下校時間、遭遇

 体育館の裏へ向かっていくらしいれんの背を、四季は茫然と見送る。

 校庭に響く部活勧誘の呼び声がやけに虚しい。しばらくの間、四季はその場に立ち尽くしていた。


<四季さん? どうかしました?>

「……な、なんでもない」


 小夜子が真上から覗き込んでこなければ、思考停止はもう少し続いていただろう。

 思わず答えが口に出てしまったことに気づいたのは、さらに少し後。

 幽霊が顔を近づけ、覗き込んでくる。


<んー、なんか変ですね。心ここに在らず、って感じですけど>

<さ、小夜子さん。近い>

<……あの退魔師さんを取られちゃったの、そんなにショックだったんです?>


 その青白い顔に、ほんの少しだけ意地の悪い笑みが浮かんだ。

 思わず呆気に取られ、まじまじと見つめ返す。その言葉が咀嚼できたと同時、四季は徐々に顔が熱くなってくるのを感じた。


<ち……違うよ!? そんなんじゃないから! 本当に!>

<あはは、ムキになってる。四季さんもかわいいとこありますね>

<違うってば!>

<はいはい、わかりました。別に今生の別れってわけでもないんですし、アパートでまた嫌でも会えますよ。だからほら、ぼーっとしてないで帰りましょう? 私、あんまりこの建物の側にいたくないんですよね。なんかヒルメさんの光浴びたときの感覚を思い出しちゃって>


 衝動的に出てしまった反論はあっさり正論に制圧されてしまった。釈然としない。とても釈然としない。とはいえ、それ以上の口論を続ける気はなくなっている。

 考えれば当然のことだ。怜になら、地元を離れていた間に友達の一人や二人できていて然るべきだろう。その友人とこの学校でまた一緒になってもおかしいことはなにもない。予期せぬ再会に話が弾むことだってもちろんあるだろう。

 ……誰が悪いわけでもないのに、やるせない気持ちが湧いてくるのは何故なのか。


 自分でも意味のわからないもやもやとした思いを胸に抱えつつ、四季は校門へ向かおうとして


「こんにちは!」

「うわあっ!?」


 振り返った瞬間、ほぼ真後ろにいた誰かに驚いて腰を抜かしかけた。


「アッハハハ! いい反応するねー、きみ!」


 能天気なくらいに明るい声。

 数歩後ずさり、四季はようやく相手を把握する。女生徒だ。目にかかるほどに伸ばした前髪の隙間から、楽しげな目が覗いている。

 よく見るとその手にはなにかしらのチラシ。どうやら校庭で新入生に部活の宣伝をしていた上級生の一人らしい。


 ひとしきり笑い終えたのだろう。少しばかり申し訳なさそうに、彼女は頭を下げてみせた。


「んー、びっくりさせちゃったか。ごめんね? ついつい気になっちゃったから」

「え、あ、いえ! 大丈夫です! あの、どなた、ですか?」

「そうだね、自己紹介しなきゃ。都月とづき かおるだよ。二年生で、オカルト研究会の部長!はいこれ。よろしくね」


 手渡されたチラシを、四季は反射的に受け取る。紙面に踊るのはポップな字体の『新入生歓迎!』の文字。

 しかしオカルト研究会。自然と渋い顔になってしまう。こんな方向からも這い寄ってくるとは思わなかった。


「あ、ありがとうございます……」

「どういたしまして。きみ、名前は?」

日条にちじょう……ええと、日条 四季です」

「日条さんね。しばらくお友達を待つのかな?」


 突然の質問に一瞬だけ言葉が詰まる。

 怜のことを言っているのだ、と気づくのに少しだけ時間がかかった。どうやらこの上級生、かなり前からこちらに注目していたらしい。


「……え、っと」

「待つんだったら、ちょっとうちの部室見に来てみない? ずっとここで立ってるのもつまらないだろうし」

「はい?」

「よし、決まり! じゃあ行こうか!」


 断る暇すらなかった。

 気づいたときには既に薫はこちらの腕を掴んでおり、意気揚々と校舎に向かって歩き始めている。手首に感じる力は意外なほどに強い。

 仮にも上級生相手に四季が拒絶を示せるわけもなく。結果、部室案内に従うこととなってしまうのだった。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 体育館裏にて。怜は静かに周囲の様子を確認していた。

 そこには自分を含め、十人近い人間……正確に述べるのであれば、退魔師が集合している。そのほとんどが新入生。怜の顔見知りも何人か混ざっていた。


「つーわけで、だ。情けねえ話ではあるんだが、俺たちだけじゃこの学校の怪異に対処しきれねえ。手を貸してもらいてえんだ」


 言って、やおら頭を下げたこの金髪パンチパーマの巨漢は例外だ。彼の名は坂田さかた ジョージ。二年生である。

 その傍で沈黙を保つのはあの生徒会長こと信田しのだ あきら。隣に坂田がいるために、華奢さと顔色の悪さに拍車がかかって見えた。

 にも関わらず彼に負けない存在感を発揮しているのは、内に秘めたる霊気が故だろうか。


 信田の実力が並々ならぬものであることは、ここに来て改めて認識できた。この周囲にもまた強固な結界が張られている。怪異のみでなく、霊感のない人間すら無意識に足を遠ざけるほどのものだ。

 ……にも関わらず、怜が周囲に気を配っているのは他でもない。あの幼馴染がしびれを切らしてこちらの様子を見に来ないとも限らないからだ。

 無意識に神域へ入り込める彼女かれのこと。その気になればこちらにも入ってきてしまいそうで怖い。そうなれば、事情の説明がややこしくなる。


 <おい、怜。集中して話聞けよ>

 <わかってるよ。うるさいな>


 すぐ側の雷華らいかから飛んできた念話に、怜はわずかに眉根を寄せた。むしろ今でも聞いているというのに。相変わらずお節介なやつだ。

 坂田からの話はおおよそ予期できていた内容だった。すなわち、増殖と呼んでも過言ではない怪異の大量発生とその対処への協力依頼。無論のこと、断る理由はない。


「……奇跡的にも、まだ怪異から直接的な被害を受けた生徒はいません」


 信田が静かに口を開く。白髪混じりなのも相まって、年齢に見合わぬ雰囲気を醸し出していた。


「だからと言って、それに甘んじていられる状況でもないのです。このまま怪異が増え続ければ、霊気欠乏による被害が出るのも時間の問題。それに」


 と、不意に信田が口元を押さえ、咳き込む。坂田が心配そうに覗き込んだ。


「無理しないでくださいよ、信田センパイ。術使ってるときは特に気をつけねえと」

「ケホッ、わかっています。大丈夫。ありがとう、坂田くん……けど、これだけは。先週から、この学校に忍び込んでくる怪異も出てきているのです」


 その情報に、新入生たちがわずかにざわめいた。怜の胸もまた不安が芽生えてくる……おそらくは他の新入生たちとは違う意味の。


「外部からの怪異は、私の結界により防いでいました。今まではそれで事足りたのですが……最近になって、やや強力な怪異が増えたようで。侵入を許してしまっているのです」

「好戦的な連中じゃねえのが救いってとこだな。もし見つけても、無闇に刺激しないでくれ。この敷地から追い出せれば御の字ってくらいの格だ」

「どんな種類の怪異なんです?」


 挙手とともに質問を飛ばしたのは、新入生組の一人。たしか、有明ありあけとかいう名前の少年だ。

 坂田は腕組みをする。


「俺が確認できただけでも……邪視持ちの一つ目とか、猿の経立ふったちとかか。いわゆる妖怪ってやつだな」

「精霊級ですか」

「おおよそな。退魔師一人じゃ身に余る霊格と見たぜ」


 新入生の間のざわめきがさらに大きくなる。

 一方、怜は頭を抱えたい気分だった。先週から増えてきた強力な怪異。ひとつ、結びつけられそうな要因を知っている。


「……あの! 念のため、共有したい情報があるんですが!」


 思い切って挙手をする。

 一同の視線が集まるのを感じながら、怜はどのように説明すれば理解してもらえるかを考え始めていた。

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