少し早めのお昼、近くのコンビニで

 山雛高校すぐ近くには、イートインスペース付きのコンビニが存在する。

 昼どきともなれば学生たちの溜まり場となるここも、まだ上級生たちが授業中である今の時間帯ならば空いている。

 というわけで、四季の合流により戦闘をなあなあに終わらせた一同は揃って席を取り、早めの昼食会を開いていた。


 ペットボトルのお茶を口に含みつつ、怜は四季の左右へと陣取った怪異たちを一瞥する。

 片や同じクラスに侵入してきていた山岬やまみさき 良乃よしの。相変わらず赤いマフラーで口元を覆い隠し、大きな鞄を膝に乗せている。

 片や……白ワイシャツにサスペンダー付きの赤いスカート。見た目だけはひときわ幼い少女。『トイレの花子さん』だ。


「なんというか、自分の縄張りから出てきても平気なのね。あなた」

怪異ひとを便所の中でしか生きられねえ虚弱児かなんかとでも思ってんのか? 平気に決まってんだろ。この時間じゃ、あの学校のノロマどもも動かねえだろうし」

「なるほどね」


 三國の何気ない質問に、棘たっぷりの返事が戻ってくる。

 見た目に似合わず攻撃的な性格らしい。こっそりと四季を見やると、非常に申し訳なさそうな顔をしていた。別に彼女かれが悪いわけでもなし、黙殺する。

 一方の三國もそこまで気にした風でもない。サンドイッチを一口かじってから、彼女は何気ない様子で四季に話を向けた。


「で、日条さん。この子たちはあなたの……ええと、お友だち。で、いいのよね?」

「え、あ、はい」


 案の定、あっさり頷く幼馴染に怜はこっそりと溜息をつく。

 ぎりぎりで戦闘が避けられてよかった、と思うべきなのだろう。どちらが犠牲になっても後味の悪い結果になっているだろうし。

 ……それはそれとして、今後の除霊作業が非常に面倒なことになるのも事実だ。山岬以外に四季の知り合いがいないとも思えない。


 そんな怜の思いを察したわけでもないだろうが、四季は困ったように山岬を見やる。


「なんで憑いてきちゃったのさ……」

「だって心配だもの。現にほら、退魔師だっていたんだよ」

「別に退魔師がいたからどうってこともないでしょ。俺、怪異じゃないんだし」

「……わかってないな、四季は。そういうの気にしない連中だっていっぱいいるんだよ」


 苦々しげな怪異の呟き。それを聞いた三國の顔がわずかに曇った。

 退魔師にも様々な主義主張がある。人に仇なす怪異のみを抑えればよいという比較的穏健な考えのものもいれば、怪異に連なる者はすべて現世から滅するべしという過激極まりない者もいる。

 山岬の警戒は決して的外れなものではないのだ。


「私たちはそういうんじゃない……と言っても、まあ信じてはくれないと思うけど」


 怪異たちを見やりながら三國が口を開く。

 そしてわざとらしく肩を竦めてみせた。


「まあ、あれよ。私たちだって身の程は知ってるつもり。貴方達みたいな強力そうな怪異に喧嘩売ってまで、日条さんをどうこうしようなんて思わないわ」

「どうだか」

「良乃!」


 咎めるような四季の声にも、山岬は鼻を鳴らすのみ。

 不意に彼女は怜へと向き直る。


「まあ、草江のとこのがいるだけまだマシだけど。あんた、他の退魔師ちゃんと抑えてよ」

「……わかってる」


 内心の動揺を押し殺し、無表情で頷く怜。

 顔も知らない怪異に一族単位で名前を知られているらしい、というのはなかなかぞっとしない。姉がなにかうまく立ち回ったのだろうか。あの人ならそれくらいできそうだが。


「そ、それはともかくさ。良乃、まさか一人だけでここに来たの?」


 ぎすぎすとした空気に耐えられなくなったか。四季が不意に水を向ける。

 怜は思わず三國と密かに顔を見合わせる。この物言いだと、1年4組に乗り込んできた怪異たちの大部分は彼女かれと無関係なのだろうか。


 ……そうではないらしい、とわかったのはその直後。

 ぼす、と奇妙な音。山岬が面倒くさげに顔をしかめる。

 音源はすぐにわかった。彼女が持つ鞄からだ。もう一度、ぼす、という音とともにそれが押し上げられる。


「……置いてこれたら置いてきたけど。こいつらと私、一連托生だし」

「もしかしてその中に入れてるの……? 出してあげたら?」


 四季の提案に、赤マフラーの奥の表情がはっきりと歪む。

 が、彼女かれの心配そうな眼差しを振り切ることはできなかったらしい。わざとらしい溜息とともに三國を睨む。


「ねえ退魔師。あんたが張ってる人払いの結界、いきなり解けたりしないよね」

「もちろん。そこまで侮られちゃ困るな」

「ならいい。……まったく。やかましくなるよ」


 どん、と乱暴に鞄を机の上へ。そのままもったいぶる様子もなく一気に押し開く。

 途端、ボール大の影が勢いよく飛び出してきた。それも二つ。


『あーっ! 息が詰まるかと思った!し てないけど!』

『テメェ良乃、四季チャンと合流できたらすぐ出すって約束だったろ!な に抜け駆けしてんの!?』

「ちょっとは静かにしなよ馬鹿ども。人里の中だよ」


 明らかにうんざりとした様子で、山岬は飛びかかってきた影の片割れを片手で押さえる。

 すぐに四季を見つけたらしいもう片方の影が歓声を上げた。


『あ! 四季! ひっさしぶりー! 元気してた!?』

「まあ、うん。おかげさまで。かさねは相変わらずだね」


 四季が困ったように笑う。

 一方の怜はぽかんと口を開けていた。突然飛び出してきた新たな怪異たちをまじまじと見つめながら。


 女の生首である。

 かたや金髪のツインテール。かたや茶髪のポニーテール。そうした違いはあるものの、鞄から飛び出してきたのは概ねそれで説明がついた。

 はー、とどこか感心したような三國の溜息が聞こえた。


「また面白いのが出てきたねぇ。えーと、『赤マフラーの女』で『ヤマミサキ』だから……そうか、良乃よしのさんも生首だね。つまり三人合わせて『舞首』か。あれ本来は海の怪異のはずなんだけど、まぁ、そこまで細かく気にすることもないか」


 すらすらと怪異の名前が飛び出てくる。

 彼女が何を言いたいかはおおよそ理解できた。良乃と二つの生首が、いかなる伝承を混ぜ合わせて成り立つ怪異かを看破してみせたのだ。

 

 『赤マフラーの女』は比較的新顔と言える怪異。名前のとおり常に赤いマフラーを巻いて現れ、長い期間を使って一人の人間と信頼関係を築いたのちに同族とするという変わった性質を持つ。

 『ヤマミサキ』は風にまつわる怪異。風に舞う生首の形をとって現れ、運悪く出会った人間に熱病をもたらすと伝えられる。

 そして『舞首』。本来は三人の武士が首を落とされたことに端を発して生まれた怨霊とされ、互いに絡まり合って炎を吐く。


 結論。相当に危険。


「あー……えっと。茶髪のほうがかさねで、金髪のほうが阿子あこ。無意味に人を襲うような怪異じゃないから、大丈夫」

『四季チャンさ、勝手にウチらを退魔師を紹介されても困るんだけど』


 四季の肩の上に着地した金髪の生首が口を尖らせる。

 その光景に軽くめまいを覚えつつも、怜はようやく本題を切り出すことができた。


「……四季。頼むから。私たちのクラスに入ってきた怪異の中で。知り合いが。どれだけいるか。一刻も早く連携して」


 隣で三國が苦笑いする。

 なぜこの幼馴染はやたら濃い怪異ばかりと知り合うのか。今更になって頭痛を覚える怜だった。

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