ホームルーム、山雛高校1年4組

 入学式翌日。早速クラス分けが発表され、教室に移動した草江くさえ れんは今、机の上に突っ伏している。

 別にいきなり昼寝に入ったわけではない。単純に頭痛のためだ。

 その頭痛も体調由来のものではない。……この一年を共に過ごすことになった、1年4組の顔触れを見て引き起こされたものである。


 まず教室前方。慣れた様子で明日からの予定を説明しているのはよく日に焼けた肌が印象的な教師。

 怜にとっては顔馴染みだ。鳴谷なるや ほたる。同じアパートの住人である。まさか教職とは思わなかった。


 次に中央あたりに視線を転じる。これまた見慣れた姿……といっても、後ろから見ると青みがかった銀髪しか見えないのだが。

 日条にちじょう 四季しき。今のところ怜にとって唯一の幸運は、この幼馴染と一緒のクラスになれたことくらいだ。


 ……彼女かれに憑いている怪異の気配が増えていることに関してはこの際目を瞑る。

 登校中に聞いた話によると、あの鬼女がまたどこからか手下を引っ張ってきたらしい。正直不信感しかない。


 まあ、百歩譲ってこれはいい。少なくとも当面は敵ではないことが確認できたわけだから。

 問題は、他のクラスメイトたち。なんというか、明らかに……


<明らかに妙なのが何人か。見た目は繕えてるけど、気配が人と違うのがまた何人か。ちょっと壮観だね>

<誰!?>


 さりげなく頭の中に入りこんできた思念に、怜は態勢を崩さぬままに念を返す。周囲に違和感を持たれない対応ができたことに、少ししてからほっとした。

 すぐに隣から聞こえてきたのは、くすくすというひそやかな笑い。


 眉根を寄せつつそちらを見やる。悪戯っぽい笑顔の女生徒と目が合った。

 見た目だけでいうならば、四季以上に幼い顔つき。しかしそれとは裏腹に大人びた雰囲気があった。不意を打たれて相当に顔つきが悪くなっている怜を見ても怖がるそぶりすら見せないせいもあるかもしれない。

 いや、それよりも。


<ごめんね、驚かせちゃったかな>

<……あなた、体育館裏にいた……>

<そ。つまり退魔師ってわけ。改めて名乗ると若狭わかさ 三國みくに。よろしくね、草江さん>


 ウインクが飛んでくる。怜は目礼でそれに答えた。

 傍から見るとこちらに興味を失ったような素振りで、三國は教室前へ視線を戻す。


<一応確認したいんだけどー、あの真ん中あたりにいる銀髪の子。あれが前話してくれた日条さん?>

<そう……です>


 反射的に、なぜか敬語で返してしまう。

 怜は小さく首を傾げた。自分でもよく理由がわからない。


<そんな硬くならなくていいって。じゃ、あの子は除外……というか保護対象? うん、このクラスの変なの大集合っぷりを見ると草江さんの話もあながち誇張じゃないね。いやー、こんな変なクラス初めて見たわ>


 ひどく感心したような反応に、なんだか怜は居心地の悪いものを感じる。

 たしかに四季のことを説明したのは自分だ。しかし最初から彼女かれをそういう風に見られてしまうと、少し忍びない。


 そんな怜の気持ちを察しているのかいないのか。三國はなおも冷静にクラスの観察を続けている。


<……念のため認識合わせしとこっか。まず、廊下の壁側に座ってる、あの>

<スーツ姿にサングラスのやつ? あれは……うん、怪異で間違いないと思うけど>


 怜は視線を転じる。

 壁際の席に過剰なほど姿勢良く座っている、黒スーツの少女。自己紹介のときでもサングラスは外さなかったのがやけに印象に残っている。

 名前はたしか、レティクル・エテル・クリトルリトル。


<偽名だよね>

<でしょうねー。なんぼなんでも字列ができすぎだもの>

<そもそも、制服じゃないのに誰もつっこむ人がいないのはどういう>

<認識阻害でしょ。退魔師わたしらならともかく、霊感が未発達な一般人は疑問にも思わないんじゃないかな。……例の日条さん? にも似た空気は感じるんだけど>

<そう?>


 思わず視線を送ってしまった。

 三國はこちらだけにわかるよう、小さく肩をすくめてみせる。


<もっとも、こっちは気のせいかもね。もしくは無意識にやってんのかな……なんともいえない……私もたいがい長く退魔師やってるんだけど、ああいうの見るのは初めて>

<うん?>

<あ……ごめん、雑念が漏れた。気にしないで。それより次行こう、次。今度は窓際の>

<ああ>


 怜は思わず顔をしかめた。三國が触れようとしている怪異……そう、間違いなく怪異だ……が、はっきりとわかったからだ。


 窓から差し込む陽光に照らされる一輪の牡丹の花。その下には緑の肌があり、制服を纏う肉体がある。

 スカートの裾からは、手持ち無沙汰のように揺れる触手のようななにか。

 服装こそきちんとしているものの、明らかに人外の存在が座っている。


<……認識阻害にしたって限度がない?>

<わかる。ああいうタイプの怪異が昼間っから出てくるのは滅多にないことなんだけど……>

阿我部あがべ 百華ももかとか言ってたっけ。なんであのまんま出てきたんだろう。頭の中までお花畑なのかな>


 ぐっ、とくぐもった声が隣の席から聞こえる。


<……草江さん、急にうまいこと言わないで。ツボにはまるとこだった……!>

<え? ああ、ごめん。けどあれも四季の知り合いなのかな……>

<あー、地元になんかたくさん怪異のお友だちがいるんだっけ? そのへん、あの子に確認したほうがいいんじゃない? ほら、そろそろ先生の話も終わりそうだし。正直、一人ずつ改めるよりそっちを先にしたほうがいいかも>


「……はい、じゃあ今日はこれまで。明日から授業が始まるので、いきなり忘れ物なんてしないように。ではー、起立! 礼!」

「ありがとうございましたー」


 手早く話を締め、鳴谷が足早に教室を去っていく。

 ざわめき始める教室の中、怜は急いで四季の元に向かおうとした。

 視界の端に疑わしいクラスメイトたちの動向を捉えつつ、こちらを振り向いた彼女かれに声をかけようと


 グギュルルルルル……!


 したところ、突然の異音に思わず動きを止めてしまった。

 他の生徒たちにも聞こえていたのだろう。帰路につこうとしていた者の何人かが立ち止まり、訝しげな顔で周囲を見回している。


 音の出所ははっきりしている。

 怜の目の前。つまり四季。そのお腹からだ。

 彼女かれの額に冷や汗が滲んでいるのを認め、怜はおそるおそる声をかける。


「し、四季? 大丈夫……?」

「……ご、ごめん。ちょっとお手洗い……先帰ってて……」


 蚊の鳴くような声が返ってきた。

 と思いきや、四季は慌てて教室の外へと駆け出していく。……この教室がトイレの近くでよかった。怜は心からそう思った。


 と、背後から声。


「あれまずいね。追っかけたほうがいいかも」

「えっ?」


 驚いて振り向くと、そこには三國の姿。高校生とは思えないほどの背丈の低さ。下手をすると四季より小さいかもしれない。

 童顔をしかめながら、彼女はこちらを見上げる。


「気づかなかった? 今、一瞬だけあの子にすごい霊気の負荷がかかってた」

「……それって!?」

「そうね。お仕事の時間かも」


 それ以上の言葉はいらなかった。二人は頷き合い、四季の後を追う。


 ……焦りを募らせる怜は気づかない。いまだ教室に残っていたクラスメイトの一人が、静かにその後へ続いたことに。

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