第11怪:山雛高校一年生どもの話

挨拶の時間、一年二組の教室にて

 猫又。八代湖やしろこ 千里ちさと

 一年一組。同クラスの女子の中でも大柄。が、もさもさとした長髪と眠たげな目のせいであまり威圧感はない。スカートから覗く長く太い尻尾に、隠すつもりもない大きな猫耳が普通の生徒では感知できないチャームポイント、らしい。

 そして彼女もまた日条にちじょう 四季しきの知己である怪異の一人。なんでも実家の裏山にできていた猫又たちの集落出身なのだとか。


「猫又の集落って、なに」

「な、なにって言われても……その、文字通りのものとしか」


 詰め寄ってみても、四季はおどおどと返事するだけ。れんは嘆息した。

 日条家にはたしかに裏山があり、幼い頃はそこで四季を引きずって冒険ごっこをした覚えがある。ちょっと離れた間にあそこも怪異の巣窟になっているというのか。あるいは、自分たちがそこまで踏み込まなかっただけか。


 閑話休題。


「なんにせよ、あいつは大丈夫な怪異ね。他は……」


 と、怜はクラスを見回し、離れた場所でこちらを観察している生徒二人に視線を定めた。

 どちらも金髪、日本人離れした顔立ち。外国人……もとい、国外由来の怪異だろうか?


「あー。あの二人は気にしないでやってほしいニャ」


 のそのそと千里がやってくる。彼女が軽く手を振ると、こちらを凝視していた二人が途端に興味を失ったかのように視線を散らした。

 怪訝に見上げる怜向け、猫又は弛緩した笑みを返す。


「あの二人はアタシが連れてきた怪異でニャー。あっちのたてがみがあるほうが獅子野ししの。で、ブチがあるほうが中津神なかつかみ。二人とも四季ちゃんに会うのは初めてのはずだニャ」

「たしかに初めて見る怪異だけど……え、そもそもなんで連れてきたの?」

「いやー、アタシは所詮田舎者だし? けどそっちの二人は都会生まれで、それなりに腕っ節も強いからニャ。こう、用心棒がわりに」


 ふにゃふにゃと笑う千里。四季が渋面を浮かべているのが見て取れた。

 気持ちはわかる。勝手な理由で人間の領域で踏み込んでくるのに、徒党を組まないでほしいものだ。


「そんな顔しニャーでも、退魔師に喧嘩売るようなことはしないニャー! アタシは平和主義者だからニャ。いや本当」

「平和主義者、ねぇ」


 割って入ったのは少年の声。

 自然、一同の視線はそちらに集まる。机に頬杖をついた男子生徒がじっと千里を凝視していた。

 彼の名は有明ありあけ光流みつる。このクラスに配属されていた学生退魔師だ。


「……ニャーに? なんでそんなに疑わしげなのかニャ、そこの退魔師クン」

「有明でいい。クラスメイトだろ。……ああ、気を悪くしたんなら謝る。別に喧嘩を売りたかったわけじゃなくてだな。こう、怪異としての実力は性格と関係ないんだな、と思っただけだ」

「…………ニャハハ! 買いかぶりすぎだニャア、アタシを」


 千里が困ったように目尻を下げる。大きな尻尾がパタパタと揺れた。

 その様を興味なく一瞥し、怜は光流に念話を送る。


<こちら草江。有明くん、この猫又をどう見てる?>

<こちら有明。多分だけど強いと思うぞ、こいつ。退治しなくていいのは僥倖だな>

<根拠は?>

<俺のカン……だけじゃ不十分か。さっきのシシノだのナカツカミだのいうそれなりに強力そうな怪異を、手振り一つで黙らせる。そんなのが単なる猫又で説明できると思うか?>

<……だいたいわかった。つくづくあなたに良識があってよかったよ、有明くん。じゃ、念話終了オーバー


「二人ともー? そろそろ別のクラスに行ってみない?」


 念話が終わると同時、入り口付近から三國みくにの声が飛んできた。祭佳さいかの姿はない。すでに廊下か。

 怜は頷き、四季の肩を叩いて次を促す。昼休みは有限だ。


 背中に千里の視線を感じつつ、怜たちは次のクラスへと向かうことにした。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 一年二組。そこに配属された学生退魔師の一人は、幸運にも怜のよく知る人物だった。


雷華らいか、このクラスだったんだ。大丈夫? 怪異に無謀な喧嘩売って返り討ちにあってない?」

「してねェし!し かも開口一番がそれかよお前!」


 児玉こだま雷華が摑みかかる。怜はそれを無表情のまま弾いた。そのまましばし猫の喧嘩のごとく静かな小競り合い。楽しい。

 その間にも、四季はこのクラスに潜り込んでいた怪異に顔見知りを見つけたらしい。集まって駄弁っていた生徒の一団へと近づいていく。


 結構な数が入りこんでいるらしい。この学校、大丈夫だろうか。入学生の一割は怪異なのではないか。

 怜はちらりとそちらに視線を送り、目を剥いた。

 飛んできた雷華の拳を止め、手繰り寄せ、彼女の首を極め、尋ねる。


「雷華。あいつらって」

「ぐえええ……ッ!? み、見りゃわかんだろ。鬼だよ、鬼! なんでこんなとこに来てんのかわかんねえけど!」


 怜は沈痛な溜息をつく。見間違えであって欲しかったものの、どうやら現実は非情だったらしい。

 然り、今や四季を取り囲んでいるのは童子然とした鬼たちだ。赤、青、黄、緑、黒。肌の色の違う者が、五人も。


 言わずもがな、鬼というのは古い歴史を持つ怪異。歴史に名を残す者も数多い。

 果たして四季を小突いている彼女らはどうか。さすがにあの中に著名な者はいない、と思いたいが……


「おいおい、アレ大丈夫なわけ? 助けに入ったほうがいいか?」


 三國とともに軽薄な男子生徒が小走りで合流してきた。彼の名は吉備きび陽太郎ようたろう。一年二組に配属された退魔師のもう一人。

 怜はいい加減青くなりはじめた雷華を解放し、逡巡する。いかに四季とはいえ、あれだけの鬼に囲まれているのを放置するわけには……


「おい」


 低い声が一瞬にして教室のざわめきを圧倒した。

 思わず息を呑み、怜は声の主を見つめる。嵐ヶ丘あらしがおか 祭佳。鈍色に輝く髪の怪異は、いつの間にか四季たちの側に立っている。

 そして、リーダー格らしい赤鬼少女の肩に手を置く。みし、と骨の軋む音が静まり返った教室に響いた。


 振り向いた赤鬼少女がにわかに慌てだす。


「うげ、祭佳!? 嘘だろ、お前も来てたのかよ!」

「四季を……」

「いじめてねえってば! あたいらはいつもこんな感じなの!」

「困ってる、だろ」


 獣のような唸り声。聴いている者の心胆を一気に冷やす類の、不穏な響き。

 怜たちが腰を浮かしかけたそのときだ。四季が動いた。

 彼女かれは何気ない様子で祭佳の手の上に自身の手を重ね、赤鬼少女の肩から退ける。


「大丈夫だってば……セキたちだって悪気があるわけじゃなし。俺も慣れてるから」

「本当?」

「本当」


 四季と祭佳はしばし見つめ合う。教室の時間が止まったかのような緊張感。

 先に視線を逸らしたのは祭佳だった。


「……ならいい。悪いな、鬼の」

「セキな! そういやマトモに自己紹介したことなかったな!」


 冷や汗だらけになりつつも、赤鬼少女が引きつった笑みを浮かべる。

 誰ともなく安堵の息が聞こえ、それをきっかけとして教室が先ほどの活気を取り戻した。


 退魔師たちもこっそりと顔を見合わせる。最悪の事態にならなくてよかった。全員の顔は雄弁にそう語っていた。

 彼らの元に、四季が怪異たちを引き連れてやってくる。ひとまずここは念入りに話をまとめる必要があるだろう。怜はこっそりと気合を入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます