第8怪:こっくりさんの話

集会後、ちょっとしたトラブル

 草江くさえ れんが話を終えた後、新入生退魔師たちは顔を見合わせるばかりだった。困惑の囁きも耳に届く。

 無理もない。自分とて、なにも知らない状態で『無意識に怪異を惹き寄せ』『その影響で怪異の友人が異様に多い』人間の話をされても一笑に付していただろう。

 とはいえ、怜はその事実を間近で見てきた。遠からず他の退魔師も体感するときがくる。彼女はそう確信していた。


「まあ、そういう奴がいること自体は疑いはしねえけどよ」


 頭を掻きつつ、口を開いたのは坂田さかた ジョージ。怪訝な瞳で怜を見やる。


「そいつが、なんだ……最近に学校へ入り込んで来てる怪異と関係あり、って話になるとな。正直信じ難いぜ」

「いえ。案外、草江さんの推測は間違っていないかもしれません」


 ぼそり、とした一言に注目が集まる。

 発言者は信田しのだ。生徒会長であり、この場に参集した退魔師たちのリーダー格となる少女だった。


「念のため確認したいのですけれど……その日条さんというのは、銀の髪の人ですよね?」

「は、はい。その通りです」

「やっぱり。壇上からでも目立ったのでよく覚えてます。……見た目はもちろん、霊気が。そうですか。あの方、人間だったんですねぇ……」


 しみじみとした様子で感心している。もしこの場に四季がいたらどんな顔をしただろうか。怜は心の中で彼女かれに詫びる。

 気を取り直したように咳払いした信田は、改めて一同を見渡した。


「なんにせよ、怪異を集めやすい体質の子がいるということは記憶にとどめておくべきでしょう。校内で増え続けている怪異にも目をつけられないとも限りません。……その子も皆さんと同じ新入生。もし見かけたら、それとなく気を配るようにしてあげてください」


 その指示に異議を唱える者はいない。

 信田は薄く微笑むと、隣の坂田を見上げた。その意を汲んだのか、彼は声を張り上げる。


「よォーし! じゃあ今日はこれで解散だ! 集まってくれてありがとうな!」

「有事の際は、よろしくお願いいたします」


 そう言って、信田生徒会長は深々と頭を下げた。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


「あいつ、なかなか大変なやつだったんだなァ」


 背中から飛んでくる雷華らいかの言葉を無視し、怜は足早に校門へと向かう。

 それについての文句はない。向こうにもわかっているのだろう。新入生退魔師たちの中に、怜の苦手な相手が混じっていたのだ。

 彼女は絡まれる前に、こうして離脱してきたのである。


「……お前、あいかわらず夕子ゆうこダメなの?」

「あれに慣れる日なんてこないよ」


 追いついてきた雷華へ吐き捨てる。歩む速度は緩めない。あの性悪女のことだ。いつ這い寄られるかわかったものではない。

 友人のこれ見よがしな溜息を敢えて聞き流し、歩く。既に部活勧誘の波はない。

 故に校門にもすぐ辿り着く。校外へ一歩踏み出した、そのときだ。ポケットから振動。


 怜は立ち止まり、携帯を取り出した。着信の相手を見て眉をひそめる。四季。


「はい、もしもし」

『まだ帰るんじゃないよ退魔師。仕事が残ってるぞ』


 返ってきたのは無機質な電子音声。その生意気な口の利き方には覚えがあった。

 怜は顔をしかめ、訝しげな顔でこちらを見つめている雷華に背を向けた。その上で、囁くように言葉を返す。


「……チクタク、だっけ。なんでお前が電話かけてくるわけ?」

『緊急事態だからだよ。四季も今いろんな意味で手が離せないんだから、私が代理でかけるしかないだろ』

「待って、緊急事態? 四季、もうアパートに戻ってるんじゃないの?」

『うん。今校舎の中にいる』

「はあ!?」


 思わず大声が出てしまった。

 覗き込んでくる雷華を肘で押しのけつつ、誰何を続ける。


「校舎の中って、なんで?」

『連れ込まれたんだよ。都月とづき かおるとかいったっけな?そういう名前の上級生に』

「……なんで?」

『部活の勧誘とか言ってた。オカルト研究会らしいぜ。……霊感があるかもわからん人間に、私から手は出せないし。急いで迎えに来いよ。今わりと面倒なことになってるから。じゃ』

「面倒って、ちょっと!?」


 返ってきたのは無情な切断音。怜は舌打ちし、ポケットへ乱暴に携帯を突っ込む。無責任にもほどがある。


「……なんかあったか?」

「野暮用ができた。悪いけど、先帰ってて」

「おいおい……怪異関係じゃないだろうな!?」

「それだったら雷華も連れてくよ。盾にはなるんだし」

「一言多いんだよお前は!」


 雷華のツッコミを華麗にいなしつつ、怜は校舎へ駆け出そうとして、


「ん? どうした」


 ちょうどこちらに向かってくる金髪パンチパーマの男を見てとり、ブレーキをかける。危うく衝突するところだ。

 特に動じた様子もなく見下ろしてくる彼に一礼し、脇をすり抜けようとして……怜はまた足を止める。


「すみません、坂田先輩。少しお尋ねしたいことが!」

「お、おお? オレにわかることなら答えるけどよ」

「オカルト研究会の場所ってわかりませんか。その、友達が捕まっちゃったみたいで」


 オカルト研究会。その単語は効果覿面だった。

 とにかくその名前を聞いた途端、怪訝な顔をしていた坂田が一発で事情を理解したらしいからだ。

 彼は乱暴に頭を掻く。


「あンのバカ、また妙なことしでかしやがって……!」

「な、なにか?」

「いや、草江は関係ねえんだ。悪りい……とにかく、アレだ。オカ研の場所だよな? 知ってるぜ。よォく知ってる。案内してやろうか」

「お願いします!」


 ……そういうわけで、怜は坂田とともに校舎内へ駆け込むこととなった。

 適当な空き下駄箱へ靴を放り込む怜に、坂田が思い出したように尋ねる。


「ところでよ。その友だちっつーのはもしかしてアレか。例の、日条ってやつ」

「例の日条です」

「マジか。ちと急がんとマズイかもしれん」

「え?」

「薫のやつ……ああ、十中八九そういうのやるはあいつだろ……昔から降霊術だのなんだの、ああいう怪しげなのが好きだからな。見せるのも、やるのも」


 その言葉に、怜の顔が険しくなった。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 そしてその頃、山雛高校三階にあるオカルト研究会部室では。


「こっくりさん、こっくりさん、おいでください……」


 カーテンを閉め切った薄暗い中で、新入生歓迎と称した簡単な降霊術が行われようとしていた。

 あいうえお表をベースにしたボードに十円玉。そうしたオカルトからなるべく距離を置くようにしていた四季でさえ知っている。こっくりさんだ。

 もはや逃げられる状況ではない。他のオカ研部員……簡単な自己紹介もしてもらったのだが、混乱していた四季の頭には入ってこなかった……の指に挟まれる形で、十円玉に指を載せてしまっているからだ。


 こうなるともはや、中断したほうが厄介なことになる。四季は苦い顔を隠せなかった。なぜこんなことに。

 薫たちは気づいていないのだろうか。呪文を唱えるたびに室内に充満する、異質な存在感に。

 呼び寄せられたらしいは、どろりと流れ込むように十円玉の中に入っていく。


 どうしよう。四季は絶望を隠せなかった。

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