秘密の話、廊下

梔子くちなしーっ」


 四季しきは軽く手を振りつつ、顔見知りのもとへと近寄る。室内にも関わらずフードは被ったまま、口元には大きなマスク。中学の時も同じ格好だった。わかりやすくていい。

 周囲が昼食をとりつつ歓談している中、彼女は食事すらとる様子もなくぽつんと机に腰掛けていた。こちらの呼びかけにはすぐ気づいたのだろう。身軽に飛び降りると、足早に歩いてくる。

 にこやかに声をかけようとしたその矢先、彼女は無言で四季の手首を掴んだ。


「……えっと」

「来て」


 低い声。有無を言わせぬ調子。四季は面食らいつつも頷き、少し離れた後方で見守っていたらしい怜に念を送る。


<ごめん。なんか用があるみたい。少し外す>

<大丈夫なの?>

<平気、平気。変なことするやつじゃないから>


 それでもなお心配そうに見つめてくる彼女に笑顔を送ると、四季は素直に引きずられていった。

 

 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 腕を引かれるままにたどり着いたのは、なんのことはない、廊下だった。

 しかし単純に教室の外に出た、というわけではない。四季は肌で空気の違いを感じる。なによりそれ以前に、まだ昼休みだというのに人影一つないのは不自然極まりない。

 教室から足を踏み出すのをきっかけに異界に連れ込まれたのだ。それを理解してもなお、四季は慌てることもない。彼女かれにとってはよくあることだ。


「どうしたの梔子。わざわざこんなとこまで」

「ん、悪い。だが退魔師どもに聞かれると面倒なことになるから……」


 梔子は憂鬱そうに教室を見やる。どうやら怪異たちにとっては、退魔師を見分けるのはさほど難しいことでもないらしい。四季はこっそりと感心した。

 背後を見やると、いつの間にか閉め切られている扉が出迎える。ひとりでに閉まったというより、梔子が怜たちの干渉を恐れて閉めたのだろう。

 ここまで用心することもないと思うのだけど。流石にそれを口に出す気にはならなかった。


「なにか、あった?」


 代わりに、簡潔な問いを投げかける。

 梔子は少しばかり躊躇したようだった。が、やがて覚悟を決めたように四季の目を見据える。


「その……驚かないでほしい。四季は今、狙われてる」

「…………ええと。この学校の怪異に、ってこと?」


 思わず首をかしげる。そうだとすればあまりにも今更な警告だ。学校の『魔女』に襲撃を受けたのはそう前のことではないし、なによりこの年まで何度怪異に狙われてきたことか。

 が、梔子は首を横に振る。


「そうじゃない。仮にここの連中が四季を狙ったとしても、私がなんとかできる。だから安心してほしい」

「ありがとう」

「うん。……だけど、今私がいいたいのは、そうじゃなくて。地元の連中や学校のガキどもみたいに、一筋縄ではいかない連中が四季をどうにかしようとしてるってこと」


 その表情。その言葉。どちらにも込められた真剣さに、四季は思わず唾を飲む。いつの間にか梔子の両手が自分の肩に置かれていた。

 一瞬だけ躊躇してから、それでも梔子は言葉を続ける。


「……その。本当は、私もそいつらの仲間だったんだけど」

「え、そうなの?」

「で、でも! 女将……ああ、えっと。元ボスが四季を引き入れてなにかしようと企んでるって聞いて……抜けたんだ。けど、あの人抜け目ないから。きっと四季が一人になったこの機会になにか仕掛けてくる」


 説明を聞いて、四季は少しずつ事態を呑み込めてきた。どうやら彼女がもともと所属していた百鬼夜行が、自分になにかしてこようと企んでいるため、それを防ぐために入学してきたらしい。

 中学のときもそうだった。彼女はどちらかといえばなのだ。正義感が強く、人に仇なす怪異を放っておかない類の。

 しかし、重要なのは。


「……わかった。気をつけるよ。けど、その連中の名前って?」

「それは……」

「山ン本組、だろうがよ」


 最後の声は足元から聞こえた。

 梔子の顔が強張る。直後、四季の視界は目まぐるしく回転した。体当たりかと見間違うほどの勢いでその場を引き剥がされ、彼女の背後に移動させられたと気づいたのは数秒の後のこと。

 そのときには、四季の影から声の主たる怪異が姿を現している。中折れ帽にトレンチコート。わずかに背を曲げた人型だ。


「ずいぶんとまあ懐かしい顔と会うもんだ。どうも、梔子さん。元気そうで」

「……お前、ラタン……! あの人、もう動いてたっていうの!?」

「あ、あの」

 

 風向きが怪しい。四季はちょいちょいと梔子の袖を引く。が、あっさりと振り払われた。


「そりゃ動くともさ。あんたも長い間ボスに世話になってたようだが、それでもまだ見立てが甘いんじゃないかね?」

「……ッ! よりにもよってあなたが送り込まれるなんて。女将さん、それだけ本気ってことか……」

「ねえ……」


 控えめに肩をつつく。苛立たしげに指を払われる。ざわり、と梔子の体に霊気が走った。


「けど、テューラのやつがいないのなら……!」

「おいおい、やる気かね? ちょっとお勧めできんなそれは。あんたがまずやることは」


 ラタンの言葉が終わるよりも早く、梔子は動いていた。彼女は腕を振るい、


「ねえってば!」


 振り切る前に四季にその腕を掴まれる。

 さすがに苛立ったのか、梔子が勢いよくこちらに振り向いた。


「四季は静かにしてて! 事情は後で説明するから!」

「説明が必要なのは今だよ! なに、梔子もめぐりさんの部下だったの!?」

「えっ……そ、そうだけど……四季、なんで女将のことを」

「あー……いいかい、梔子さん。あんたがまずやることはな」


 どこか気まずそうな口調で、ラタンが告げる。

 梔子が振り向いたのを確認し、彼女は肩を竦めた。


「私の話を聞くことだよ。いいか。今の山ン本組のボスは、そこの坊ちゃんだ」

「………………は?」

「坊ちゃん、例の小槌を」


 四季は頷き、右手を開いて念じる。その手の内に古びた小槌が現れた。

 これこそが山ン本組の象徴。頭領となった者に憑き従う、小槌の怪。

 梔子はぽかんと、小槌と四季の顔を交互に見やるのだった。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 四季たちが現世の廊下に戻るのと、怜たちが教室を出てきたのはほぼ同時だった。

 退魔師たちから見れば四季と梔子が急に廊下に現れたように見えただろう。とはいえそれを騒ぎ立てる者はいない。退魔師である以上、それを見ればなにが起こっていたかくらい推測できるからだ。

 

「あ……えっと、話、もう終わったの?」

「うん。もしかして心配かけちゃった?」

「……まあ、それは、その。どうしたってさ……」


 先頭を切っていた怜が、困ったように視線を逸らす。

 その脇からにゅっと顔を出したのは三國だ。彼女はむしろ、梔子のほうに注意を向けていたようだった。


「あのさー、梔子ちゃんだっけ? 大丈夫、その子?」

「え? あー……」


 四季は苦笑とともに隣の怪異を見やる。

 梔子は今、うずくまって顔を両手で覆っている。具合が悪いわけではないのは百も承知だ。まあ、四季としては気持ちはわかるとしか言いようがない。

 見事な空回りを友人に見られれば、こうもなるだろう。


「…………巣穴に帰りたい…………」


 ぼそりとした呟きは、梔子の頭頂部から聞こえたようだった。

 怪訝な顔を向ける退魔師たちに、四季はぱたぱたと手を振る。


「その……大丈夫だよ。少ししたら立ち直ってくれると思う。それより、早く最後のクラスに行ってみよう」


 あまりにも力技な話題転換。

 怜たちも触れるべきではないと感じたのだろう。素直に頷いてくれた。

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