第12怪:人形遣いの話

下校時刻、校門にて

「ん、ん、んんん……」


 カーテンの締め切られた薄暗い部屋の中、女の唸り声だけがむなしく響く。

 甘く見ていた。『人形遣い』は早々に結論した。たかだか怪異に好かれるだけの人間と侮っていた。日条にちじょう 四季しき。並々ならぬ難敵である。

 正確に言えば、彼女自身というより彼女を取り巻く環境が、だ。入学式を機に外から怪異が流入してきたことは把握していたが、まさか本当にそのほとんどがあの少女の関係者とは。


「まいったなぁ……どうしよっかなぁ」


 弱音を吐いている間にも手は休めない。手に持った携帯端末がぼんやりとした光を放つ。

 招鬼まねき 暁美あけみを使って収集した情報はすべて『委員長』に連携済み。すなわち各クラスの怪異や退魔師の顔ぶれや、日条 四季に憑いている守護霊のごとき怪異についてだ。一応は仲間である。これくらいの気は利かせてもよい。

 問題なのはこれからどうするか。『人形遣い』は嘆息した。


 一番簡単なのは、単独での作戦遂行をきっぱりと諦め仲間に協力を求めること。しかし単純にこの方向で推し進めるのは躊躇われる。


 要因はいくつかある。まず第一に、都合よく協力者が現れるかということだ。『人形遣い』をはじめとした山雛高校七不思議の面々は文系部活動のごとく緩い集まりである。わざわざ自分の時間を割いてくれるようなやつがいるかどうか。

 『魔女』。ありえない。『コック』。論外だ。『トンカラトン』……接触するのはやや怖い。『博士』。可能性はある。『創り手』はまあ、最初から候補に入れなくていいだろう。

 確実に力を貸してくれそうなのは『委員長』くらいだ。嫌味こそ言われるだろうが、あれはなんだかんだ仲間思いだし。


 しかし第二の要因が素直に七不思議の面々へ声を掛けることを邪魔していた。

 それは『人形遣い』自身の見栄と意地である。あれだけ自信満々に言い切ってしまったのだ。すぐに方針を切り替えてしまうのもきまりが悪い。

 なにより、うちの子を傷つけてくれた報いはぜひ自分の手で晴らしたい。


 だとしたらどうするか。考えがスタート地点に戻る。

 暁美にんぎょうたちを介して得た情報からすると、相手の怪異は量ばかりか質も高い。確実に拉致するための下準備すら許してはくれなさそうだ。

 ……だが。『人形遣い』は把握している。一年の怪異たちは個々の理由で入学してきた連中ばかりだ。つまり、まだ連携はできていない。


「速攻か」


 漏れた呟きは、自分でも驚くほど落ち着いていた。

 『人形遣い』はベッドの上に放り投げていた端末をつかむ。そうと決まれば、あとは実行に移すのみだ。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 下校時刻を知らせるチャイムが鳴り響く。れんは早々に荷物をまとめ、四季とともに帰宅を選んでいた。

 放課後は学校の怪異たちも活発になるだろう。そんな時間帯にまで彼女かれを残しておくと絶対にろくなことにならない。そう考えたがゆえの行動の早さである。

 本来は退魔師の集会があったのだが、そんな理由もあり欠席してしまった。三國みくにがあとで要点を伝えると請け負ってくれたものの、ちょっと申し訳がなかった。


「他のクラスの怪異たちには声かけないけど、いいよね?」

「うん。……まあ、しかたないよね。山岬やまみさきたちに伝言を頼んであるから平気だと思う」

「別に平気だと思うけどな。祭佳さいかみたいに匂いで追いついてくるだろ」


 第三の声は背後から飛んできた。

 見ないでもわかる。嵐ヶ丘あらしがおか 祭佳。自分たちと同じ一年四組に紛れ込んできた怪異の一人だ。

 怜は何気なく振り返る。頭一つ分は高い位置から、怪訝な眼差しが降ってきた。


「退魔師も一緒に来るのか」

「……住んでるところが近いだけ。あなたは?」

「うん? 祭佳も四季のとこに住んでいいんだよな? あの首女がそう言ってたぞ」


 きょとんとした顔でそう言われる。怜は思わずため息をつきたくなった。はからずしてあのアパートにまた怪異が集まってくることになるわけか。今度はあの鬼女めぐり座敷童みかげにしっかり管理してもらおう。

 運動部の掛け声が聞こえる校庭をつっきり、校門へ。そこから一歩足を踏み出したときだった。


 轟、と質量を持った風が怜たちの前を通過する。いや、通過していない。凄まじい擦過音とともにワゴン車が急停車した。

 警戒するよりも早くその後部ドアが勢いよく開く。中から飛び出してきた黒く長い腕が四季の両肩を掴み、そのまま中へと引きずり込む。ドアが閉じる。エンジン音。離脱していく不審車。


 悲鳴すらあげる隙のない一瞬の出来事。理解できた瞬間に血の気が引いた。

 単なる誘拐だったらまだよかった。いや、なにもよくないのだが今の状況よりは遥かにマシといえよう。

 退魔師としての感覚が告げている。今の車、


「……今の、怪異!?」


 慌てて飛び出す。校門を境界とし、異界へ飛び込む。一見は何も変わらない、人の気配だけがない世界の中、遠ざかっていくあのワゴン車が見えた。

 と、そのトランクが勢いよく開き、中から複数の影が吐き出された。目を細め、正体を見定めると同時に呻きが漏れる。


 それは山雛高校の制服を着ていた。中肉中背で、整ってはいるものの影の薄い顔。見覚えがある。具体的には一年四組の教室で。

 招鬼 暁美が受け身を取り、無表情でこちらへと駆けてくる。明らかに人間の身体能力を逸脱した速度。


「な……」


 さすがに唖然とする怜の真横で大きな破砕音が鳴り響く。

 驚いて振り向くと、傍に腕を真横に突き出した祭佳が立っていた。さらにその腕の先には、上半身を粉々に砕かれた暁美の姿。地面に落ちた首は異常なまでの無表情。

 そして悟る。昇降口からも招鬼 暁美が駆けてくる。その数は三人。


「……式神? あれ、全部!?」

 

 その考えに至った時、思わず悲鳴が漏れた。

 式神。すなわち人工的に生み出された怪異だ。退魔師の十八番と考えられがちだが、高位の怪異にもこれを利用する者がいる。

 どうやらこの暁美たちもその類。端末として使い捨てられるタイプのものだろう。


 怜はひとまず戦闘態勢を取り……真横から聞こえてきた低い獣の唸りに身震いした。

 

「退魔師。お前、学校から出てくるほうをなんとかしろ」


 有無を言わせぬ口調で祭佳が言った。その視線は道路から向かってくるほうの暁美たちに向けられている。

 彼女のことをよく知らぬ怜ですらはっきりとわかった。彼女は今、どうしようもないほどに怒っており……もしその言葉に従わなければ、自分もどうなるかわからないということが。

 鈍色の怪異は一歩を踏み出す。その足取りがだんだんと早くなり、ついには弾丸のごとき勢いで駆け出した。

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