朝のホームルーム前、挨拶

 高校生活二日目の朝。草江くさえ れんは登校中から顔をしかめる羽目になっていた。 

 原因はいたって明確。我が物顔で四季に腕を絡ませている山岬やまみさきのせいだ。ただし昨日とは首から上が違う。あの無愛想な黒髪の代わりに、にやにやとした笑みをこちらに向けているのは金髪ツインテールの首だ。

 たしか阿子あことか言ったか。どうやら首から上は日替わりで交代していくらしい。本当に気づかれないのだろうか、これ。


 いや、問題はそこではない。


「……なんで部屋から一緒に出てきたのか。説明してもらっていい?」

「ええと、その」

「えぇー? 別にウチらの事情説明してやる必要なんてなくない? ねー四季しきチャン、退魔師なんかほっといてさー、早くガッコ行こー」

「怜は俺の友達だって言ってるでしょ。阿子はちょっと静かにしてて」


 四季に半眼を向けられ、山岬は面食らったように黙り込んだ。もっとも腕をほどくまでにはいたらないようだったが。

 申し訳なさそうな視線とともに、彼女かれは溜息交じりの説明を始める。

 曰く。どうやらこちらでの住居のことなど少しも考えていなかったらしい山岬たちをあの鬼女の結界に住まわせることにしたのだとか。結果、部屋からともに登校するという状況になったらしい。


 向こうもそうだろうけれど、どうにも頭の痛くなる話だった。


「ああそう。まあ、いいけど……そういえば音成おとなりだっけ。あの怪異はどうしたの? 一緒に来そうなもんだけど」

「音成さんは、その」

「あいつどうも御影みかげサンに無断でガッコに潜り込んだらしくてさ。昨日大目玉食らってんの。で、朝食の片付けとか手伝わされてるんよ。それが終わったら来るんだって。ウケるよね」


 実に楽しげに山岬が割り込んでくる。警戒心こそあるものの、彼女は口の軽いタイプらしい。

 愛想笑いなど返しつつ、怜は首を傾げた。


「……それ、間に合うの?」

「平気じゃね? あんなんでも怪異だもん。最悪、四季チャンが呼び出せばいいんだし。小槌で。できんでしょ?」

「あー、その手があったか……じゃあ阿子もゆっくりできるじゃない。学校ついたら呼ぶよ」

「は? 冗談! 絶対四季チャンと一緒に登校するし! メンバー特権だよメンバー特権!」

「ないよ、そんな特権……」


 ムキになってしがみつく山岬に、四季が疲れたような溜息をつく。

 なんとも言い難い感情が胸のうちに湧いてくる。が、それよりも気になるのは。


「……メンバー?」

「そ。ウチら、四季チャンの百鬼夜行入ったから。ま、アンタとどーこーする気もないし? よろしくね。で、ついでに忘れないうちに言っとくわ」


 と、彼女は自身の胸元を親指で指し示した。

 見るとそこにはワッペンのようなものが縫い付けられている。小槌を象った紋章。認識阻害のためか、わずかな霊気。


「これ、四季チャンとこの百鬼夜行の印ね。めぐりおばさん知ってんでしょ? あのひとが夜なべして作ったの。これつけてたら四季チャン関係者だから。攻撃すんなってお仲間に伝えといて」

「……わかった。ありがとう。連携しとく」


 素直に礼をいい、携帯端末で手早く情報を回す。

 他のクラスにおける四季関係者の特定はこれからとはいえ、目星になるものがあるだけでもだいぶ違う。たまにはあの鬼女もいい仕事をする。

 端末をしまおうとしたそのとき、四季が慌てたように口を開く。

 

「あ、あと怜。俺からもちょっとお願いが」

「なに?」

「今日から他のクラスに、その……怜の友達とかと顔合わせに行くじゃない。そのときに連れて行きたいやつがいて」


 怜はとっさに山岬を見やる。が、彼女はあっさりと首を横に振った。


「いや、ウチじゃないでしょ。祭佳さいかチャンだよね?」

「うん。まかり間違って暴れられるのはちょっと」

「そうね。マジでシャレならんわ。早めに『こいつらはいいやつだから平気』って教えてとかないとマズいし」

「……嵐ヶ丘あらしがおかさん、だっけ」

「あってる。……うん、学校ついたら怜と若狭わかささんは顔合わせしておこうか。昨日やっておけばよかったんだけど……」


 四季が何度目かの溜息。

 そこまで彼女かれが気を使う怪異とはいったいいかなる者なのか。怜は静かに不安と懸念を募らせるのだった。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 クラスに潜り込んできた怪異はおおよそ二種類に分別できる。認識阻害の結界を重視し、見た目をさほど取り繕わない者。そして気配すら人そっくりに化ける者。

 嵐ヶ丘 祭佳は後者だ。唯一目につくところといえば、わずかに光沢のある鈍色の髪くらいか。どことなくボーイッシュな雰囲気がある。

 他のクラスメイトの歓談に加わることなく、窓際の自席に座り、つまらなさそうに自身の癖っ毛を指でいじっている。そうした姿を見る限りでは、四季や山岬たちが危険視するような存在にはとても見えない。


 怜は若狭わかさ 三國みくにとともに、少し離れた位置で待機している。念のため、と四季に頼まれたことを素直に実行している形だ。

 ちなみに山岬はいない。彼女はともにきたという怪異たちに事情を説明しにいっている。それはそれで重要な仕事だ。

 当の幼馴染は今、祭佳に話しかけに近づいている。少しばかりの緊張がその背中から感じ取れた。


「お、おはよう。祭佳」


 四季が何気ない様子を装って挨拶した途端、祭佳が動いた。椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がったのだ。

 立つとよくわかるのだが、彼女は長身だった。もともと小柄な四季が側にいるせいもあるだろうが、同年代……もっとも、このくくりを怪異である彼女に適用したものかは悩ましいが……から見ても背が高い部類に入るだろう。とはいえ、あくまで人外の範疇には達していない。180かそこら、といったところだろうか。

 ともあれ、その行動で怜は思わず警戒姿勢をとってしまう。それほどの威圧感があった。


 が、杞憂だった。

 祭佳は満面の笑みを浮かべ、四季の目線まで屈み込む。そしてそのまま彼女かれを抱き寄せた。周囲の目など一切気にすることなく、だ。

 押し付けるように頬ずりまで加える始末である。


「おはよう! ごしゅ……じゃない、ええと、学校では、四季! 元気そうでよかった!」

「あー、祭佳も変わんない……待って、痛い。痛いってば! 力入れすぎなんだよ!」


 ついに四季が抵抗を始めるも、ものともしない。


「……なんか犬っぽいね、あいつ」


 助けに入るべきか迷っている怜の耳に、ひどく冷静な三國の声が染み入った。

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