第13怪:創り手の話
昼休み、生徒会室
その日、生徒会室はにわかに緊迫感に包まれていた。
原因は他でもない。今朝になって前触れもなく出頭してきた『人形遣い』……学校の一部関係者を騒がせる『魔女』の仲間を名乗る存在のためだ。
なお驚いたことに、彼女はれっきとした人間であるという。
「では始めます。確認ですが、私たちがどういう立ち位置かはすでにご存知ですよね?」
「は、はい」
長机を挟み、生徒会長……学生退魔師たちのリーダー格、
対面の内上も青ざめているものの、彼女もまた同じ程度かそれ以上には顔色が悪い。体調がよくないのだろうか、と四季は心配になる。
信田の両脇には二人、退魔師が控えている。
一人は金髪パンチパーマの厳つい男子生徒。たしか
もう一人は四季の知らぬ相手。近寄りがたい雰囲気を醸し出す、長身の女生徒。
いきなりこれでは話すものも話せないのではないか、と四季は心配になる。とはいえ、退魔師側が警戒するのももっともだ。
なにしろ内上側にも護衛がいる。背後に立つのは、澄まし顔のメイド怪異。自分の力の証明とばかりに内上が呼び出したのだ。ヒンナ、というらしい。
一触即発の空気の中、信田が静かに切り出す。
「まず、内上さん。あなたの……その力。無機物に命を吹き込み、式神とするその術。それは生来から身につけていたものですか?」
「いえ、そんなまさか! 私だって元々は普通の学生で……いえ、信じてもらえないとは思いますけど……」
「では、伝授してもらったと」
「そ、そう。その……『魔女』から」
俯きつつ答える内上。退魔師たちが一瞬視線を交錯させ、わずかに表情を険しくする。
「続けて。『魔女』に、いつ、どこで?」
「えっ、と……去年の秋ごろ、だったはず、です。帰ろうとしたら、突然目の前に現れて。一方的にあなたには才能がどうこう言い始めて……」
「どのように?」
「持ってた杖を額に当ててきて、そしたら視界が一瞬真っ白になって……視界が戻ったときには、あ、こうやればいいんだって」
ぽつぽつとした語りが部屋の中に染み込んで消えていく。
なんとも突拍子もない話に聞こえた。四季も少なからず怪異を知っているが、そのようにあっさりと他人に力を与えられる者はあまりいない。
『魔女』なる怪異、想像よりも強大な存在なのだろうか。
四季はこっそりと隣に念を送る。
<一応聞くけどさ、
<あ? ついてねえよ嘘なんか。今んとこ正直に答えてる>
眠たげな思念が返ってくる。隣の席に座ったクラスメイト、
彼女は中学校からの知り合いだ。どういうことができるかもよく知っている。心を覗き、隙をついて人に憑く。だから念のため、この場にもついてきてもらっている。
噂では悪夢を見せるだの内側から人を食らって成りすますだのといった物騒なことまでしでかす、らしい。知り合ってからは一度も片鱗すら見せないが。
意識を戻す。退魔師の尋問は淡々と続いていた。
「……では、あなた以外の『魔女』への協力者は」
「う……」
「躊躇う気持ちはよくわかるぜ、内上サン。仮にも仲間。そうでなくたってバレちまったら狙われかねないもんな」
口を挟んだのは坂田だ。内上がびくりと震え、おそるおそる彼に視線を向ける。背後のメイドは微動だにしない。
屈強な退魔師はおもむろに頭を下げた。
「けど、頼む。こっちとしても学校の怪異たちからクラスメイトやらなんやらを守らなきゃならねえ。……もしそのせいであんたが標的になるようなことがあっても、そのときは俺らがなんとかしてみせる。だから」
「話が長いぞ、坂田。要するに情報提供に協力すればこちらの庇護下になる。だから安心しろ。そういうことだろう?」
「ぐ……ま、まあそうなんだけどよ。言い方も大事だろうがよ」
「はいはい。坂田さんも
信田は両脇の二人を宥める。その口元にはわずかな微笑が漏れていた。
唖然とやりとりを見守っていた内上は、それでも困ったように眉を下げる。
「え、ええと。その気持ちはありがたい……んですけど、あまりお役には立てないかも、といいますか」
「ほう。それはどういう?」
「その、たしかに集まりはあったんですけど。集合場所はいつも違うし、みんなそういう場には身元が分からないような服装で来ていて……わ、私もその、代わりに人形に出てもらっていたから、『魔女』以外とは直接顔を合わせたことがなかったんです」
四季は覚に視線を送る。彼女はわずかに頷き返してみせた。これにもまた、嘘はない。
信田が小さく眉根を寄せる。内上が慌てたように続けた。
「あ、でも! 名前だけだったらわかります。といってもコードネームみたいな感じで……『委員長』『トンカラトン』『コック』『博士』『創り手』っていうんですけど」
「存外、あっさりと吐くんだな」
やや呆れたように呟く長身の女生徒……浮橋に、内上がびくりと震える。
が、彼女が怯えた視線を向けた先は四季だった。四季は溜息を噛み殺す。自分が何をしたというのか。
「トンカラトンってのはアレだろ。斬りかかってくる包帯の怪人。それ以外はピンと来ねえけど」
「一概に全員が怪異とも言い切れないのも難しいな。彼女のように、力を与えられた一般生徒も混ざっているかもしれん」
「二人とも、対策の話し合いはあとにしましょう。……ありがとうございます、内上さん。助かりました」
「あ、いえ、その……どうも……」
不意に笑顔を向けられ、内上は顔を逸らす。四季にはその頬が赤く染まっているのが見えた。
いずれにせよ、これで彼女についてはひと段落だろうか。
「あ、あの……
「はい?」
と思ったら、なにやら内上に用が残っているらしかった。
心なし警戒態勢に入る退魔師をちらちらと見やりつつも、彼女はおどおどと口を開く。
「あの、重ねてごめんなさい。ひどいこと、しちゃって……」
「あー……いえ、いいです。過ぎたことですし。俺は気にしてないので」
「気にしろよ少しは」
覚の苦々しい呟きはこの際無視する。
視線で促してやると、凍りついていた彼女は慌てたように言葉を続けた。
「えと、だから、その! 罪滅ぼしになるか、わからないけど。私も協力したくて」
「……というと?」
「あなたのクラス。
「あ、はい! います! まだ特に悪さはしてないみたいですけど」
「あいつ、『創り手』の怪異なの。『創り手』はまだ話がしやすいやつだから、『魔女』が号令をかける前に話をつけてみるといいかも」
四季はまじまじと内上を見つめる。覚に聞かずとも、彼女が嘘偽りなくアドバイスしてくれているということがわかる。
「……ありがとうございます。内上先輩」
空気がわずかに軽くなったようだった。
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