戦闘終了数分前、道路の上

 くぐもった破裂音が赤い空に響く。

 四季が見上げるその先で、二つの影が互いに離れた。かたや鉄の杖に腰掛けていた『魔女』、かたや螺旋を描いて宙にそびえ立つ青反物を駆け上がり、殴りかかった怜。

 宙に投げ出された退魔師を、鎌首をもたげるように動いた反物が受け止めた。


『……あの人、本当に人間なんです?』


 背後で呆然と呟くのは小夜子さよこ。呆気に取られている間にも、怜は反物を乗りこなし再び『魔女』に仕掛けに行く。


「あの歳にしちゃ思い切りがいいな。ちと無謀にすぎる気もするが」

「……あの、居待月いまちづきさん。手伝ってあげても……」

「そうは言うけどね、若旦那。あんな至近距離でやられちゃどうしようもないよ。巻き込んじまう」


 手持ち無沙汰に糸の白球を弄びつつ、銀の怪異は肩をすくめた。

 四季としては気が気でない。改めて見上げればまた怪異と退魔師が交差し、弾き合っている。あの高さから落ちればひとたまりもないだろうに、幼馴染は迷いなく飛びかかっていく。


「だ、大丈夫かな」

「さあ。ま、少しは時間を稼いでくれるだろ。若旦那、今のうちに避難しな」

「避難って」

「あいつの狙いはあんただ。そこの小狐じゃない」


 あっさりと言い切る居待月の背を、四季はまじまじと見つめた。

 胸の上でナナが身を乗り出す。


『ま、マジなのかよそれ。こいつ、まだ学校ウチに来たばっかだろ!?』

「本人がそう言ってたんだから間違いないだろ。捕まえるとかなんとか……人気者はつらいね、若旦那?」


 四季は顔をしかめる。皮肉に答える余裕はない。

 高校生活が始まっていきなり……いや、今考えるべきではない。ひとまず切り抜ける方法を考えよう。

 怜を置いて逃げるというのは論外。どうにかして手助けしたい。


「小夜子さん、あの魔女ひとに取り憑くとか……小夜子さん?」

『…………えっ? ああ、すみません。ボーッとしてました』

「大丈夫?」

『平気ですよ、平気。ただ、その……あの人、どこかで会ったことがある気がして……』


 うーん、と頭の上で唸り声。いつの間にか頭上に顎を乗せられた状況になっていたらしい。小夜子は基本的に軽いので気づかなかった。

 改めて小夜子にお願いしようとして……振り返る。背中に異様な気配を感じたからだ。


「げっ」


 反射的に呻きが漏れる。

 いつの間に集っていたのか。振り向いた先に立ちふさがっていたのは全身包帯の怪人たち。それぞれの手には抜き身の刀。

 二度目の邂逅だと四季は覚えている。あのときは夜で、自分は夢の中だった。


 怪人たちが足並みをそろえ、ゆっくりとこちらに向かってくる。


 思わず後ずさったところ、入れ替わるようにして居待月が前に出た。

 無言で投擲した白球が解け、網となって数人の怪人たちに覆いかぶさる。

 彼らはもがく暇も与えられなかった。網はそのまま収縮し、刀ごと彼らの身体を押し潰す。


 球体に戻ったそれを手元に引き戻しながら、居待月が空いた手で頬を掻いた。


「雑魚だな、こりゃ。オレ一人でもなんとか」


 言葉の最中、最前列の怪人が一気に刀の間合いまで踏み込んでくる。

 四季には視認できない速度。だが居待月に動揺はない。

 彼女は空いた腕を閃かせる。手先から伸びた糸が怪人の身体を縛り、分断した。


「……なるか? けど、数が多いのが面倒……」


 四季は思わず息を飲む。静止する間もないほどの早業。

 もっとも、今回は彼女の対応が最適解だろう。彼らの中に話が通じる手合いが混ざっている気配はない。

 包帯の怪人たちは扇状に距離を取り、斬りかかる隙を伺っている。これを突破するのは、いかに居待月の力を借りても時間がかかるか。


 四季の頬に一筋の汗が流れる。危機的状況だ。

 打開策を練り直し始めたちょうどそのとき、遥か上空で爆発音。


「……怜!?」


 反射的に頭上を振り仰ぐ。

 視線の先で大きくなるのは、落下してくる幼馴染の姿。末端を焼き切られたらしい青反物もまた、力なくその後を追ってくる。


 一瞬思考が停止する。どうにかして受け止めなければ。そう思ううちにも、怜は速度を増し、回転しながら地上に……


 ……回転しながら?


 <四季! 少し後ろに下がって!>


 迷いを切り裂くように飛び込んできた念話。返事をする間もなく、四季はそれに従った。

 直後、退魔師は道路に着地。両足と右手を使って衝撃を逃している。

 平然と立ち上がった彼女は、申し訳なさそうな顔をこちらに向けた。


「ごめん、四季。あいつ思ってたより強い」

「あの……大丈夫なの!? いろいろと!?」

「状況はあんまりよくない……あ、そういう話じゃない? 私は平気だよ。まだ戦える」


 その目から戦意を消さぬまま、怜は真正面を睨み据える。

 そこに降り立ったのはあの赤い魔女だ。手に持った杖はボコボコにへこんでいる。

 が、芝居がかった様子で一振りした途端、鉄の杖は元どおりに修復された。


「大して効いてもないのか。ムカつく」


 吐き捨てた怜が再度構える。両の袖から伸びていた反物が引き戻され、緩やかに渦を巻いた。

 四季は息をつき、背後を見やる。包帯の怪人たちは相変わらず居待月と睨み合いだ。だが、魔女が介入してきた以上、いつまで均衡が保てることか。


 それにしても。四季は拳を握りしめる。こういう場において、結局自分はなんの役にも立てていない。なんと情けないことか。

 硬く握り締めた手の内が、じわりと熱を帯びていくように思えた。


「……………………熱ッ!?」


 いや、気のせいではない。

 突如として手の内に発生した熱源を四季は取り落す。正体はすぐに知れた。古びた小槌。なんの因果か四季の手元に渡った、百鬼夜行の旗印。

 重力に引かれ落下したそれは、軽く道路を打った。


 直後。四季たちの足元に大穴が開く。


「えっ」

「なっ」

「おお?」


 怜が、居待月が、足場の消失に驚き真下を見やる。沈黙を保っていたあの魔女すらも意外そうな声を上げずにはいられなかったようだ。

 ともあれ、足場が消失したということは。


「う、うわァァァァッ!?」


 当然のごとく、四季たちは穴の中に落ちていく。周囲は暗闇。遥か頭上に広がる赤い空もやがて見えなくなった。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


『咄嗟の機転にしてはかなり上手くやったほうだね。……ああ、きみじゃなくてその小槌に言ってるんだぜ。日条 四季』


 聞き覚えのある無機質な声に、四季は目を開ける。

 そこは空の上。一切の色彩がないモノトーンの世界。こっそりと真下を見ると見覚えのある荒れ寺が見えた。『化物寺』だ。

 改めて顔を上げると、そこには黒くわだかまる霞のようななにかがいた。その中心に三点の赤い光が灯る。


 思わずうんざりとした声が漏れた。


「また来たの、お前」

『く、く、く! ひどい言いようだな! まあいいさ。私はこう見えて寛大だからね。反抗期の子どもの文句くらい聞き流してあげよう』


 謎めいた怪異……『シェイプシフター』は耳障りに笑う。

 が、すぐに気を取り直したように赤い光を瞬かせた。


『ともあれ、入学おめでとう。高校での学生生活も一筋縄ではいかないことがよくわかったろ』

「……さっきの『魔女』のこと?」

『そうそう。あいつには気をつけたほうがいいぜ。正確にはあいつの裏にいる奴に、なんだが。そうでなくともあの魔女は大いに曲者だ。なにせ山雛高校に怪異を沸かせているの、あいつだからね』


 至極当然のように、『シェイプシフター』は断言した。

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