昼過ぎ、帰り道

 部室内の空気はいよいよ異様なものへと変貌している。具体的に言うならば異界の匂いがした。

 ……どんな匂いかと言われても四季はうまく形容の言葉を見つけられないのだが、それはそれ。

 どうやら儀式こっくりさんは成功してしまったらしい。


「じゃ、日条くん。どーぞ」

「ど、どーぞって……なにがです?」


 自らを取り巻く雰囲気の違いに気づいているのかいないのか。元凶こと都月とづき かおるはにこやかだ。

 戸惑う四季に向け、彼女はゆっくりと続ける。


「ほら、こっくりさんへの質問。歓迎会なんだし、聞きたいこと聞いてみなよ」


 そう言われても言葉に詰まるより他ない。なにを聞けというのか。

 気になることがないというわけではもちろんない。例えば、自分が元の身体に戻る日が来るかどうか……とはいえ、そのことをこの場で言ってもややこしくなるだけなのは目に見えている。

 薫は期待の眼差しでこちらを見ている。他の部員の人差し指に押さえられているせいで、逃げることもできない。


 適当な質問で場を濁すか。ようやく決断したそのときである。


 ガン! と大きな音が部室に響いた。次いで、ガラの悪い男の声。


「おい、薫! いんだろ!? ちとツラ貸せ!」

「はいはーい! ちょっと待っててー」


 脅える様子もなく、薫が席を立つ。十円玉の上に置いていた指を引き抜いて。


「えっ」


 四季は思わず声を出していた。薫の指は一番下……つまり、直接コインを抑える位置にあった。四季や部員たちの指から一番圧力を受ける位置。

 それが魔法のようにするりとなくなったことに驚きを隠せない。


 他の部員たちは驚くそぶりもなく、どころか淡々と卓上に広げられたこっくりさんの表を片付けていく。示し合わせていたかのような連携。

 薫が部室の扉を開けるまでに、儀式の痕跡は綺麗さっぱり無くなっていた。


「ジョージ、ちょっと静かにしてくれない? 今新入生来てるんだからさ……」

「その新入生に用があんだよこっちは」


 自分に向けられた言葉に四季は反射的に振り向き……発言者の姿を認め硬直した。

 薫の頭越しに覗くのは、金髪パンチパーマのいかつい男。あからさまに不良である。

 その碧い目とかち合い、彼女かれは身震いした。


「おー、いたいた! 草江くさえ! 無事みてえだぞ!」

「ひっどいなぁ、うちのことなんだと思ってるのさ。……日条にちじょうさーん、お友達がお迎えにきたよー。あ、コイツは気にしなくていいから。怖いのは見た目だけだし」


 へらへらと笑いながら手招きする薫に、四季はおそるおそる部室入り口へ向かう。

 と、脇から覗いていた顔を見て一気に緊張が解けた。


「あ、れん!」

「おまたせ……でいいのかな。じゃあ、坂田さかた先輩」

「おう、あとはこっちに任せて早く帰んな……さて薫、ちぃっとばかし話しようじゃねえか」

「えー、坂田くんこわーい」


 わざとらしく怖がってみせた薫が傍に退く。興味深げにこちらを見下ろしてくる男……坂田から距離を取りつつも、四季はなんとか怜と合流した。

 そしてすぐに彼女に手を引っ掴まれる。


「行くよ」

「う、うん」

「じゃーねー日条さん。オカ研をよろしく〜」

「新入生より先にこっちをよろしくしろよな。あのな薫、お前いい加減……」


 坂田の説教を背に、怜に腕を引かれるまま四季はオカルト研究会を後にする。

 こっそり振り向くと薫と目が合った。彼女は相変わらず楽しげに笑っていた。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


「まったくもう……初日から妙なのに目をつけられちゃったね」

「ご、ごめんね?」

「別に四季は悪くないでしょ。まあ、さっさと帰ってれば何事もなかったのかもしれないけどさ」


 帰り道、怜は不機嫌そうだった。無理もないと四季は思う。いきなりいらない迷惑をかけてしまったのには違いないし。

 彼女は盛大にため息をつく。


「それにしても、また面倒くさい手合いに絡まれて……」

「怜、あの人知ってたの?」

「四季を探してる途中に坂田先輩から聞いた。学校でも有名なオカルトマニア……はっきり言えば変人だね」


 バッサリと切って捨てる怜に、思わず苦笑が滲む。たしかに一風変わった雰囲気の持ち主ではあった。

 なんというべきか、根暗そうな見た目と実際の言動が不調和を起こしているのだ。あの妙な押しの強さはいったいどこから来ているのだろう。


「あ、そうそう。早めに言っておくけど、坂田先輩も退魔師だから。今後、顔を合わせる機会があってもビクビクしないでいいよ」

「そうなの!?」

「そうなの。ああ見えて面倒見のいい人みたい」


 突然の新情報に、四季は目を白黒させる。

 あの一見お近づきになりたくないタイプの人間が怜と同じ退魔師。人は見かけで判断できないものだ。


「都月……先輩とも知り合いみたいだし。今度捕まったらまた一緒に助けに行くよ」

「……そういう今度はもうないと思うんだけど」

「どうだか。そういえば四季、あの人からなんか変なことされてないよね」

「う」


 不意に差し込まれる確認に、思わず呻きが漏れる。こちらを怜の目がすぅ、と細まった。

 正直、言いたくはない。また余計な心労をかけてしまうことにかりそうだからだ。とはいえ、いつかはバレてしまうのもまた事実。

 仕方なく答えようとした、そのとき。


『捕まえたーっ!!!』

「うわあっ!?」


 突如背後から響いた素っ頓狂な声に、四季はつんのめりそうになる。

 思わず声が出てしまった。周囲に怜以外の人間がいなかったのは幸いだった。


 それはともかく。


<急にどうしたの小夜子さん! びっくりさせないでよ!>

『あー、ごめんなさい。けどですね、今回は褒められてもいいと思いますよ私!』

<なに、どうしたの?>

『四季さんにとっ憑こうとしてた怪異を捕まえたんです! 守護霊の面目躍如ですよ! ほらほら』


 正面に躍り出てきた幽霊が、得意げに握り合わせた両拳を突き出す。

 訝しげな怜とともに覗き込み、四季は目を丸くした。


『は、離せチクショー!』


 幽霊の手の内にいる小さな怪異がきいきいと喚く。フィギュア大の人型怪異。頭頂部から生えるのは、黒い獣毛に覆われている尖った耳。狐のそれだろうか。

 狐となると、原因は。


「……四季、こっくりさんでもやらされた?」

「じ、実は」


 鋭く核心をついてきた怜に、四季は頷くほかない。

 眉間にしわを寄せて小さな怪異を睨んでいた退魔師は、大仰に息をつく。


「断りなよそんなの……しかもこれ、もろに儀式を中断したから憑いてきたパターンじゃない。もしかして、私たちが来る直前までやってたの?」

「…………うん」

「呆れた! 本当にオカルトに詳しいの、あの先輩ひと?」


 苛立ちを隠さない幼馴染に、四季は思わず身を縮こまらせる。

 理屈ではわかっている。怜が怒りを見せているのは都月先輩であって自分ではない。けれど、なんとなく申し訳ない気持ちになってしまうのだ。


 ドヤ顔を向ける小夜子に眉間のシワを深くしつつも、怜は冷然と小さな怪異を見下ろした。


「まあいいや。小夜子さん、そのままそいつ捕まえてて」

『いいですけど……あの、もしかして』

「まあ逃す理由もないし。除霊する。ひょっとしたら手ごと持ってっちゃうかもしれないけど、まあ後で四季になんとかしてもらえばいいでしょ」


 怪異たちが顔色を変える。怜は気にする様子もなく腕を振り上げ


「ま、待ってーっ!? そこまでする必要ある!? ないよね!?」


 すんでのところで、四季は幼馴染の凶行を止めることに成功したのだった。

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