帰宅後、一仕事

 謎の幽霊ワゴン車……シェイプシフターの言葉を信じるのであれば、『人形遣い』の襲撃をなんとかやり過ごした四季しきたちは、その後足早に帰路についた。

 状況はどうあれ、異界の中だ。四季の特性を考えるに別の怪異がまたちょっかいをかけてこないとも限らない。一息ついてはいられなかった。

 他の怪異に目をつけられる前に無事に異界を脱し、アパートまで戻っても気は緩められない。ここまでくれば二度目の襲撃はないだろう。しかし、他に頭を悩ませなければならないことがあるからだ。


「おかえりなさい。遅かったわね」


 部屋に入って早々、玄関口に待ち構えていたのは御影みかげ。やや疲れ気味に見えるその顔が、四季の背後……すなわちそこに所在なげに立ち尽くしていた祭佳さいかを見てさらにげんなりとした。


「……お前も一緒なの、『わざわい』。山岬やまみさきから聞いていたとはいえ、本当に人の姿に化けてまで」

「祭佳がどうするかは祭佳の勝手だ。それに、祭佳がいたから今日四季は無事に帰ってこれたんだぞ」


 いくらか気分を害したかのように鈍色の怪異が返す。

 すぐさま御影から怪訝な眼差しが飛んできた。彼女とて四季の帰りがやや遅かったことは不審に思っていたのだろう。四季は素直に答える。


「その辺のことはあとで説明するよ。ところで、もしかして今って誰か来てる……?」

「来てますよ」


 あからさまにうんざりした様子で、赤振袖の座敷童は言った。


「中学の時も騒ぎを起こしてたさとり雪女ゆきおんな。裏山の猫又どもに子鬼の連中。一つ目にのっぺらぼう。よくもまああれだけやってきたものね。小雨こさめさまはなにをやってるのかしら」

「あ、あー……みんなこっち来てたのか……よく全員入ったね?」

「面倒だからあの鬼女の結界に放り込んだわ。ここ、地元のお屋敷よりも狭いもの。結界で広げるのも手間だし」

「その、お疲れ様」

「ありがとう。あなたも早く手を洗ってきなさい? そこの禍もね。どんな怪異だろうと、ここでは私に従ってもらいますから」


 祭佳は眉間にしわを寄せ、四季を見やる。四季は肩を竦めてみせた。こういうときの御影はとかく頑固だ。まあ、自分の懐に怪異を招き入れるのだから当然なのかもしれない。

 ありがたいことに、祭佳はそれ以上口答えするようなことはなかった。慣れぬ手つきで靴紐を外そうとし始める彼女を微笑ましく見やってから、四季は我が家へと上り込む。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 居間にはすでに数人の怪異の姿があった。

 ちゃぶ台を占拠しているのはかつての幽霊部の面々。すなわち、山岬やまみさき 阿子あこ久留姫ひさるき さとり雪乃堂ゆきのどう 輝夜かぐやの三名だ。こちらの帰宅に気づいた阿子がにこやかに手を振ってきた。

 そして床にだらしなく転がっている八代湖やしろこ 千里ちさと。もはや学校で隠していた猫の本性を曝け出し、遠慮なくグータラしている。長い毛に覆われた尻尾がゆらゆらと揺れた。


「四季チャン、お帰りー。あんまり遅かったんで、そろそろ迎えに行こうかって話してたんだー」

「ただいま。ごめんね、心配かけちゃったみたいで」


 阿子に返事しつつ、輝夜がそれとなく開けたスペースに座り込む。

 それと同時、背中にずしりと重みがかかった。すぐに原因に思い当たり、四季は苦笑する。


「祭佳。重い」

「四季。祭佳は今日がんばったぞ」

「……う、うん」


 真剣な声音に思わずたじろぐ。実際……相当に荒っぽかったとはいえ……助けてくれたのは事実だし、学校の中ではかなり大人しくしていた。

 つまり、それを持っての要求というわけだ。祭佳との付き合いも長い。それくらいのことはわかる。

 とはいえ。と、四季はこちらを興味津々といった様子で見やる幽霊部の面々を思う。彼女らの前でアレをやるのは正直、恥ずかしいというかなんというか。


 などとモタモタしていると、背中に覆いかぶさってきていた祭佳が、腰に回した手に力を込めてきた。無言の催促。

 このままだとへし折られかねない。四季は堪らず、背後の怪異の肩を叩いた。


「わかった、わかったから! ちょっと力緩めて……まったく」


 素直に離れた祭佳に溜息をつきつつ、四季は座り直して体の向きを変えた。期待の眼差しを向ける彼女と向き合うように、正座だ。

 ずい、と顔を近づけてくる鈍色の怪異の頭に両手を当てる。人の髪に比べるとわずかに硬い感触。

 目を細める祭佳。集まる周囲の視線。今の状況になんとも言えない気まずさと気恥ずかしさを覚えつつも、四季は次の行動を起こした。


 彼女かれはそのまま怪異の頭に沿うように手を動かした。勢いよく。何度も往復させて。

 要は撫で回しだ。いささか乱暴なようだが、祭佳からすればこのくらいがちょうど良いらしい。現に彼女はされるがまま。気持ち良さげに目を閉じ、ぐるぐると喉を鳴らしている。

 不意に、四季の手を押しのけるようにして頭から飛び出したのはピンと尖った獣の耳だ。変化が一部解除されたらしい。額からも一本角が生えてきている。


 嵐ヶ丘あらしがおか 祭佳。周囲からは『禍』として恐れられ、暴れ出せば手がつけられなくなる彼女だが、四季にとっては多少事情が違う。単に人懐こいだけの普通の怪異だ。

 裏山で、特殊な結界に封じられて弱っていた彼女を何気なく助けたのがそもそものきっかけである。それからというもの、祭佳は彼女かれに対して強烈な好意と忠誠心を向けるようになった。

 それがどことなく犬寄りなのが、密かに四季を悩ませている。当の怪異は気にした様子もないが。


「ご主人! ご主人! お腹も撫でて!」


 学校での毅然とした態度はどこへやら。四季の前にごろんと転がった彼女が息を弾ませる。

 一瞬、四季の手が止まった。


「あの、祭佳。それっていつも元の姿に戻ってからやってたよね……?」

「うん。けど祭佳はちゃんと勉強してきたぞ。こういうとこは『ぺっと』を連れ込んじゃいけないんだよな! だからこのままで!」

「え、ええー……」

「……ダメなのか? これ、脱いだほうがいい?」

「そのまま! そのままでいい! ほらわかったからもうちょっとこっち来て!」


 服に手をかけた祭佳を間一髪のところで押しとどめ、四季はそのまま怪異のお腹をさする。

 どう考えても怜に見られたら誤解されるパターンだ。自分の部屋に戻っていてくれてよかった。

 と、転がっていた千里が目ざとく身を起こす。


「おや、なんだか四季ちゃんがサービスしてるニャー? あたしもあたしもー」

「なんでさ!?」


 不意打ちに驚いているうちに、猫又は四季の膝の上へと頭を滑り込ませている。四季は仕方なく、空いた手を彼女の頭に乗せた。早めに満足してくれないと動けない。

 背中には幽霊部たちの好奇心たっぷりな視線を感じる。大変気まずい。


「……なるほど。経立ふったちにはああいうアプローチがあるのですね。あなたもお相伴に預かってきたら、覚?」

「なんでだよ。いいよオレは。かわいがられるよりはかわいがりたいんだよ」


 輝夜と覚のどこか不穏な会話を聞きながら、四季はこの変化二人が早めに満足してくれることを祈り、手を動かし続けるのだった。

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