反省会、化物寺

 四季しきが怪異たちにじゃれつかれている間にも、時は刻々と過ぎていく。一〇五号室の時間は緩やかなものだ。御影みかげが夕食の準備を始め、暇を持て余した山岬やまみさきたちが身動きのとれぬ四季にちょっかいをかけ始める。


 それとは対照的に、化物寺の空気は重かった。


「なるほど。今日は一方的にしてやられたってわけかい」

「そう報告せざるをえんでしょうなァ。なにぶん、私らは手出しもできなかったわけで」


 偽りの夕日射し込む本堂の中、陰鬱な調子でラタンが言った。傍らではテューラが苛立った様子で腕を組んでいる。

 四季がちゃぶ台につくと同時、彼女たちは影を介して化物寺に帰還していた。そして上役たるめぐりに報告を済ませていたというわけだ。

 薄青い鬼女はわずかに眉間にしわを寄せる。


「敵方の怪異の質はともかく、早々にこっちの手の内を相手に知られた格好かい。芳しくないね」

「モタモタと守りに入るからこうなるんだ……! さっさとこっちから攻め入っておけば!」

「『どこの』『誰を』攻めにいくつもりだい、あんたは。ま、考えなしに動かなかったことだけは褒めてやってもいい」


 テューラが舌打ちする。巡がそれを咎めることはない。彼女の粗暴さは先刻承知。その程度の粗相に逐一嫌味をぶつけるほど彼女は暇ではない。

 それに、彼女たちがもたらしたのは決して悪い知らせだけではない。テューラが仕留めたという人形の怪異。秘密裏に持ち帰った破片を調べれば、本体を辿る糸口も見つかるだろう。

 そして。


「あと褒めるとしたら、表立って護衛になれそうな奴を連れて帰ってきたところか。……久しいじゃないか、梔子くちなし

「……は」


 一緒に戻ってきたこの不詳の部下も収穫といえば収穫だ。

 制服姿の少女は平伏したまま顔を上げない。妙なところで律儀な彼女のことだ。勝手に出奔したことに勝手に負い目を感じているのだろう。

 どのような動機で己の元を離れ、どのような思いで戻ってきたか。推測できなくもないが、どうでもいい。巡にとっては自分の動かせる手駒が増えたことがなにより重要なのだ。


「例の学舎に忍び込んでいたとはね。なかなかに先見の明があるじゃないか、ええ?」

「……そ、その。申し訳ございません……」

「ふん。負い目を感じるんならその分働いておくれ。うちの百鬼夜行にゃまだ人手が足らんのさ」


 蚊の鳴くような声につっけんどんに返しつつ、巡は思案を始める。敵が動き始めた以上、こちらの警備体制を変える必要があるだろう。

 そのときだ。巡の傍に置かれていたノートパソコンがひとりでに開き、起動する。

 画面に映り込んだのは、波打つ髪の少女の顔。


『お、お、お母さん。少し、いい?』

「どうしたんだい、アトラ」


 巡はパソコンを手に取り、画面を覗き込む。彼女のほうから顔を出してくるとは、余程のことがあったのか。

 電脳異界に巣食う怪異、アトラナアトはどこかバツが悪そうに口を開く。


『その、あの、ね。お、怒らないで、ほしいんだけど』

「怒るものかい。気にせず言ってごらん。なにがあった?」

『そ、そ、そ、その。し、し、四季の携帯に、ね? 不正な、アクセスが、あって』


 言葉の意味を理解し、巡は眉をひそめる。

 それを叱責の前触れと勘違いしたか、アトラナアトが慌てたように続けた。


『ぼ、僕は、防ごうとしたんだけど! でも、チクタクのやつが、邪魔して!』

「ほう? つまり素通しか。このままだとどうなる?」

『た、たぶん、し、し、侵入路に、なっちゃう。部屋とか、寺とか、結界、関係なしに』

「なるほど」


 巡は思案する。下校時の誘拐騒動に紛れて仕込まれたか。相手があっさりと引き下がったのもこの手を打っていたからだろう。

 にぃ、と。鬼女の口角が吊り上がった。


「ありがとうねェ、アトラ。よく言ってくれたよ」

『お、お、怒らない……?』

「怒るものか! むしろこっちの打つ手ができたんだ」


 巡は立ち上がり、呆然と見守る部下たちを尻目に本堂の障子を開く。

 外に控えていた居待月いまちづきに、彼女は言った。


「ちと留守にする。すぐ戻るが、ひとつ頼まれてくれやしないかい」

「は。どのような」

「今夜、一仕事ある。暇してそうな連中に片端から声をかけといてくれ。若旦那の名を出せばすぐ手を貸してくれるだろ」

「承知!」


 音もなく駆け去る部下の背を見やってから、巡は歩き始める。

 向かうのは一〇五号室。今であれば夕飯が始まる前に話を通せるだろう。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 その日の夜のこと。眠りについた四季の傍らで、不意に携帯端末が振動した。

 光る画面を覗き込めば、断続的にメッセージが送られていることがわかるだろう。差出人は不明。『山雛高校』『校門』『道路』『十字路』……位置を示す単語のみが一方的に送りつけられる。

『あなたの後ろ』のメッセージを最後に携帯端末の振動は止まり、代わりにすぐ近くに小規模な異界への出入り口を生じさせた。


 そしてそこから飛び出してくる小さな影が一つ。

 人形である。ゴスロリ風のドレスを纏ったそれは、闇の中で青い眼を輝かせ密やかに笑った。

 彼女は怪異である。名をメリーという。


(いいかい、メリー。今夜だ。今夜でさっさと終わらせるんだ)


 標的を探し求めながら、彼女は母……『人形遣い』の言葉を思い出す。


(たしかに向こうの怪異は多いし、強いのもいる。けど、あくまでこっちの目的は『例の子の確保』なんだ。律儀に相手なんてしてやる必要はない)

「わかってますわ、お母様」


 歌うような囁き声。

 実際、相手の本拠地に乗り込むために暁美あけみの身体がずいぶんと無駄になった。虎の子の幽霊ワゴンもオシャカだ。

 しかし携帯端末に仕込みさえできればこちらのもの。どこにいようが容易に懐に潜り込める。


 こうなればあとはメリーの仕事というわけだ。結界の内側にいようと、いくら怪異を侍らせようと、彼女の接近を阻むことはできない。

 ……念のためにとヒンナも持たされてはいるが、彼女の出番はないだろう。メリーとしてはここで汚名返上をしたいところだ。持ち場となっていた女子トイレを外の怪異に奪われたことは記憶に新しい。

 

(待っていてください、お母様。このメリー、必ずお母様の願いを果たしてみせます……!)


 標的の霊気を捉え、人形の怪異はふわりと浮き上がった。

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