第9怪:クラスメイトの話

作戦会議中、本堂の闇の中

 入学式の日の夜、日条にちじょう 四季しきは早々に布団に入ってしまったようだった。

 仕方あるまい、とめぐりは思う。所詮は怪異を惹き寄せるだけの人間でしかない。戦に巻き込まれた経験も然程ありはしないだろう。それだけ消耗も激しい。

 故に、諍いが頻発する状況に長く置くわけにはいかないのだ。


「いいかい阿呆ども。お前らの仕事はあくまでだ。意味がわかるかね?」

「わざわざそんなかったるいこと言うために呼びつけやがったのかよ」


 護衛の片割れ、テューラが舌打ちした。隣に座るラタンに肘で突かれても悪びれる様子すら見せない。

 巡はもはやいちいちその態度に目くじらをたてるつもりもない。この連中の担当は威圧と暴力だ。

 とはいえ、あの学舎はそれだけで押し通せるような単純な状況でもない。


「自分から喧嘩を売りにいくなっつってんだ。どうも退魔師側もあの式典を好機とばかりに増員をかけたらしいからね」

「……坊ちゃんにも言っておりましたな。それ、本当に確証のある情報で?」


 ラタンが陰気に切り出す。中折れ帽の下から覗く目は猜疑に溢れていた。

 無理もない。あの日、巡が外に出していた御庭番は居待月のみ。その居待月も学内への侵入許可は出していなかった。

 でまかせと取られても仕方のない状況ではある。


 巡は無言で床に置いたノートPCを開く。点灯した画面に映ったのは、顔半分が機械部品に覆われた女の顔。


「なに、先日に都合のいい協力者ができたもんでね……紹介しとくよ。チクタクだ。さて、アトラは良くやってるかい」

『どうも。あの糸娘はうまく『網』を仕掛けてたよ。……おい、あんたどうやってあんな式神仕立て上げた? 相当こっちの異界に詳しくないとできないだろ」

「そこまで教える義理はない。ま、共作者がいるのは事実さね」


 自然と自慢の笑みが浮かぶ。予想通り、アトラナアトは成果を上げた。すでに退魔師くさえれんの携帯端末への経路を作っていたチクタクの協力あってこそのものではあるが。

 あの退魔師が懐に忍ばせていた携帯端末から会合の開催を知り、チクタクの不正経路作成を利用してあの場の退魔師たちの携帯端末に侵入。アトラナアトの網……知覚範囲の拡大に成功した。


 現代の人間にとってあの道具を手放す機会はそう多くあるまい。

 つまるところ、携帯端末から確認できる範囲での退魔師の動きは筒抜けというわけだ。


『な、ナンシーおばさんの話?』


 我がながら上々の成果……などと得意に考えていると、チクタクの後ろからにゅっと顔を覗かせた者がある。当のアトラナアトだ。

 キョトンとした顔の娘に、巡は緩みそうになる頬を引き締める。共作者の名前を出されるのはうまくない。


「いいや。お前の仕事ぶりが素晴らしいって話をしてたのさ」

『ほ、本当!? えへっ、えへへへ!』


 アトラナアトが照れたように身をよじらせる。カン、カン、と硬い音が鳴った。彼女の爪がチクタクの頭を軽く叩いているのだ。


『や、や、やったよチクタク。褒められた。あ、ありがとね』

『あーはいはい。響くからやめてくんないかな……』

「おや、随分懐かれたみたいだね」

『そうだね。体内にまで食い込まれてなかったらもう少し素直に喜べたんだけど』


 チクタクの皮肉も、巡にとっては娘の出来の良さを確認する証拠としかならない。

 アトラナアトの本質は糸だ。その性質を利用しあらゆる場所に侵入できる。電脳異界に潜む怪異の体内も例外ではない。


 現在もアトラナアトは自身の身体の一部をチクタクに潜り込ませている。逃亡防止のためだ。

 ……とはいえ、実際に彼女が始末されることはないだろう。『若旦那』の知己であり、なによりアトラナアトも気に入っている。

 嫌そうなチクタクに頬ずりしている愛娘を微笑ましく見守っていた巡は声音を改めた。


「顔を出したついでに教えておくれ。退魔師どもに動きはあったかい」

『ん、んーん。特には。がっ、学校の外を見回ってる連中がちょっと、いる。い、位置情報、いる?』

「念のため連携してくれるかね。……ところでアトラナアト。若旦那とはもう話したのかい」


 興味本位の質問。アトラナアトは顔を赤らめ、はにかんだように笑う。画面外から鳴り響く硬い音は、爪をつき合わせている音か。


『……………………ま、ま、まだ』

「そうかい。ま、慌てるこたぁない。自分の機を待ちな」

『う、うん。ありがと、お母さん』

「どういたしまして。じゃあ、お母さんは仕事の話に戻るからね」


 断りを入れてから画面を閉じる。

 そして咳払いとともに気持ちを切り替え、部下へと向き直る。テューラが目を丸くしていた。

 ラタンがくつくつと笑う。


「利発そうな娘さんで。うちのにも見習わせたいほどです」

「やかましい。とにかくわかったろう? 退魔師どもの動向はこっちで掴める。彼奴らは今のところ学舎の先住人どもへの対処で大わらわらしい。無駄にこちらから仕事を増やしてやるこたぁないだろ。やるんだったら正当防衛が成り立つ範囲でやりな」

「……まあ、わかったよ。退魔師についてはよ」


 気を取り直したらしいテューラが獰猛に唸る。


「だが学校の怪異ども。こっちに関しては先んじて潰しちまってもいいだろ?」

「……そこで頷けたら、だいぶ話が楽になったんだがねえ」


 思わず溜息が漏れる。相手への当てつけなどではない、心からの溜息が。


「退魔師どもの話によると、だ。どうにも最近、あの学舎に入り込んでる連中がいるらしい」

「じゃ、なおさら暢気にしてられねえじゃねえか! 守りに入ってる間に陣地を取られちまったら笑い話にもならねえぞ」

「一理あるのは認めるよ。けど、話はそう簡単じゃない……どうもそいつら、若旦那のの可能性が高い」


 自然と表情が苦くなる。

 おそらく間違いないだろうと巡は考えていた。ここ最近で怪異が大移動を起こしうる出来事など、それくらいしかない。


「そうなると、下手に喧嘩を売ったら話が拗れるのが目に見えてる。……いいか、組の立て直しには若旦那のお力が必要不可欠だ。下手にご友人を傷つけてみろ、あたしらの信用は地に堕ちる」


 テューラが口を開くより前に、鬼女は睨みを効かせる。


「言っておくがね。仮にあんたらが若旦那のご友人を害するようなことがあれば、あたしはあんたらの首をもって手打ちにする」

「……でしょうな。ま、そうするのが筋です」


 目を怒らせる相方を手振りで抑え、ラタンが呟いた。

 彼女は暗い眼差しを巡に向ける。


「つまるところ、最初の話題に戻るわけだ。我々は護衛をすればいい、と」

「物分かりがよくて助かるね。……ま、もし学舎の先住人どもの住処がわかったら好きにするがいい。とはいえ、若旦那の指示を第一にすることを忘れるな」

「細々とうるっせえな……! わかったよ! わかった! 大人しくしてりゃいいんだろ」


 テューラが大仰に肩を竦める。わかりやすい落胆のアピール。巡は口角を吊り上げた。


「そう腐るもんじゃないよ。退屈にはならんだろうさ……なにせ若旦那の護衛だからね」


 侮蔑的に鼻を鳴らす部下に、巡はそれ以上の注意をぶつけない。

 彼女としても、暴力担当テューラ殲滅担当ラタンの力を無為にするつもりなどさらさらない。襲いかかってきたものは、着実に仕留めてもらう。それだけだ。


 さて、現世うつしよではそろそろ夜が明けるか。

 巡は手を振って二人を下がらせる。そして一人になったことを確認し、再びノートPCを開くのだった。

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