授業中、無言の雑談

 四季しきが戻ってきた。祭佳さいかを引きずるようにして。彼女かれにもそれなりの膂力があるらしいことに、怜は少しだけ驚いた。それとも怪異は見た目よりも軽い、というだけのことなのだろうか。

 こちらの視線に気づいたのだろう。祭佳が緩みきった表情を引っ込めてこちらを見やり、何事もなかったかのように立ち上がる。四季を両腕に抱えたままで。


「なんだ? お前ら」

「……ええと」

「この子は怜! で、隣の子は三國みくにさん! その、友達だよ。俺の!」


 どう答えたものか。一瞬迷った隙に四季が助け舟を出してくれた。

 祭佳は数度瞬きし、意外そうに怜と三國を交互に見やる。なにやら言いたげに四季に視線を下ろしたものの、特に懸念を口にすることはなかった。


「そっか。じゃ、気をつける。……よろしくな、そっちの」

「うん。よろしく。ええと……嵐ヶ丘あらしがおかさん?」

「祭佳でいい。長いだろ」


 気さくそうな様子で彼女は言った。しかしその目にわずかながらの警戒心が浮かんでいることを怜は見逃さない。

 向こうもまた、こちらの正体には勘づいているようだ。

 持ち上げられたままの四季が慌てたように口を挟む。


「あ、あと! 祭佳、今日の昼って用事ある? ないならちょっとついてきてほしいとこがあって」

「四季が来いっていうなら。祭佳はどこにでもいくぞ!」


 にっ、と祭佳が笑みを見せた。口の端から覗く鋭い牙がいやに鈍い輝きを放つ。

 ともあれ、最低限の約束はとりつけられたようだ。こっそり息をつく怜の横で、三國が呆れたように言い放った。


「ところでさ。そろそろホームルーム始まるよ? もう離してあげなさいな」


 祭佳の顔がこわばる。 

 ……彼女から四季を引き剥がすまで、怜たちは始業時間ぎりぎりまで格闘する羽目になる。徒労よりもまず周囲からの奇異の目が痛い。そんな朝から今日の高校生活は始まった。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 今日からもう授業が始まる。自己紹介から始まり、教科書のさわりに突入。

 内容自体はそこまで刮目するものはない。職業たいまし柄で安心できたのは、教師陣の中には怪しげな怪異的存在がいなさそうなところだろうか。まあ、今日授業を行わない教師陣や他のクラスの担当がどうかまではわからないが。


<ねー退魔師ー>


 などとノートをとりつつ考えていると、唐突に別の思考が割り込んできた。

 念話である。この舐めた態度からして、隣に座る三國でないのは明らかだ。加えて、この『声音』には聞き覚えがある。


<……山岬やまみさきさん?>

<おっ、わかってんじゃん。あとウチを呼ぶんなら阿子あこでいーよ。山岬はほら、の名前だから>


 軽薄な調子で言葉が投げ込まれてくる。

 わずかに眉根を寄せつつも、怜は平静さを保ち念話を返した。


<授業に集中したら? どういう目的で入り込んだにしても、学生でしょ?>

<マジメちゃんかよ! だって退屈じゃんこんなの。ずっと座ってセンセーの話聞くだけってさー>


 ケラケラという笑い声がノイズのように混じってくる。

 山岬の席は前の方のため表情こそ伺えないものの、きっと向こうも平然とした顔で授業を受けているのだろう。器用というか、なんというか。

 にしても、向こうから話しかけてくるとは。昨日の良乃よしのとはまるで違う。


<ま、ついでだし教えといたげる。輝夜かぐやチャンとさとりチャンには事情説明しといたから。あんたらが変なことしなけりゃ、喧嘩売ってくることもないんじゃない?>

<本当? その……ありがとう、阿子さん>

<礼言われる筋合いねーし! ま、どういたしましてとは返しとくよ>


 どうやら自分たちが祭佳と格闘している間に、さっさと話をつけてくれたらしい。

 雪乃堂ゆきのどう 輝夜と久留姫ひさるき 覚。どちらも乗り込んできている怪異。こうした形でスムーズに話を通すことができたのは僥倖といえよう。

 それにしても。


<他の……ええと、エルとレティクル? あの二人とは話できた?>


 先生の話を自動筆記じみてノートに書き写しつつ、思い切って問い返す。音成のことは除外した。あれはもう、御影からお灸を据えられたらしいし。

 レティクル・エテル・クリトルリトルは相変わらずのサングラスにスーツ姿。あのなりでおとなしく授業を受けている様はひどくシュールだった。


 そして残る一人、エル・ケーニヒ。こちらも退魔師から見れば異様な風体……つまり結界頼りの怪異といえよう。

 ピンと尖った耳。雪のように白い肌。その上を這うように広がる、蔦のごとき黒い紋様。

 なんとも世界観の違うやつが紛れ込んできたな、というのが怜の偽らざる感想だった。


<あー、あの二人ねー……ちょっと話しかけづらいんだよね。ほら、『留学生』みたいなもんだし>

<どこからの?>

<知らねーしそんなの。なんか気づいたら四季チャンの側にいた手合いだしあいつら>


 苦々しげな返答。四季を追ってきた怪異たちも決して一枚岩ではないらしい。あまり嬉しくない新情報。


<それはそーと、退魔師も祭佳チャンと知り合えたみたいじゃん。まずはおめでと。命を拾えたね>

<……そこまで言う? 言っちゃなんだけどあの子、そこまで凶暴な怪異には見えないんだけど>

<そりゃ祭佳チャン自体はいい子だもん。四季チャンの言うことなら素直に聞くし。つか、祭佳チャンの危なさって性格にはねーから>


 思わせぶりな発言に、怜は意識を傾ける。

 特にもったいぶる様子もなく阿子は続けた。


<祭佳チャンは単純に怪異として強力なの。たぶんこっち来た怪異勢で勝てるやついないんじゃね? そんくらいよ>

<……そんなに?>

<人間がぜってー手ェ出しちゃなんないタイプだからね祭佳チャン。本人は手加減してるつもりでも、このガッコくらいなら普通のズタボロにしちゃうだろうし>


 思わず絶句する怜の意識に、阿子の言葉が広がっていく。


 <あんたのほうからもちゃんと他の退魔師どもによろしく言っておきなよ。あんたらが下手なことしたら、一番悲しむのは四季なんだから>


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 午前の授業がようやく終わり、お待ちかねの昼休み。

 とはいっても、怜たちはすぐに昼食を取るつもりはなかった。他のクラスに潜む怪異たちや、退魔師たち。彼らと渡りをつける必要がある。


「お昼ご飯ちゃんと食べれるよね……?」

「そうできるようにちゃっちゃと動く! さ、行くよ」


 不安そうな四季の腕を引っ張り、怜は教室を後にした。三國と祭佳が続く。


 ……彼らが去ったあと、一人の生徒が不意に立ち上がった。周囲のクラスメイトが気に留めることはない。昼食や歓談のほうがよほど重要だからだ。

 それが迷うことなく向かったのは四季の席。机の上に無防備に置かれた鞄を見下ろし、やがてそれに手を伸ばす。不審な行動。それでも、クラスメイトたちは気づくことができない。


 その手が鞄に触れようとした、そのとき。


<早速、羽虫がかかったかよ>


 がちり、と。その『足首』が掴まれた。

 意表を突かれ、それは足元を見下ろす。机が生み出した影。その中から腕が生えていた。肌に食い込むほどに強い力。


 次の瞬間、クラスメイトの誰にも目撃されることなく、その生徒は影の中に姿を消した。

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