自己紹介、退魔師と怪異の間

 祭佳さいかが落ち着いてから数分後、一年二組に何食わぬ顔で編入してきていた怪異おにたちと退魔師たちは向かい合っていた。

 二つのグループのちょうど中間。側に立つ祭佳をそれとなく目線で制しつつ、四季は声を上げる。


「ええと……改めて。セキたちは地元にいた頃の俺の友達で……ねえ、自己紹介してもらっていい?」

「あー? あたいはセキな。古鳥野ことりの セキ。で」


 面倒くさげに名乗った赤鬼の少女は、背後に隠れた青鬼を親指で指し示す。


「こっちはアオイ。苗字はとりあえずあたいと同じにしてる。恥ずかしがりなんだ、こいつ。気にすんなよな」


 紹介されたアオイは、申し訳程度に頷くと完全にセキの背中に引っ込んでしまった。四季はやや眉をひそめる。あまりいい傾向ではない。

 セキは変わらぬペースで仲間の紹介を続けていく。


「で、そっちのがキハダ。その隣がミドリ。で、最後がクロ。苗字はみんなあたいと同じな。覚えやすいだろ?」

「なに、キミら姉妹なワケ?」


 軽い調子で尋ねたのは陽太郎ようたろう。このクラスに配属された退魔師の一人である。

 その問いに、セキは侮蔑的な笑みとともに答えた。


「ンなわけねえだろ、ただの親友だ。単にここ入るときに苗字が必要だったから、まとめて同じにしただけだよ」

「はいはいなるほどね。よくまーそんなんでバレなかったな!」

「バカだからな、人間どもは」


 セキの物言いに、四季の眉間のしわが深くなる。が、彼女かれの注意より早く陽太郎が言葉を続けた。


「じゃ、ま、次はオレらの番な! まずオレが吉備きび 陽太郎……ってまー、同じクラスだし? 名前くらい知ってっか」

「いや、初めて知ったけど」

「ウッソ!? え、最初のホームルームんとき自己紹介したよな!?」

「聞いてねえし」

「マジか……ショックだわ……」


 傍目から見てもわかるほどにしょげる陽太郎に、四季は思わず慰めの言葉をかけようとした。

 が、彼はそれよりも早く立ち直る。


「ま、今覚えてもらえんだからいーわ。で、オレ、退魔師な」

「は? マジかよ」

「マジよマジ。セキちゃんらが怪異ってのも一発でお見通しだったし」

「ああ、そういう理由でジロジロ見てたのか……」


 口を挟んだのは緑肌の鬼……すなわち、ミドリである。彼女は呆れたように陽太郎を眺めた。


「まさか退魔師とは思わなかったわ。あたしてっきり、話に聞くナンパ野郎かと」

「ひどくねぇ!?」


 陽太郎が大仰に仰け反り、そのまま力なく崩れ落ちて落ち込み始めた。どうやらいちいちリアクションを大きくするクセがあるらしい。慰めたものかどうか、四季は微妙な顔で経緯を見守る。

 ミドリはからからと笑い、手を差し出した。


「悪い、悪い! ほら、立てよ。仲直りの握手な」

「お、ミドリちゃんノリいいタイプ? じゃお言葉に甘えて……」

「ミドリ」


 至極あっさりと立ち直った陽太郎がミドリの手を取る直前。四季は迷わず叱責する。

 キョトンとする退魔師を差し置き、ミドリはほとんど反射的に手を引っ込めた。


「な、なんだよ四季。単なる握手だよ。な?」

「ミドリ」

「……ち、ちょっとからかおうとしただけだって! 本当!」

「その手の冗談、嫌いだな」

「う……わ、悪かったよ……本当にごめんって! だからそんな目で見るなよう……」


 やっと反省し始めたらしいミドリに、四季は息をつく。

 なにしろ地元での付き合いも長い。彼女がなにをしようとしていたかはすぐにわかった。でもなければ、


 物言いたげにこちらを見ていた陽太郎が、不意に明るい声をあげた。


「まーまー! オレ気にしてねえし! ええと、四季ちゃん……あ、下の名前で呼ばせてもらうな? ありがとうな! なんか知らねえけど!」

「え? えっと」

「セキちゃんたちとしても退魔師って聞いて警戒すんのは仕方ねーよ! オレも正直怪異に直面したらブルっちまうもん。だからおあいこだおあいこ! で、こっちの自己紹介続けさせてもらうぜ? 次、雷華らいかちゃん頼むわー」

「はいはい、了解了解」


 このクラスのもう一人の退魔師が紹介を引き継ぐ。そして次に三國が。今度はセキたちも余計な茶々を入れることはなかった。

 そして、最後。


「……草江くさえ れん。ええと、なんて言えばいいかな。よろしく」

「あんがとな怜ちゃん。さてセキちゃんたち、気をつけろよ? 少しでも変なことしたら、この怜ちゃんが真っ先にぶん殴りに来るからな!」

「ちょっと」


 陽太郎の物言いに、怜が抗議の声を上げかけた。

 が、それを押し退けるように雷華が陽太郎のノリに合わせる。


「そうだぜー? こいつマジで怖えんだぜー! あたいらみたいな学生退魔師の間でも評判なんだ。一度食らいついたら離さない! そんで容赦ない! だからついたアダ名が『日限ヒカギリ』ってな」

「あれ? そこ『百歩蛇ひゃっぽだ』じゃなかったっけか?」

「え? そっちのほうが初耳なんだけど。また二つ名増やしたのか、怜?」

「やかましい」


 ごっ! ごっ!

 怜の腕が霞み、やたらと鈍い音が二つ続く。四季が目を丸くする前で、陽太郎と雷華の二人は仲良く頭を抑えてうずくまっていた。

 思わず怜を見やる。睨み殺さんばかりの視線が返ってきて、思わず硬直しかけてしまった。


「ここでの野暮用はもう終わりでいいよね。次行こうか、若狭わかささん」

「あー……そうね。お昼ご飯食べる時間なくなっちゃうしね……」


 あっという間に踵を返し、教室出入り口へ向かう怜。三國は呆れた笑みでその後を追う。

 三國に視線で促され、四季も続く……前に、うずくまったままの陽太郎の肩を叩いた。


「ええと、吉備くん?」

「いっててて……んあ? 陽太郎でいーぜ?」

「じゃあ、陽太郎くん。もしセキたちが」


 と、四季は小鬼たちのほうを見やる。その笑顔の裏の圧力に気づいたのか、セキがわずかにたじろいだ。


「……変なことし始めたら、遠慮なく俺に言ってね。すぐに注意しに行くから」

「ん、りょーかい。ありがとな」


 返ってきた笑顔にホッとしつつ、四季は改めて怜たちの後を追う。もう二人は教室を出てしまったらしい。

 入り口付近で、ふと四季は立ち止まり、振り返る。セキたちに、ではない。窓際の席に座る生徒に。


 ひどく影の薄い少女に見えた。特徴もないショートカット。背も高くなく低くなく。

 しかし、その『空気』には覚えがあった。


「……こんなところにもいるんだ。招鬼まねきさん」


 小声で呟く。ぴくり、と窓際の少女が動いたように見えた。

 四季はそれ以上の注意を彼女に振り向けない。それよりも怜たちに追いつくほうが先だ。

 果たして、一年三組にはどんな怪異が潜んでいるのか。

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