとが増えた。四季は反射的にそう思うのだった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
そうして新たに押しかけてきた憑き物メイドは、四季の意思を汲み取り、ああして花の怪異に話しかけに行っているというわけだ。
「……なんというか、災難だね」
怜の言葉にわずかな諦めと同情が滲み出ている。それがなんだかやけにつらい。
三國も苦笑いしっぱなしだ。
「あー、まあね。味方が増えたと思えばいいかもしれないけど……体調が悪くなったら早めに言ってね、本当」
「う、うん。ありがとう、ごめんね?」
四季は思わず頭を下げる。なんというか、学校に来てから方々に心配と迷惑ばかりかけてしまっている。改めて実感した。
そのとき。
「お待たせいたしました、ご主人さま」
涼やかな声とともに、ヒンナ……の分霊が戻ってくる。見ると、あの花の怪異の姿は消えていた。
「お疲れ様。阿我部さんは?」
「はい。一度先方の主人の元に戻り、話を通してくださるとのことで。ご主人さまに遅くまで残っていただくのもどうかと思い、お帰りいただきました。……勝手な判断だったでしょうか?」
「ああ、いや。そんなことないよ。ありがとう」
素直に礼を言う。メイドの怪異はにこりと笑い、そのまま溶けるように床へと消えていった。
……実際は霊体化して四季の周囲に侍っているのだろう。とはいえ、目の当たりにすると不思議な感覚だった。
怜が小さく溜息をつく。
「ま、それなら私たちも早く帰ろっか。……またワゴン車に誘拐されるようなことになったら大変だし」
「う。その節はご迷惑おかけしました……!」
「四季は悪くないでしょ。それに、『過ぎたこと』。ね?」
彼女が悪戯っぽく笑う。
なぜかニヤニヤと様子を見守っている三國が気になりつつも、四季は改めて頭を下げ、帰宅の準備を始めるのだった。
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