第10怪:学校の怪異の話
夕食どき、歓談とこれからすべきこと
年頃になれば、一度は一人暮らしに憧れるものだと
期せずして高校生活の初日から、憧れた機会に恵まれたこととなる。しかしあまり嬉しくはなかった。
なぜかと言って、結局は似て非なるものだからだ。友達は人間ではないし、そもそも厳密には一人暮らしではないし。
「あー……えっと……お久しぶりです、御影さん」
「そのー、相変わらずお元気そうで! ははは……」
学校から憑いてきた
それを冷めた目で見つめていた赤い振袖姿の童女は、視線の温度はそのままに四季へと向き直る。
「で、四季。どうしてこの二人がここにいるのかしら」
「どうしてと言われても……」
問われても口ごもらざるを得ない。結局のところ、勝手に憑いてきたからとしか説明できないからだ。
その様子で察したのだろう。御影が盛大に溜息をつく。
「……まあ、土足で家に入り込まなかっただけ、どこぞの野良怪異よりはマシね。上がりなさいな、二人とも。晩御飯は食べていく?」
「是非!」
明るい声が玄関先に響く。
軽やかな様子で居間に向かっていく二人の背を見送ってから、御影は再度四季を見やった。
「一応聞くけれど。今日はあの二人以外に来客はないわね?」
「う、うん。……学校にはまだ来てるみたいだけど」
「呆れた。と、四季に言っても仕方ないか。あなたも早く手を洗って着替えていらっしゃい」
四季は軽く頷き、靴を脱ぎ始める。
初日だというのにひどく疲れてしまった。が、今日はまだやることがある。
とりあえず巡をあの二人に紹介しておかなければ。また無駄な諍いが起こらないとも限らない。
とはいえ、今日の夕食は賑やかになりそうだ。それを考えると少しだけ心が軽くなる。
靴を丁寧に揃え直してから、四季はぱたぱたと洗面所へ向かう。まずは手洗いうがい。それが終わったら、さっさとこのスカートを脱いでしまうとしよう。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
今日の献立は心なし豪華だった。四季の前だけにとはいえ、なんと鯛のお刺身が並ぶほどである。
「……こんなの、買ってなかったと思うんだけど。どうしたの?」
「あたしが買い出しに行ってきました。化粧をして人前に出るのも久しぶりです。いやはや、日の当たる時間帯に出ると疲れやすくていけませんな」
目を丸くする四季の耳に、さらに信じがたい情報が飛び込んでくる。
思わず言葉の主……薄青い鬼女、
ご飯を盛りつけていた御影がくすくすと笑う。
「家主が勉学に励んでいるのに、居候がのうのうと惰眠を貪るのもなんでしょう? だからほら、手伝えることは手伝ってもらうことにしたのよ」
「あたしはあたしで忙しいんだがね、まったく。化物寺の管理は誰がやってると」
「その
「はいはい。わかってますよ……で、若旦那。そっちの二人はあれですな。地元のご学友でしょう。なぜここに?」
「なんで知ってるの!?」
反射的に声が大きくなってしまう。巡が楽しげに目を細めた。
「こちらに来られる前でも若旦那のことは調べてましたから……さて、お初にお目にかかるねお二人さん。あたしは
「……ご丁寧にどうも。あたいは
「山岬
「あ、その辺は俺が説明する」
四季は慌てて割って入る。
そしてそのまま、これまでの事情を説明した。彼女から『
聴き終えた花子は、呆れ顔で隣に座る山岬にぼそりと呟く。
「やっぱあたいら、こっちに来て正解だったんじゃねえか」
「同感。あんた、なに企んでんの?」
「真正面から聞かれて答えるやつがいると思うかい? あたしのことは気にしないでいいさ。若旦那に害なすつもりなんぞこれっぽっちもない……本当さね……ああ、ところで」
目元に笑みを浮かべつつ、鬼女は赤マフラーの怪異の視線を正面から見返す。
「あんたら、本来の土地を離れてこっちに来てるんだろう? 寝床はどうするんだい」
「……そういえばそうね。まさかいちいち山に戻るつもりではないでしょう?」
突然の話題転換。とはいえ、四季も気になるところではあった。なんの考えもなしに高校に入り込んだとは思いたくない。
が、二人の答えは至極明快だった。
「あたいはほら、もう学校に縄張り確保してっし。そこで」
「そこらの公園でいいかなって」
「駄目に決まってるでしょ」
思わず頭を抱えてしまう。どうやらあまり深く考えることなく追って来たらしい。
沈痛な溜息をひとつつき、御影が巡へ視線を送る。
「御伽さん。悪いけどこの二人」
「ああ、化物寺で預かったほうがよかろうね。その辺の話をまとめたかったんだ……ときに若旦那。あの学舎にまぎれこんできたご学友はこのお二方だけで?」
「あ、いや。まだいる。少なくとも……うーん……この二人を含めて六人以上……」
「ははあ、大所帯でやってきている。なるほど」
なにやら思案するそぶりを見せる鬼女。その顔は存外に深刻だ。
誰にともなく頷いた彼女は、真剣な面持ちで四季へと向き直った。
「若旦那。お手数ですが、至急やっていただきたいことが」
「な、なに?」
「若旦那を追ってやってきた怪異連中を化物寺まで案内してやってください。少なくとも、学舎に住み憑かせるのはやめさせなければ」
四季は眉をひそめる。が、すぐに巡の危惧する内容に行き着いた。
問い返す前に、花子へ質問を投げつける。
「花子さん、学校のトイレを縄張りにしたとか言ってたよね? まさかと思うけど、先住民とか」
「あ? あー、いたなそういや。追い出した」
軽い調子で返され、絶句する。
花子はややばつが悪そうに続けた。
「いや、違うんだって。最初はちゃんと交渉しようとしたんだぜ? 個室ひとつだけでいいって。それなのにあのヤロウ、『魔女』がどうこう母さんがどうこう喚き続けるもんだからつい」
「気の短いのは相変わらずなのね、花子」
御影の一言に、花子が身を縮こまらせた。
露骨な溜息をつきつつ、巡が口を開く。
「まあ、つまりそういうことです。若旦那もおわかりのことかと思いますが……件の学舎にはすでに怪異がおります。百鬼夜行、とまとめてしまってもいいかもしれませんな。そこに無視できぬ数の怪異が侵入し、小競り合いを起こし始めている。まあ、先方はよく思いませんでしょう」
それから先は正直、あまり聴きたくない。
なので四季は自分から口に出していくことにした。
「……その怪異たちが俺と親しい連中ばかりだと向こうにわかったら、そのときは、その……喧嘩になるね?」
「八割は正しい。正確にはこう言いなおすべきでしょうな。若旦那もまた、百鬼夜行の長であるからして」
無表情に、鬼女は言った。
「すなわち宣戦布告。若旦那のお考えがどうあれ向こうはそう捉え……ま、戦でしょうな。遠からず」
ずしり、と部屋の空気が重くなる錯覚。
どうやら普通の高校生活を送るためには死ぬほど頑張らなければならないらしい。
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