翌朝、高校にて

「……ふあぁ」


 翌朝。四季しきは重い瞼を擦りつつ学校へと向かっていた。律儀に待ってくれていたれんも一緒だ。

 結局あの後、ことはすぐ済んでしまったようだった。化物寺に侵入してきた怪異たちは撤退し、四季はそのまま少し遅めの就寝を取る。

 ……それでも彼女かれがいまひとつよく眠れなかったのは、本堂で他の怪異たちと雑魚寝、という格好になったからだろう。


「あの青行灯から昨夜のことは聞いたけど」


 あくびが収まるのを見計らったかのように、怜が言う。一見不機嫌のようだが、こちらを見る目には少しの懸念が伺えた。


「大丈夫だったの? その、怪我とか」

「……ん。みんな頑張ってくれたから。ごめんね、心配かけて」

「四季が謝ることじゃないでしょ」


 素っ気ない言葉とは裏腹に、怜の表情が柔らいでいく。それでもほんの少しの申し訳なさが残った。

 不意に、怜の視線がやや上向けられる。


「……で。なにドヤ顔してるの、そこの幽霊」

『ふふん。今回は私も大活躍でしたから』

「へー。そうなの、四季?」

「え? ええと、実際なにがあったかまでは知らないんだけど」


 自分の背後で自慢げに胸を張っている(のだろう。見えないのでわからない)小夜子さよこに四季は苦笑する。

 実際、彼女の力で侵入者を撃退できたという話は聞いている。が、実際になにが起こったのかまでは教えてもらえなかった。

 どうやら彼女に自信をつけるような出来事ではあったらしい。今日はやたらと元気だ。


『アレです。怪異をやっつけるのってそこまで難しいことじゃないってわかったので。これからは私がしっかり四季さんを守ります!』

「……あっそ」


 怜の返事は素っ気ない。その目に僅かな警戒心が芽生えたことに気づき、四季は不安を覚えるのだった。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 そんなことがどうでもよくなるほどの一大事が起きたのは、ホームルーム前のことだった。


日条にちじょうさーん! いるー?」


 突然名前を呼ばれ、四季は驚いて顔を上げた。じゃれつきに来ていた祭佳さいかも不審げに声の主を見やる。

 四季から見て後方の教室入り口付近。声の主と思しきクラスメイトが教室を見回していた。

 黙って席を立つ。手招きされ、怪訝な顔のままに相手の元へ。


「えっ、と。なに?」

「なんか先輩が用があるんだって」


 じゃ、とばかりにクラスメイトは去っていく。

 残された四季は呆然と廊下を見やる。そこに立ち尽くしていたのは、眼鏡をかけたひょろ長い女子生徒。上履きの色から判断して、三年生だろうか。

 無論のこと、初めて見る顔だ。


「あの」

「ちょっと来て」


 口を開く前に腕を掴まれ、有無を言わさず引きずられる。

 静止の声は喉で止まってしまった。相手が妙に切羽詰まっているのを理解したからだ。

 そのまま階段を登り、屋上前の踊り場でようやく立ち止まる。そしてようやくこちらを見つめた。


 ……その目に恐怖の色が浮かんでいるのが見て取れ、四季をさらに戸惑わせる。


「ど、どうかしました?」

「…………ご、」

「えっ」

「ごめんなさいぃぃぃッ!」


 そこから先の出来事は、彼女かれの理解を超えた。上級生が突如土下座したのだ。

 なにをすればいいのかわからず硬直する四季に、その上級生は顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃになっていた。


「こ、こんッ、ヒグッ、こんなことしてもッ、許してもらえないかもしれないけどッ……」

「え、え!? いえ、その、初対面ですよね!? 許すもなにも!?」

「ほ、本当にッ、本当にごめんなさい! も、もうしません! 話せることなら話します! ま、『魔女』のことだって!」


 その言葉に四季は絶句した。

 深呼吸し、屈み込み。相手の目を見つけて、問いかける。


「すみません。その、お名前は」

「う、内上うちがみ。内上 瑠璃るり


 彼女は答えた。そして少し躊躇い、こう付け加える。


「……その。『学校の魔女』の、仲間、でした。『人形遣い』です……」


 どこか遠くで、ホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴った。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 時は昨夜まで遡る。


『……ご主人。メリーに運ばせた分体が機能を停止した』


 背後に控えたメイド服姿の怪異、ヒンナが無表情に告げる。しかしその声は『人形遣い』の耳には届かない。

 彼女は憔悴していた。


「お、おかしいでしょ……たかだか人間一人に、なんであそこまで怪異が力を貸してるの!?」

『その問いには答えられぬ。情報が足りぬ故に……至らぬ従者ですまぬな、ご主人』

「ヒンナ、少し静かにしてて。集中させて!」


 叩きつけるように言葉をぶつける。

 部屋の隅では敗走してきたメリーが震えていた。涙ながらに報告することには、かつて彼女の脚を捥いだ『トイレの花子さん』がいたのだという。仲間だとはわかっていたが、まさか敵の本拠に移っていたとは!


 『人形遣い』は震える手で携帯を取ろうとした。まだ時間はある。思わぬ失敗があったとはいえ、敵はこちらの場所を探し当てるまでにはまだ時間があるはずだ。

 なにしろ彼女は学校にいない。常に自室にこもっている。『魔女』から与えられた力がそれを可能にしたのだ。


 しかし、その目論見すら儚く崩れていく。


「……?」


 『人形遣い』は怪訝に画面を見つめる。見知らぬ電話番号が表示されていた。

 通話が来ている……のではない。かけている。勝手に。

 明らかな怪異の干渉。ヒンナに指示を出そうとした、直後。


 自室の扉が弾け飛ぶ。メイド姿の泥の怪異が割って入り、主人からそれを守った。

 『人形遣い』は目を丸くしてその事象を見守ることしかできない。


「な、な、な」

「にゃははっ! どーもこんばんは! 山猫デリバリーサービスですニャ」


 ズカズカと入り込んできたのは、猫の耳を生やした制服姿の少女。『人形遣い』はその名を知っている。八代湖やしろこ 千里ちさと。日条 四季の仲間。

 なお悪いことに彼女は気づく。千里の背後。開け放たれた扉の向こう。その闇の中にいくつもの目が煌めいている。こちらを睨みつけている。


「ど、どうしてここが……!」

「電話をいただいたらすぐにお届け! タラチネ・サービス秘伝の技術ってやつだニャア。まあ」


 千里の顔からすっと笑みが消える。


「……今回はサービス。お届けものは祟りに暴力。お代は、そうだね。選ばせてやってもいい。四季ちゃんを狙ったバカどもの情報か、命……はダメだな。あんた人間だし。まあ腕一つでいいか」

「ひっ……!」

「うちの子狙っといてタダで済むと思ってた? ふざけてんじゃねえぞ、クソ餓鬼」


 闇の奥から唸り声が響く。いくつも。

 なお悪いことに、『人形遣い』の部屋では複数の怪奇現象が起こっていた。携帯端末がキュルキュルと唸りを上げる。画面は真っ赤だ。

 メリーが悲鳴をあげて暴れだす。その服の端々からこぼれた糸が結集し、黒く輝く爪の形となってその身体に食い込んだ。


 突然放り込まれた命の危機。ヒンナに助けを求めようにも声が出ない。『人形遣い』は恐慌状態に陥り、そのまま閾値を超えた。

 彼女は臆面もなく全面降伏。翌日、本当に久しぶりに登校することとなったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます