無意識、情報取得

『学校帰るのも一苦労だろ? 大変だよな。今のままだとこれがずっと続くんだぜ』


 からかうような声が降ってくる。四季は唸りつつ目を開けた。飛び込んでくる光景は朧で、モノクロームだ。

 ただ一点、自分を覗き込んでくる『それ』の顔に光る、三つの赤い光を除いては。


「シェイプ……シフター。また?」


 ピンときた途端、苛立ちの声が漏れてしまう。影のような怪異が身体を揺らした。笑っているらしい。


『またなのさ! いやはや、少しは感謝してくれたっていいんだぜ、きみ。今、この時期は正念場だからね。私も密に連絡を取っておきたいと』

「頼んだ覚え、ないんだけど」

『ハッハッハ! そりゃそうだ! 私の一方的な世話だよ。無力な人間らしく受け取っておいてくれたまえ』


 四季は顔をしかめた。こいつが出てくるということは、今の自分はおそらく意識を失っているのだろう。祭佳さいかのやつ、相変わらず加減を知らないんだから。

 そのくせ、身体はうまく動かせない。たぶん実際はまだシートベルトに縛られたままだからだ。なのでこうして、この胡乱な怪異の話を黙って聞くしかできることはない。


『さて。毎日こんな目に遭ってちゃ身体がもたないだろ? いや、身体はともかく精神のほうが先に音をあげるか。なのでお役立ち情報を教えてあげようってわけさ』

「お役立ち……?」

『あ、信じてないなその顔。相変わらず表情が読みやすいぜ、キミ。ヒヒヒ! 本当にお役立ちなんだって……今、キミがなんとかしようとしてる学校の怪異たちについてだ』


 小刻みに揺れていた『シェイプシフター』の身体がピタリと動きを止める。どうやらこれからは真面目な話。そういうことらしい。


『あの学校、なんだかんだあって怪異の巣窟になってはいるんだが……キミがまず意識すべきはあそこの七不思議だ。一種の百鬼夜行として機能していてね。この車も連中の差し金だよ』


 早速、嘘か本当かわからない情報が飛び出てきた。

 疑いの色を読み取ったのだろう。『シェイプシフター』はまた身体を揺らす。


『本当だってば。……ま、いきなり言われても信じられないか。信じられないついでに七不思議あいての内訳も教えておこう。脅威度の高い順に、『魔女』『コック』『トンカラトン』『委員長』『博士』『創り手』『人形遣い』だ。ああ、キミに限って言えば『委員長』のやつが二番目に危険かもしれん』

「……『魔女』って、この前ちょっかいかけてきた、あの赤いやつ?」

『そうそう、そいつ。よく覚えてるじゃないか。あいつがこの学校の百鬼夜行を束ねるリーダーだ。加えて、性格的に何をしでかすかまったくわからん。さらに背後には……とんでもない怪異が憑いてる。ご用心だぜ、マジで』


 最後のほうはほとんど囁くような声量。顔……らしき部分を近づけ、四季にだけ聞こえるように怪異は言った。


『正直、キミのところに集まってる怪異たちだって相当なもんだ。けど、魔女と組んでるやつはあんな連中とは桁が違う。格が違う。住んでいる世界が違う……キミの性格的にはありえないと思うが、正面切って挑むのはやめておけ。無駄な犠牲を出すだけだ』


 真剣な声音。からかいや戯れの意思が一切紛れていないことを感じとり、四季は黙って頷いた。

 少し考えてから、彼女かれは思い切って問いかけた。


「この車を……ええと、なんだろう。操ってた? のって、さっきの七不思議の誰?」

『うん? ああ、『人形遣い』だ。名前のとおり、無機物を怪異に仕立て上げるのが得意でね。もっとも、元から持ってた力ってわけでもない。使い方は雑だな』


 怪異の物言いに引っかかるものを感じ、四季はさらに問いを重ねようとした。

 が、なんの前触れもなく視界がぼやける。モノクロームの風景も、『シェイプシフター』も。すべてが。


『おや、時間切れか。ま、教えておくべきは教えた。頑張ってみてくれ』


 無責任な別れの言葉とともに、四季の意識は暗転した。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 夕焼けが広がる異界の空の下には、惨状が広がっていた。

 ワゴン車の前半分だけが塀に衝突し、深い亀裂を作っている。これが直接現世に影響を与えることはないだろう……衝突した瞬間、不可解な揺れくらいは伝播したかもしれないが。

 そして道路の真ん中に切り離された後ろ半分に首を突っ込んでいるのは、鈍色に輝く毛皮を持つ獣だ。注意深く見れば、気絶している囚われの人間の顔を舐めているのがわかるだろう。


「あっはっはっは!」


 電柱の上に腰かけた『魔女』が腹を抱えて笑う。その周囲に張り巡らされた結界が、彼女たちを不可視にしている。『魔女』の笑い声が下に伝わることもないだろう。

 その隣、電線の上に直立した『委員長』は呆れたように隣の少女を眺め、視線を道路へと移す。


 風のごとくかけてくる人影が映る。例の子と一緒に帰宅しようとしていた退魔師だ。草江くさえ れんだったか。

 常人では到底出せぬ速度から見て、霊気功の腕はそれなりといったところだろう。

『委員長』は手に持った水晶球を掲げ、無感情に語りかけた。


「見てのとおりだ、『人形遣い』。兵は拙速を尊ぶとは言うが、今回の作戦はいささか性急に過ぎたな」

『……ぐむむ……! だって仕方ないだろ! あんな怪異が紛れてるなんて聞いてない!』

「あっははは! ひー……そりゃ知るわけないよねー。『禍』なんてもんが今も生きてるなんて。しかもそれが人間に化けて! 新入生として入学! 本っ当おかしい! トリルに言ったらウケないかなこれ」

「無理だろう」


 目元を拭う『魔女』にそっけなく答えつつ、『委員長』は眼下を見下ろす。鈍色の怪異がシートベルトを食いちぎり、例の少女を解放。退魔師が警戒しつつも歩み寄っていく。

 その様を見て、彼女の目が細まった。


「どうする? 今仕掛ければ、確保はできそうだが」

『うえ? えーと』

「えー? 今はいいよ」


『人形遣い』の答えより早く、『魔女』が横槍を入れた。

 一瞥すると、彼女は当然のように理由を語る。


「今回の勝負はこれで終わり。こっちの負け。だよねぇ、『人形遣い』? 今はあなたのターンなんだから。私たちが手伝うのは筋違いだよ。まだ切り札を出したわけでもないでしょ?」


 冷然とも言える言葉に、水晶球の向こうの『人形遣い』が息を呑む音が聞こえる。

 意外でもなんでもない。『委員長』は平静を保つ。もっともらしい理由を並べてはいるが、実際は「このまま捕まえるのはつまらないから」というのが本音だろう。この女はそういうやつだ。どうしようもない。


 長い沈黙のあと、水晶球の向こうから『人形遣い』の声が返ってくる。


『……ま、まあね! こんなときのためにあの子の携帯に仕込みは終えてるし! こっちにはメリーもヒンナもいるんだから!』

「そうそう、ヒンナちゃんね。あの子すごいと思うな、私! 掛け値無しにね!」


 はしゃぐ『魔女』に溜息をつきつつ、『委員長』は思案する。その目には異界から抜け出す退魔師たちの姿が映っていた。

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