襲撃中、竹林

「始まりましたな」


 化物寺、本堂。それとなく耳を澄ませていたらしいめぐりが呟く。

 その言葉を合図に四季は布団から起き上がった。そして当然のように背後にいた祭佳さいかに背後から抱きすくめられる。

 背中に当たる柔らかな感触。さすがに照れくさい。


「祭佳、あの」

「大丈夫だぞ、四季。祭佳が守るからな!」

「ははは。頼もしい御付きが増えましたな、若旦那」


 薄青い鬼女が嗤う。反射的に四季は溜息を漏らした。あまりこういうところは他人に見られたくないのだけれど。


「で、鬼。外の奴らは? 祭佳が出なくていいか?」

「あんたの出番はないよ、わざわいどの。むしろここで若旦那と懇ろにしてもらっておいたがいい……始まったのは西の竹林。あそこに詰めてたのはヤマミサキの連中だったね」

「あー、阿子あこちゃんたち。あの子らそれなりに強いから平気なんじゃないかニャー」


 弛緩しきった声が二者の間に割り込んだ。

 化猫の千里ちさとである。勝手知ったる様子で四季の膝の上に頭を乗せた彼女は、呑気に欠伸。


「幽霊部の連中、ああ見えて腕っ節が強い……あ、さすがに祭佳ちゃんほどではニャーよ? けど、そこらの怪異だったらあの三人だけでいいんじゃないかニャー。ま、念のため獅子野ししの中津神なかつかみにも手伝いに行かせたから、だいじょーぶだいじょーぶ」

「え? いつの間に?」


 思わず驚きの声が出る。本堂に上がりこんでからというもの、この化猫はゴロゴロしてばかりで外に出る様子もなかったはずだ。

 千里はにやりと笑い……笑ったのだろう。きっと。今の位置関係だと自分の胸のせいで彼女の顔が見えない……軽い調子で言った。


「四季ちゃんの携帯借りた」

「なにしてんの!?」

「ニャハハ! 安心していいニャー、メールとかは見てないし。あ、けどアタシたちとプラスアルファの電話番号は登録しといたニャー」

「プラスアルファ?」

「山猫デリバリーサービス。ウチの集落で始めて……まー、使ってみればいいニャ! お弁当くらいだったらすぐに届けるし!」


 まったく悪びれた様子がない。四季は脱力し、後ろの祭佳にもたれかかる。なんにせよ、この状態では彼女の気がすむまで身動きが取れないだろう。

 ふと、彼女かれは巡を見つめる。彼女は相変わらず微笑を浮かべていた。


「わざと誘い込みたかったのはわかったけど……この後はどうするの? 捕まえる?」

「それもまた手段の一つではありますなァ。とはいえ、そこまで上手くいくかどうか」


 巡がやや眉をひそめる。彼女がどのようにして外の様子を伺っているかはわからない。が、なにやら無視できぬ兆しを見つけたのだろうと予測がついた。


「どうやら鼠は一匹ではない様子。うまく隠れていたようで。こちらが果たしてどれほどのものか……」


 四季は真横の障子を見やる。巡の言う竹林は、たしかあちらの方角だったはず。

 彼女かれはほんの少しの不安とともに、山岬やまみさきたちに想いを馳せた。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 竹林の中を二筋の風がぶつかり合い、鋭い響きとともに離れる。


「チィッ」


 メリーは舌打ちし、半ばから断たれたナイフを投げ捨てた。

 そしてその場で回転。スカートの中から滑り落ちる新たなナイフ。勢いのままに蹴り出す。

 竹を踏み台に再び飛びかかってきた金髪の怪異は、かろうじてそれを弾く。勢いが減じる。隙が生まれる。


 だが、メリーはそこにつけこめない。横手から飛んできた火の玉を身を反らして回避。


『チェッ、すばしこいやつ!』

『無駄口叩かないで。追い込むよ』


 聞こえてくるのは攻撃者たちの声。ヤマミサキなる怪異の周囲に浮かんでいた、二つの生首だろう。当然のように火を吐くのだ。

 振り向く時間すら惜しい。メリーは竹の間を縫うように飛び、距離を取ろうとする。

 その肩に鋭い痛みが走った。


「つッ!?」


 集中が途切れ、バランスを崩しそうになる。

 滞空姿勢を整えつつも、メリーはすでに自分の身になにが起きたかを把握していた。

 肩口に突き刺さった、ほとんど透明の刃。人形の身にも伝わるほどの冷気。


「あの子から逃げればそれで終わり……本気でそうは思っていないわよね?」


 竹林の間から朧に姿を現したのは、やはり山雛高校の女子高生。癖のない艶やかな黒髪。こちらを見上げるその瞳は白く、ひどく冷たい。


「とはいえ、感謝するといいわ。私じゃなくて四季に、だけど」

「……どういう意味?」

「粉々に砕くようなことはしない、ってことよ。そんなことしたらあの子に嫌われちゃうもの。それは、うまくない」


 メリーは慌てて高度を上げる。近づいてくるだけで冷気が増したのを感じ取ったからだ。

 彼女も情報がある。たしか、雪乃堂ゆきのどう……


「そう、輝夜かぐや


 耳元に聴きなれぬ囁き。

 メリーは身を硬ばらせる。囁きそのものよりも、自分の思考を先読みされたかのような嫌な感覚に。

 直後、彼女は無造作にはたき落とされた。


「あぐっ!?」

「ここじゃ、飛べるってのも有利にはならねぇよな? ところで、俺の名前は知ってるか? 知ってるよな?」


 からかうような声が降ってくる。地に落ちたメリーは、憎悪とともに声の主を見上げた。

 浅黒い肌の少女。片手一つで竹にぶら下がっている。今までの怪異と同様に制服姿ではあるものの、粗野かつ野生的な容姿がひどくチグハグに見えた。

 彼女も情報にある怪異の一人だ。久留姫ひさるき さとり


「そうそう、それで合ってる。やっぱあの招鬼まねきってのから聞いてんだな? あいつの仲間だな?」


 ニヤニヤとした笑みとともに聞いてくる。

 反射的に展開しようとする思考を、メリーは慌てて制御する。今のやりとりだけで理解できた。奴は思考を読んでいる。


 軽い足音が近づいてくる。雪乃堂 輝夜かぐや。距離が縮むたびにメリーの身体を冷気が覆い、薄氷として形を為す。


「これで終わりかしら。どうなの、覚。探れないの?」

「うるっせぇな、今覗いてる……そこから近づくんじゃねえぞ」


 頭上でなされる会話に、メリーは歯噛みする。

 残念ながらそもそもの見通しが間違っていたと言わざるを得ない。敵方はすでに迎撃態勢を整えていた……!


(つまり儂の仕事ということになる。そうよな?)

(ッ、ええそうよ! さっさとやりなさいヒンナ!)


 無遠慮に割り込んできた念話に、メリーは苛立ちとともに返事をする。

 無論、今ので覚はの存在を知っただろう。だが、どうでもいい。


「……輝夜、離れろ! !」


 予想どおり警戒の声が飛ぶ。知ったことか。輝夜が飛び離れる。だからどうした。

 メリーは笑う。その口の端から、関節部から、じくじくと泥が滲み出る。メリーを縛りつつあった薄氷の戒めを破り、溢れていく。

 こんなときのためのヒンナだ。泥の塊を嘔吐し、口を拭う。そして再び浮遊した。今度はこちらが追い詰めてやる番だ。

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